フォローする
共有
余命わずかな私は、冷徹な元彼に最後の嘘をつく の小説カバー

余命わずかな私は、冷徹な元彼に最後の嘘をつく

「余命8年」という宣告を受けた日、かつて愛した高山翔一は別の女性との婚約を発表した。手術費を工面するため、私は屈辱を承知で彼を訪ねる。しかし、視力を回復させた彼が向けたのは、金目当ての裏切り者と蔑む冷徹な視線だった。2年前、失明した彼を見捨てたと誤解されているが、真実は違う。不治の病で記憶を失いつつあった私は、彼に絶望を与えぬよう姿を消したのだ。彼の隣には狡猾な婚約者サエコがおり、彼女の罠によって私は翔一から土下座を強要され、その衝撃で彼との子を失ってしまう。それでも、母を同じ病で亡くした彼にこれ以上の悲劇を知らせたくなくて、私は「悪女」のまま死ぬ覚悟を決めた。彼に拒絶され、全ての記憶が消える前に海外の療養所へ向かう私。だが空港へ向かう日、サエコが捨てた私の診断書を翔一が拾ってしまう。隠し通してきた残酷な真実を知り、激しく震える彼。彼が必死の思いで病院に駆けつけたとき、私の意識からは、最愛の人であったはずの彼の記憶さえも既に消え去っていた。
共有

2

重厚なマホガニーの扉が呻くように開き、真空に足を踏み入れたかのような緊張感に満ちた空間が現れた。社長室の空気はただ静かなだけでなく、息が詰まりそうだった。

翔一は広々としたデスクの向こうに座り、目の前の書類に視線を落としていた。顔を上げようともしない。

2年ぶりだった。彼は痩せていた。顔立ちはより鋭くなり、氷と怨恨で彫刻されたかのようだった。それでも、その横顔――力強い顎のライン、眉のカーブ――は、私の記憶に刻み込まれた彼そのものだった。

だが、かつて私を見るたびにその瞳に溢れていた温もりは? 消えていた。跡形もなく。

「用件を言え」

彼の声は刃物だった――冷たく、正確で、感情がない。私の体は反射的に強張った。

「書類を……届けに来ました」

恐る恐る一歩踏み出した時、視界の隅で何かが動いた。彼の隣の革張りのソファに優雅に腰掛けていた冴子が体勢を変えたのだ。勝利の悪意に満ちた冷笑が、彼女の唇に浮かんでいた。

「あら美咲? まだいたの?」彼女は軽く、小馬鹿にしたように笑った。「さっき投げ与えてあげたお金じゃ、懐の穴は埋まらなかったのかしら?」

翔一の手が止まった。

ゆっくりと、苦痛を伴うように顔を上げる。ようやく彼の目が私と合った時、そこには再会の喜びなどなく、ただ深く、焼け付くような軽蔑だけがあった。

「金のために戻ってきたのか?」彼の声はオクターブ低くなり、危険な響きを帯びた。「お前は少しも変わっていないな」

「いいえ、違います。私はただ――」

「言い訳は聞きたくない」

彼は私の言葉を遮り、まるで私が壁の染みででもあるかのように書類に意識を戻した。ここには私の居場所はない。それは分かっていた。この部屋の空気は私にとって毒だった。

ただ書類を置いて。ただ立ち去ればいい。

デスクに手を伸ばそうとした、その時だった。

「きゃっ!」

短く鋭い悲鳴が静寂を切り裂いた。計算された不器用さで、冴子の手がテーブルの上のクリスタルグラスを弾き飛ばしたのだ。

水が彼女のスカートにかかる。グラスがカーペットに鈍い音を立てて落ちた。

「熱い! 何するのよ!?」

冴子は弾かれたように立ち上がり、私の胸を指差して非難した。その演技は完璧だった――オスカー賞ものだ。震える唇、目に滲む涙。まるで私が水をかけたかのようだった。

「冴子!」

翔一は一瞬で椅子から立ち上がり、彼女の元へ駆け寄った。「怪我はないか?」

「い、いいえ……大丈夫よ」彼女は言葉を詰まらせ、彼の腕にしがみつき、その肩に顔を埋めた。「でも美咲が……急に……」

彼の肩越しに、彼女の涙ぐんだ目が私を捉えた。口角が微かに吊り上がる。デザイナーズブランドを纏った悪魔。

「貴様……」

翔一が振り返り、私を睨みつけた。その顔は怒りで歪んでいた。

「誤解です、私は何も――」

バシッ!

翔一はデスクの上の分厚いファイルを掴み、私に投げつけた。白とベージュの塊が視界をかすめ、硬い角が頬骨を直撃した。

鋭く刺すような痛みが走り、すぐに温かいものが肌を伝う感覚があった。血だ。

だが、頬の痛みなど、心が引き裂かれる感覚に比べれば何でもなかった。

「出て行け!」翔一の怒号が部屋を揺らした。

「2年前と同じだ。俺が失明した時、お前は自分のことしか考えなかった。逃げ出したんだ」

「翔一、お願い、聞いて……」

「俺の名を呼ぶな!」

彼は冴子を引き寄せ、彼女を庇い、私を完全に拒絶した。「俺が地獄にいた時、そばにいてくれたのは冴子だ。お前とは違う」

彼の言葉は最後の一撃となり、私に残された希望の欠片を打ち砕いた。

2年前。事故が彼の光を奪った日。

その同じ日に、私もまた死刑宣告を受けていたのだ。

肉体の死ではない、心の死を。記憶がゆっくりと、残酷に消去されていくという診断。私は彼を忘れ、自分自身さえ忘れる運命にあった。

重荷になりたくなかった。暗闇の中で足掻く彼に、私が消えていく様を見せたくなかった。だから私は姿を消した。彼が自由になれるように、私を憎ませたのだ。それが私の愛だった。

そして今、その愛が私を殺している。

「痛い……翔一、怖いの」冴子は泣き言を言い、演技を続けた。

翔一は彼女の背中を撫で、何年も聞いていなかった優しい囁き声を出した。「大丈夫だ。俺がいる。俺が守るから」

それは私の過去から盗まれた光景だった。

かつて彼が私にしてくれたことだ。膝を擦りむいた時、両親が死んだ時……彼は私の光だった。私のヒーローだった。

今、彼は私の処刑人だ。

「冴子には二度と近づくな」冷たい瞳で私を貫きながら、彼は言った。「次はないぞ」

震える手を上げ、頬の血を拭った。自分を守る力はもう残っていなかった。彼は彼女を信じた。彼女を選んだのだ。

私が守りたかった笑顔……それはもう私のものではなかった。

ゆっくりと、私は頭を下げた。

「……申し訳ありませんでした」

その言葉は、棺にかけられる土のように唇からこぼれ落ちた――私たちの愛の墓標に捧げる、最後の言葉として。

おすすめの作品

触れられない身代わり彼女 の小説カバー
8.8
交際して一年が経つというのに、恋人は一度も自分に触れようとしない。そんな歪な愛に翻弄される中島桔依の心は、次第に深い病に蝕まれていった。ある深夜、彼女は恋人が姉の写真に口づけを贈る姿を目撃し、自分がただの身代わりに過ぎなかったという残酷な現実を突きつけられる。絶望の淵で駆け込んだ病院で出会ったのは、端正な顔立ちをした若きエリート医師だった。診察室で理性が崩壊しかけるほどの衝撃を受けた翌日、出社した桔依をさらなる驚愕が待ち受ける。昨日の担当医こそが、会社に新しく就任した社長だったのだ。赤の他人を装おうとする桔依だったが、運命に導かれるように社長専属アシスタントに抜擢されてしまう。略奪を疑い抗議する彼女に対し、社長は静かに距離を詰めていく。やがて、桔依は執着を捨てて新しい男の手を取る決断を下した。豹変した元恋人が血走った眼で復縁を哀願し、何でもすると縋り付いてきても、彼女の心はもう揺るがない。かつての愛に冷笑を浮かべ、桔依は自分を蔑ろにした男を容赦なく突き放すのだった。
エースの罠 の小説カバー
9.7
7年前、エメラルド・ハットンは癒えない傷を抱え、愛する家族や友人のすべてを捨ててニューヨークへと逃れた。彼女を絶望の淵に突き落としたのは、幼い頃にいじめから救ってくれた、兄の親友への一途な恋心だった。裏切りに遭い、深く傷ついた彼女は、生き抜くために辛い記憶を心の奥底に封印し続けてきた。しかし大学卒業後、エメラルドは運命に導かれるように、避けていた故郷へと戻ることになる。そこで彼女を待ち受けていたのは、冷酷な億万長者へと変貌を遂げたアキレス・バレンシアだった。壮絶な過去を背負い、誰もが恐れる男となったアキレスの心は底知れぬ闇に覆われていたが、唯一、親友の妹である彼女だけが彼の「光」だった。長い年月を経て再会した彼女を、彼は二度と離さないと誓う。アキレスは彼女を完全に手に入れるため、甘美で危険な誘惑のゲームを開始する。次々と仕掛けられる巧妙な罠と、愛と欲望が渦巻く炎の中で、エメラルドは自分の心を守り抜くことができるのか。欲しいものは必ず手に入れる男、アキレスが支配するこのゲームから、逃げ出すことは決して許されない。
追い出された果てに、億の愛が始まる の小説カバー
8.7
20年もの長い間、水野家のために献身的に尽くしてきた恩田寧寧。しかし、彼女を待っていたのは非情な裏切りと追放劇だった。「実の両親は貧乏人だ」と蔑まれ、家を追い出された寧寧だったが、実は彼女の本当の実家は海城で知らぬ者はいない超名門家系だったのだ。かつての惨めな境遇から一転、億単位の小遣いや無数のドレス、煌びやかな宝石に囲まれ、家族から際限のない愛を注がれる至福のお嬢様生活が幕を開ける。世界的な投資家や天才エンジニア、さらには超一流レーサーとしての顔を持つ彼女の真実を知り、侮っていた元家族たちは驚愕し、恐怖に震え上がることになる。そんな中、自分を捨てたはずの元婚約者が、今更になって「やはり君を愛している」と身勝手な告白をしてくるが、もはや寧寧が彼を顧みることはない。なぜなら彼女の前には、血の繋がらない「本物の兄」との運命的なお見合いがすでに用意されているのだから。どん底から頂点へと駆け上がる、華麗なる逆転劇が今ここに始まる。
七年愛した彼の裏切り の小説カバー
8.1
七年という歳月を捧げ、愛を育んできた婚約者の智史。幸せの絶頂であるはずの婚約披露パーティーで、私の人生は音を立てて崩れ去った。会場のスクリーンに映し出されたのは、二人の思い出ではなく、智史が秘書とその息子と睦まじく寄り添う「家族」の姿だった。私のお腹には彼との子供が宿っているというのに、智史は私に隠れて、秘書に私とお揃いのブレスレットを贈り、専用の産後ケアセンターまで用意していたのだ。裏切りの事実に絶望し、心身ともに追い詰められた末に子供を失った私に対し、彼は病院で「芝居はやめろ」と冷酷な言葉を投げつけ、突き放した。その瞬間、彼への愛情は完全に枯れ果て、殺意すら湧かない虚無へと変わった。「あなたは私にとって、もう何者でもない」。そう言い残して私は全てを捨て、一人海外へと旅立つことを決意する。これは、最愛の人に無惨に裏切られ、どん底に突き落とされた女性が、過去を断ち切り本当の自分を取り戻していくまでの再生の物語。
「その胸を削るくらいなら俺が頂く」~狂犬ドクターの歪んだ全肯定~ の小説カバー
8.3
類まれな美貌と豊満な肢体のせいで、幼い頃から同性には疎まれ、異性からは卑猥な視線に晒されてきた主人公。信じていた幼馴染の男にさえ都合よく扱われ、彼女は彼に愛されたい一心で、自らの体を削る胸の縮小手術を決意し美容外科を訪れます。そこで出会ったのは、高潔で禁欲的と名高い医師でした。彼は彼女を歪んだ色眼鏡で見ることなく、「恋人の身勝手な美意識は手術の理由にならない」と断言し、彼女の存在を全肯定します。周囲の嘲笑や悪意から彼女を毅然と守り抜き、危機に陥った際もいち早く駆けつけて救い出した彼。その献身的な支えによって、彼女は他人の評価に怯える日々を卒業し、本来の輝きを取り戻していきます。一方、失って初めて彼女の価値に気づいた幼馴染は、後悔に震えながら復縁を乞いますが、時すでに遅し。政財界に絶大な影響力を持つ名門の御曹司でもある医師は、彼女を独占するように抱き寄せ、冷徹に告げました。「彼女はもう、私のものだ」と。これは、孤独な女性が真実の愛によって自己を解放する、波乱に満ちたロマンスです。
追放された令嬢、実は最強大富豪の娘でした の小説カバー
9.3
長谷川家の令嬢として二十年以上も何不自由なく育ってきた絵渡。しかし、血縁関係がないことが発覚した途端、真の令嬢による策略で家を追われ、世間の嘲笑の的となってしまう。行き場を失い、実の両親が待つ農村へ戻った彼女を待ち受けていたのは、予想だにしない真実だった。実は彼女の本当の父親は、国一番の大富豪だったのである。各界の頂点に君臨する天才的な兄たちに溺愛され、平穏な日々を送る絵渡だったが、彼女自身もまた、伝説のハッカーや舞踊界のカリスマといった、驚愕の裏の顔を隠し持っていた。再会したかつての家族や元恋人が彼女を見下し、貧乏人だと罵るなか、絵渡はその圧倒的な実力と財力で次々と報復を果たしていく。さらに、夜京を支配する強大な権力者が夫として現れ、彼女を全力で守り抜くことを誓う。偽りの令嬢という立場を捨てた絵渡が、真の富と才能を武器に、自分を貶めた者たちを震撼させる逆転劇が幕を開ける。華やかな社交界の裏側で、彼女の真の輝きがすべてを圧倒していく。