フォローする
共有
すでに別の男の妻なのでお構いなく の小説カバー

すでに別の男の妻なのでお構いなく

結城紗良は、相沢蓮司という男を盲目的に愛し続けてきた。蓮司の心には常に別の女性の影があり、一年の大半を海外にいる彼女に捧げ、挙句の果てにはその女性との間に子供まで授かっていた。それでも紗良は彼への想いを捨てきれず、卑屈なまでに愛を乞い、ついに結婚の約束を取り付ける。しかし、入籍当日。海外から戻った想い人のもとへ向かった蓮司は、役所に姿を現さなかった。この裏切りによって、紗良が七年間抱き続けた未練は完全に潰える。彼女は彼との連絡を断ち切り、思い出の街を去る決意をした。蓮司は「どうせすぐに泣きついて戻ってくる」と高を括っていたが、再会した紗良は、見知らぬ男性と共に婚姻届を手にしていた。形勢は逆転し、今度は傲慢だった御曹司の蓮司が、なりふり構わず彼女を追い回すようになる。「俺が愚かだった、やり直してくれ」と必死に縋り付く蓮司。だが、冷徹な視線を向ける紗良の口から出たのは、拒絶の言葉だった。「いい加減にして。私はもう、別の人の妻なの」
共有

1

『おかけになった電話は、現在通話中です。のちほどおかけ直しください……』

蒼南市役所の入り口。鉛色のスーツに身を包んだ結城紗良は、洗練された美しい顔立ちを秋の木枯らしに晒し、氷のように冷たい表情を浮かべていた。

手に握りしめた戸籍謄本は、力みのあまりしゃぐしゃに変形している。

今日は、恋人の相沢蓮司と婚姻届を出す日だった。

丸1日待ち続けたが、結局彼は現れなかった。

蓮司に約束をすっぽかされたのは、これで何度目か。もう数える気にもならなかった。

もう1度電話をかけてみたが、聞こえてくるのは相変わらず無機質なアナウンスだけだ。

紗良がうつむいたその時、スマホの画面にニュースのプッシュ通知が表示された。

「#相沢グループCEOの相沢蓮司、帰国した恋人を空港で堂々とお出迎え。2人のアツアツな姿をキャッチ」

タップすると、1枚の写真が表示された。

黒のスーツを着こなす長身で気品のある男。横顔しか写っていないが、その完璧なフェイスラインだけで、世の女性を虜にするには十分だった。

特筆すべきは、その目元に浮かぶ優しい色だ。

紗良は自嘲気味に片方の口角を上げた。

あんなに優しい蓮司の表情なんて、今まで1度も見たことがない。

さすがは、彼がずっと忘れられずにいる初恋の相手だ。

たった1本の電話で、婚姻届の提出という人生の重要なイベントすら放り出してしまうのだから。

続いて、メッセージアプリの通知が鳴った。

「ネットのニュース、見たでしょ?身の程を知るなら、さっさと蓮司お兄ちゃんから離れてね」

送信元の名前は、白石凛子。

蓮司の初恋の相手だ。

紗良が画面を少しスクロールすると、数日前に凛子から送られてきたエコー写真と検査結果の画像があった。

妊娠8週目。

母親の欄には白石凛子の名前。

そして父親の欄には、相沢蓮司と書かれていた。

その画像を見た時も、紗良は全く驚かなかった。

蓮司は毎年、年の半分は凛子のいるフランベル国へ飛んでいる。

これだけ長年通い詰めていて凛子が妊娠していなかったら、逆に蓮司の男性機能に問題があるのではと疑ってしまうレベルだ。

別れを切り出さず、あえて結婚を提案した。

それはきっと、紗良の未練だったのだろう。

18歳の時。大学の門の前で蓮司を一目見た瞬間、どうしようもなく彼に惹かれてしまった。

周りの人間は皆、相沢グループの御曹司である彼は高嶺の花で、軽々しく手を出せる相手ではないと言った。

しかし紗良はそんな言葉に耳を貸さず、飛んで火に入る夏の虫のごとく、溢れる情熱を胸に彼へと突っ走っていった。

猛アタックを続けて3年目、彼女の恋はようやく実を結んだ。

だが、手放しで喜ぶことはできなかった。

告白が成功した次の瞬間、蓮司は凛子からの電話を受け取ったからだ。

そして、木枯らしの吹く中に紗良を1人残して去っていった。

蓮司に忘れられない初恋の人がいると知ったのは、まさにその時だった。

小さくため息をつき、紗良は再び通話画面を開いた。

ただし、今度かける相手は蓮司ではない。

実家だ。

電話はすぐに繋がった。相手の女性が口を開くより先に、紗良は淡々とした口調で告げた。『実家に戻って、政略結婚を受け入れるわ』

電話の主は、紗良の母である三浦真由だった。娘がようやく折れたことに驚いた様子で問い返してくる。『やっと目が覚めたのね?』

紗良は一切の躊躇なく告げた。『ええ』

真由が尋ねる。『いつ帰ってくるの?』

『20日よ』

それだけ言うと、紗良は電話を切り、車に乗って帰路についた。

道中、胸の奥に広がる痛みをただやり過ごした。

どうせ、こんな思いをするのもこれが最後だ。

家に帰り着くと、紗良はどっと疲れが押し寄せてきた。シャワーを浴びて、そのままベッドに倒れ込んだ。

本当なら、このまま何もかも捨てて出て行くことだってできる。

だがこの7年間で、彼女の生活は蓮司と深く結びつきすぎていた。

残り半月。時間を惜しんで身辺整理をし、彼との関係を完全に断ち切らなければならない。

深夜。

眠っていた紗良は、隣のマットレスが沈み込むのを感じた。直後、ひんやりとした冷たい腕に抱きしめられる。

不快感に眉をひそめると、耳元で低く魅力的な男の声が囁いた。「ごめん」

暗闇の中、紗良は目を閉じたまま長いまつ毛をわずかに震わせた。

「明日の朝イチで、婚姻届を出しに行こう」

次の瞬間。

ベッドサイドのスマホが光った。

冷たい抱擁が解け、蓮司のひどく優しい声が続く。『泣かないで。今すぐ行くから……』

背後で服を着る音を聞きながら、紗良は暗闇の中で音もなく自嘲した。

そしてベッドサイドのランプをつけ、ドアに向かって歩き出した彼に声をかけた。「蓮司、行かないで……」

蓮司は立ち止まらなかった。

そのままドアを開け、大股で足早に去っていった。

遠ざかる足音を聞きながら、紗良は唇の端を吊り上げた。笑いながらも、目尻からはひと筋の涙が音もなく滑り落ちた。

翌日。紗良が起きると、家には見知った顔が1人増えていた。

蓮司の助手である、佐倉悠真だ。

「結城さん。こちらは相沢社長からの贈り物です」

悠真は、テーブルの上にずらりと並べられた宝石やアクセサリーを指して言った。

しかし彼の予想に反し、紗良の反応はひどく薄いものだった。「そう」

悠真の目に驚きの色が走る。

蓮司が贈り物をするたび、彼女はいつも飛び上がらんばかりに喜んでいたのだ。

こんなにも冷めた態度は、初めて見るものだった。

「では、私はこれで失礼します」

悠真はプロ意識が高く、理由を深く詮索することなくその場を後にした。

紗良はテーブルの上でまばゆい光を放つ宝石を見つめたが、心は全く動かなかった。

どうせ全部、悠真が適当に見繕ったものに決まっている。

蓮司の謝罪は、いつだってこんな風に誠意のかけらもない。

せめてもの救いは、彼女はもう彼に何も期待していなかった。

期待しなければ、心が痛むこともない。

ピコン――。

メッセージの通知音が鳴った。

凛子:「蓮司お兄ちゃんからのプレゼント、受け取ったでしょ?私に感謝してよね。私がプレゼントを贈って謝った方がいいって説得しなかったら、お兄ちゃん絶対やらなかったんだから!」

紗良はスマホを強く握りしめた。

凛子をブロックしていない理由はただ1つ。蒼南市を去った後、これらの暴言のスクショをまとめて蓮司に送りつけるためだ。

彼の中で清純無垢な天使になっている凛子が、裏でどれほど性悪でドロドロした女なのか、とくと見せてやるつもりだった。

深呼吸をして、彼女は自分が住んでいるこの別荘に目を向けた。

ここは蓮司の持ち家で、紗良の私物はそれほど多くない。だから荷造りを急ぐ必要はなかった。

問題は、彼女自身の持ち家の方だ。

蓮司を熱烈に愛していた頃、彼女は彼がいるこの蒼南市に永住するのだと信じて疑わなかった。

そのため、後先考えずに色々と買い込んでしまったのだ。

家電類はどうでもいい。売ってしまえば済む。

紗良が手放しがたいのは、家中に溢れかえる骨董品のコレクションだった。

だが、実家に帰る前に1度病院に行かなければならない。

数日前から胃の調子が悪く、何を食べても吐き気がしていた。婚姻届の提出を優先するため、検査を先延ばしにしていたのだ。

車を走らせ、病院に到着した。

車から降りる前、紗良は病院の入り口が黒山の人だかりになっているのに気がついた。群衆の中から叫び声が聞こえる。「出てきたぞ!相沢社長と彼女だ!」

紗良は長いまつ毛を震わせ、フラッシュの嵐の中、凛子を庇いながら包囲網を突破しようとする蓮司の姿に視線を釘付けにした。

前回はただの写真だった。

だが今回は、目の前で繰り広げられる生放送だ。

蓮司の鋭く冷たい視線に宿る、焦燥と威圧感がはっきりと見て取れた。

「死にたくなければ、退け!」

男の全身から、凄まじい殺気が放たれていた。

トップに立つ者特有の圧倒的なオーラに、その場にいた全員が息を呑み、静まり返った。

しばらくして、1人の記者が恐る恐る口を開いた。「相沢社長、こちらの女性はどのようなご関係で?」

世間では凛子が蓮司の恋人だと噂されていたが、彼自身の口から正式に認められたことはまだなかったのだ。

全員の視線が蓮司に集まる。

車の中に座っている紗良もまた、彼を見つめていた。

蓮司は質問には答えず、長い指でいきなりその記者の首ぐらを掴み上げた。

周囲から一斉に息を呑む音が漏れる。

ーー真っ昼間の公衆の面前だぞ。

相沢蓮司は狂ったのか?

たかが1人の女のために? !!!

しばらくして、蓮司はようやく顔面蒼白になった記者を突き放し、冷ややかな視線で周囲をねめつけた。

「そんなに知りたいのなら、教えてやろう。俺たちの関係を」

「だが――これが最初で最後だ。二度と聞くな」

病院の入り口は、針の落ちる音さえ聞こえそうなほどの静寂に包まれた。

誰もが恐怖に震え上がっていた。

張り詰めた空気の中、蓮司の響くような声だけが落ちた。

「彼女は、この俺が守り抜く人間だ!」

「今後、彼女をつけ回すような真似をすれば、どうなるか覚えておけ!」

その言葉に合わせて、凛子はタイミングよく恥じらうように顔を上げ、か弱い様子で熱狂的な尊敬の眼差しを彼に向けた。

その光景を見て、記者たちが関係性を察しないわけがない。

車の中で一部始終を見ていた紗良は、ふいに診察を受ける気が失せ、アクセルを踏み込んで自分の別荘へと引き返した。

おすすめの作品

ベビーのキューピッドーあなたは私の新しいママになるか の小説カバー
8.9
ダリルにとって、五年に及ぶ結婚生活の結末はあまりにも残酷なものだった。長きにわたる苦悩の果てに、彼女は夫から別の男性へと譲り渡されるという、絶望的な裏切りを突きつけられる。しかし、新たな環境で待ち受けていたのは、予想もしない運命の出会いだった。彼女の前に現れたのは、無邪気な五歳の男の子。彼と過ごす日々は、それまでの暗い生活を一変させ、ダリルの日常を穏やかな笑顔と絶え間ない笑い声で満たしていく。ところが、そんな平穏な日々に衝撃的な事実が舞い込む。ある出来事をきっかけに実施されたDNA鑑定によって、その少年が、かつてダリルが冷徹なCEOであるザックと過ごした、一夜の過ちから生まれた実の息子であることが判明したのだ。過去の因縁と現在が複雑に絡み合うなか、彼女の人生は再び激動の渦に巻き込まれていく。元夫への絶望を乗り越え、ダリルは実の息子である少年、そしてザックと共にどのような未来を築いていくのか。奇妙な縁から始まる、新たな愛と再生の物語がいま幕を開ける。
離婚してから、私が世界一の女になった話 の小説カバー
8.5
神谷穂香は、最愛の夫である葉山律に尽くし続けた三年間を捨て、離婚を決意する。彼の心には常に別の女性がおり、自分に愛が向けられることはないと悟ったからだ。律の「運命の女」のために潔く身を引いた穂香に対し、周囲のセレブたちは「葉山社長の後妻という地位をなぜ手放したのか」と嘲笑を浴びせる。しかし、彼女は平然と「実家の数千億もの資産を継承するため、彼では格が合わなくなった」と言い放った。誰もがその言葉を虚勢だと疑ったが、翌日、世界最年少の女性大富豪として穂香の名がメディアを席巻し、世間は愕然とする。立場が逆転し、華やかな社交界の中心で若く優秀な男たちに囲まれる彼女の姿に、律は焦燥感を隠せない。かつての冷淡な態度は消え、彼は必死に縋り付く。「全財産を譲ってもいい、どうか俺のもとに戻ってきてくれ」と。一度は愛に破れた女性が、圧倒的な富と権力を手にして真の輝きを取り戻し、かつての夫を翻弄する逆転のロマンスが幕を開ける。
元夫よ、見てる?私は今、世界一の男と結婚します の小説カバー
9.4
三年に及ぶ冷遇と裏切りに満ちた結婚生活に終止符を打ち、一ノ瀬光は離婚を決意した。過去の未練も愛もすべて断ち切り、彼女は自らの力で新たな道を切り拓いていく。かつての大人しい妻の姿はそこにはない。トップデザイナー、神業を持つ医師、さらには伝説のハッカーや気高き「皇女」として、彼女が隠し持っていた多彩な才能が次々と開花し、世間を驚愕させていく。そんな光が新たな人生のパートナーとして選んだのは、霧島真尋だった。盛大な結婚式の最中、巨大なスクリーンを背にした彼は、世界中が見守る前で堂々と宣言する。「この女は俺の妻だ。誰一人として手を出すことは許さない」と。その圧倒的な存在感と愛を前に、今さら後悔の涙を流す元夫の姿があった。しかし、どんなに嘆こうともう遅い。どん底を味わった彼女は、もはや誰かに選ばれるのを待つだけの存在ではないのだ。自らの意志で最高の幸せを掴み取った光の、華麗なる逆転劇がいま幕を開ける。
子を奪われた令嬢は、黒い幼馴染と復讐を誓う の小説カバー
9.4
神田財閥の令嬢であることを隠し、真実の愛を求めてIT社長と結婚した私。しかし、夫が愛していたのは幼馴染の女優だった。彼女のスキャンダルを隠蔽するため、夫は私に身代わりを強要し、挙句にはお腹の子の中絶を命じる。拒絶した私を待っていたのは、義母による過酷な地下室への監禁だった。灼熱の闇の中で愛児を失い、絶望の底に突き落とされた私は、復讐の鬼と化す。病院で目覚めた私は離婚を決意し、封印していた実家の力を解放するため電話を手に取った。神田グループの真の後継者として、冷酷な裏切り者たちを地獄へ叩き落とす反撃が今始まる。
彼の致死量の溺愛は、私をゆっくりと殺す毒でした の小説カバー
9.7
冷戦状態が続いて半月、私は夫のスーツから一枚の中絶手術同意書を見つけてしまう。そこには彼が慈しむ幼馴染の女の名前が記されていた。用紙をそっと元の場所に戻すと、彼はバックミラー越しに私を冷たく一瞥し、友人の付き添いで取り違えただけだと吐き捨てるように言った。冷徹な実業家として知られる彼だが、彼女の言葉だけは盲目的に信じ込んでいる。これは彼女からの明白な宣戦布告なのだ。静寂に包まれた車内、彼は高級宝石店の前で車を止めると、私の髪を優しく撫でながら囁いた。「誕生日プレゼントに指輪を選ぼう。そのついでに、来月入籍するんだ」と。かつては愛だと信じていた彼の過剰なまでの甘やかしは、今や私を蝕む毒でしかない。溢れ出す涙を手の甲に落としながら、私は静かに決意を固める。彼はまだ気づいていない。私がもう、彼との未来を待つつもりなどないということを。歪んだ愛に囚われた二人の関係は、修復不可能な破滅へと向かって加速していく。
私の正体、レベルMAXにつき。 の小説カバー
9.8
数多の顔を持つ最強の実力者は、素性を隠して貧しい青年との結婚を決めていた。しかし、挙式直前に彼が富豪一族の御曹司であることが発覚。豹変した彼は、彼女を卑しい田舎娘と蔑み、世間の晒し者にした挙句に婚約を破棄する。地位を得た元婚約者から冷酷な屈辱を与えられた彼女だったが、その真の姿は世界を揺るがす圧倒的な権力者だった。国際的な神医、上場企業のCEO、最強の傭兵女王、そして天才科学者。次々と明かされる彼女の華麗なる正体に、世界中の求婚者が列をなす事態へと発展する。かつての傲慢さを失い、復縁を求めて必死に媚びへつらう元婚約者。しかし、そんな彼の前に、誰もが恐れる絶大な富と権力を手にした大富豪が立ちはだかる。「私の妻に手を出す不届き者は誰だ?」契約結婚から始まった二人の関係はやがて真実の愛へと変わり、彼女を傷つけた者たちに鉄槌を下していく。正体を隠した最強のヒロインが贈る、逆転と復讐、そして至高のロマンスが幕を開ける。