
私は耳の聞こえないお飾り
章 3
直也は, 私が出て行った後の静けさに戸惑っていた.
「静穂は, 一体どうしたんだ? 」
彼には, 私の態度が理解できなかった.
いつものように, 私をなだめるために, 彼は秘書に命じた.
「最高級の宝石を用意しろ. 静穂に贈る. 」
彼は, 金で女の心を操れると信じていた.
かつては, 私もそうだった.
彼が贈ってくれた宝石に, 私は喜びを隠しきれなかった.
しかし, それは, 私を縛り付ける鎖でしかなかった.
秘書は, 彼に報告した.
「奥様は, 特に喜んでいらっしゃいませんでした. 」
直也は, その言葉に眉を顰めた.
彼は, その意味を深く考えることはなかった.
ただ, 今は目の前の仕事に集中するだけだ.
彼の頭の中は, 新しいプロジェクトのことでいっぱいだった.
私は, 論文のテーマを提出していた.
卒業は, もう間近に迫っている.
論文の執筆は, 私にとって苦ではなかった.
むしろ, 私の才能を思う存分発揮できる場所だった.
しかし, 私には, 一つだけ問題があった.
言葉の壁.
聴力を失っていた間, 私の言語能力は著しく衰えていた.
私は, 必死に勉強した.
フランス語, 英語, そして日本語.
すべてを, 一から学び直した.
私は, 友人に電話をかけた.
「もしもし. ちょっと, 相談したいことがあるのだけれど... 」
私の声に, 友人は驚いていた.
「静穂? 本当に, 聞こえるようになったの? ! 」
彼女の声は, 震えていた.
私は, 微笑んだ.
「ええ. また, 会って話しましょう. 」
私たちは, 近いうちに会う約束をした.
友人を待っている時, 直也から電話がかかってきた.
「静穂, ハーブティーの作り方を教えてくれ! 」
彼の声は, ひどく焦っていた.
私は, 困惑した.
なぜ, 今更?
電話の向こうから, メイドたちの慌てた声が聞こえる.
「坊ちゃま, それは危険です! 」
直也は, メイドたちの制止を振り切り, 必死にハーブティーを作ろうとしているようだった.
「なぜ, 俺には静穂のような味が出せないんだ! 」
彼の声は, 苛立ちに満ちていた.
「理央が, 熱を出しているんだ. いくら薬を飲ませても, 熱が下がらない. 」
彼の言葉に, 私は静かに耳を傾けた.
理央.
彼の心を支配する女.
彼の頭の中は, 今, 理央のことだけでいっぱいなのだろう.
私は, 想像した.
彼が, 理央のために, 必死にハーブティーを作っている姿を.
そして, 彼が, 私のためには, 一度もそうしなかったことを.
直也は, 普段, 料理など一切しない男だった.
私のために, 食事を用意してくれたことなど, 一度もない.
私が, 高熱を出して寝込んだ時も, 彼は私を看病しようとはしなかった.
ただ, メイドに看病を任せ, 自分は遊びに出かけていた.
私は, 異国の地で, 一人孤独に病と闘った.
その時のことを思い出すと, 今でも心が痛む.
しかし, 理央のためなら, 彼は変わる.
初恋の相手.
その言葉が, 私の心を深く抉った.
私は, 冷たいコーヒーを口に含んだ.
苦いはずなのに, 何も感じない.
私の心は, 完全に麻痺していた.
私は, 電話を切った.
もう, 彼らに関わる必要はない.
友人が, 息を切らして駆け寄ってきた.
「静穂, ごめんね. 直也に捕まってしまったの. 」
彼女は, そう言って, 直也の文句を言った.
「あの男, 理央のために, また宝石を探しているのよ. 私に, 夜中に無理やり付き合わせるなんて! 」
私は, 彼女の言葉に驚いた.
直也が, 理央のために, また宝石を贈ろうとしているのか.
友人は, 私に一枚の写真を見せた.
そこには, 直也が理央に贈る予定の, 豪華なネックレスが写っていた.
私は, それを見て, 静かに頷いた.
私は, もう彼らのことを, 何とも思わない.
私の耳は, 全てを聞き取っていた.
彼らの悪意. 彼らの嘲笑.
全てが, 私の心を冷たくする.
私が, 留学の費用について話すと, 友人は呆れた顔をした.
「静穂, あなたは何を言っているの? そんなもの, お金で解決すればいいじゃない. 」
彼女の言葉に, 私は驚いた.
「お金で? 」
「そうよ. あなたは, あの貝塚家の婚約者だったのよ. タダで出ていくなんて, もったいないわ! 」
彼女は, そう言って, 私の肩を叩いた.
私は, 静かに頷いた.
彼女の言葉に, 私は救われた気がした.
友人は, 真剣な顔で私に尋ねた.
「静穂, 本当にあいつと別れるの? 」
私は, 迷うことなく頷いた.
「ええ. 」
私の心に, 迷いはなかった.
「そう. なら, この指輪, 売ってしまいましょう. 」
友人は, そう言って, 私の指輪を指差した.
私は, 驚いた.
「いいの? 」
「もちろんよ. あなたには, もっと良い指輪が似合うわ. 」
彼女の言葉に, 私は微笑んだ.
友人は, 一枚の招待状を私に差し出した.
そこには, 「チャリティオークション」の文字が書かれていた.
「このオークションで, あなたの指輪を売れば, 高値で売れるはずよ. 」
私は, 彼女の言葉に驚いた.
彼女は, 本当に私のことを考えてくれている.
私は, 心の中で深く感謝した.
数日後, 私は直也の家を出た.
私は, 彼に電話をかけた.
しかし, 電話に出たのは, 桃香だった.
「あら, 静穂. どうしたの? もしかして, お兄様の様子を探っているの? 」
彼女の声は, 嘲笑に満ちていた.
「お兄様は, 今, 理央とウェディングドレスを選んでいるわ. あなたには, もう関係ないことなのよ. 」
その言葉に, 私の心は凍りついた.
桃香は, 私に警告した.
「二度と, お兄様の邪魔をしないで. あなたは, もうこの家族とは関係ないのよ. 」
私は, 電話を切った.
私の心は, 空っぽだった.
私は, 自嘲するように笑った.
直也は, 私が消えても, 何も感じないだろう.
私の存在など, 彼にとっては, どうでもいいものだったのだから.
私は, オークション会場に向かった.
私の服装は, 周りの華やかな人々と比べて, ひどく地味だった.
でも, 私は, もう気にならなかった.
私には, 私が手に入れた自由がある.
その時, 会場がざわめいた.
皆の視線が, 舞台に向けられる.
そこには, 直也と理央が立っていた.
理央の指には, あの豪華なネックレスが輝いていた.
直也が, 理央のために用意した, あのネックレス.
かつて, 私が彼から贈られたのは, ありふれたものだった.
私は, 彼の愛が, 私にとっては偽りだったことを知った.
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