
右手を失い、愛も失った
章 2
琴穂 POV:
あの惨劇から数ヶ月が経ち, 私は漆の匂いを嗅ぐたびに吐き気がするようになった. 右手の痺れは消えず, 祖父の工房は, 私にとって拷問の部屋以外の何物でもなかった.
ある日, 新幸が工房にやってきた. 彼は私の顔を見て, 心底うんざりしたような表情を浮かべた.
「いつまでそうしているつもりなんだ? 君の祖父が残した借金も馬鹿にならないんだぞ」
彼の言葉に, 私の心は氷のように冷たくなった.
「借金…? 」
「ああ. 君の手術費用, リハビリ費用, そして君が漆アレルギーで倒れた時の治療費. すべて祖父の借金として計上されている」
私は信じられなかった. 祖父が, そんな大きな借金を抱えていたなんて.
「祖父は, そんなことを私に言わなかった」
「言えるわけがないだろう. 君に心配をかけたくなかったんだ」
新幸の声は, 相変わらず穏やかだった. しかし, その声が, 私の心に深く突き刺さる.
「君は, いつまでこんな状態なんだ? 職人として再起できないなら, 早く身の振り方を考えた方がいい」
彼の言葉は, 私を奈落の底に突き落とした. 私が彼にとって, もう何の価値もない存在になってしまったことに, この時, ようやく気づいた.
その日の夜, 私は病院の屋上から, 夜空を見上げていた. 星が瞬いている. 新幸の言葉が, 私の頭の中をぐるぐると回る. 「職人として再起できないなら, 早く身の振り方を考えた方がいい」.
私が漆芸の道を諦めたとき, 彼も私を諦めるだろう. それは分かっていた. けれど, 本当にそう言われると, 私の心はズタズタに引き裂かれるようだった.
その時, 一人の女性が屋上に上がってきた. 中山莉代だった. 彼女は私の隣に立つと, 静かに言った.
「倉田先輩, まだそんなところにいたんですか? 広岡先輩が心配していますよ」
彼女の声は優しいけれど, その目は, まるで獲物を見つめる狩人のようだった. 私は彼女の視線から逃れるように, 顔を背けた.
「あなたに, 何の用? 」
私の言葉は, 思っていたよりも冷たかった.
「用ですか? ふふ, そうですね. 広岡先輩が, 先輩のことが心配で, 私に様子を見に行くようにと…」
彼女はそう言って, 私に近づいてきた. その体から, 甘い香水の匂いが漂ってくる.
「広岡先輩は, 本当に優しい方ですね. 先輩の手術の費用も, リハビリの費用も, 祖父の借金だと仰っていましたが, 実際はすべて広岡先輩が負担していらっしゃるんですよ」
莉代の言葉に, 私の心臓が凍り付く.
「嘘よ」
「嘘ではありません. 広岡先輩は, 先輩のことが大切だから, そう言っているんです. 先輩に負い目を感じさせたくないからと」
彼女の言葉は, まるで毒のように私の心に染み渡っていく. 新幸が, 私をそこまで深く愛してくれていたなんて. 私は, 彼を疑っていた自分を恥じた.
「でも, 広岡先輩も人間ですからね. いくら愛していると言っても, 限界があります」
莉代はそう言って, 私の耳元で囁いた.
「倉田先輩, 知っていますか? 広岡先輩は, 本当は私を愛しているんです」
その言葉は, 私の頭を真っ白にした.
「何を…言ってるの…? 」
私の声は, 震えていた.
「本当のことですよ. 先輩は, 広岡先輩の祖父の恩義のために, 私たちを繋ぎ止めているだけなんです. もし, 先輩がこのまま広岡先輩の足枷になるのであれば…」
莉代はそこで言葉を切ると, 私を見つめた. その目は, 冷酷な光を放っていた.
「先輩の祖父は, 本当に広岡家の恩人でした. でも, その恩義が, 広岡先輩の人生を縛っているとしたら, 先輩はどうしますか? 」
その言葉は, 私の心を抉った. 私が新幸の足枷になっている? 彼の人生を縛っている? 私は, 彼が私を愛していると信じていたのに.
「彼は…私を愛している…」
私の声は, か細く, ほとんど聞こえないほどだった.
「愛していますか? ふふ, そうですね. でも, その愛は, 彼の祖父への恩義と, 世間体のためでしょう? 彼は, 心の底では, 私を愛しているんです」
莉代はそう言って, 自分のスマホを取り出した. 画面には, 新幸と莉代が抱き合っている写真が映し出されていた. 二人は楽しそうに笑っていた. 新幸の顔は, 私と一緒にいる時とは全く違う, 心からの笑顔だった.
私の心は, バラバラに砕け散った. 今まで見ていた世界が, 全て嘘だったと知った. 新幸が私を愛していると思っていたのは, 私のただの思い込みだった. 彼は, 私を愛してなどいなかったのだ.
「これを見ても, まだ信じませんか? 」
莉代の声が, 私の耳元で響く. 私は何も言えなかった. ただ, 目の前の真実が, 私を打ちのめしていた.
「先輩, もうこれ以上, 広岡先輩を苦しめないであげてください. 彼は, 本当に辛いんです. 私を愛しているのに, 先輩との婚約を破棄できない. その責任感に, 彼は押しつぶされそうになっています」
莉代の言葉は, 私の心を深く切り裂いた. 責任感. そうか, 彼が私に示していたのは, 愛情ではなく, 責任感だったのだ. 私は, 彼が私を愛していると信じて, 彼の言葉に甘えていた. 彼のキャリアを妨害し, 彼の自由を奪っていたのは, 私だったのだ.
私は, その場で膝から崩れ落ちた. 全身から力が抜け, 何も考えられなくなった. ただ, 心臓が痛い. これ以上ないほどの痛みだった.
「私の…手は…」
私は自分の右手を握りしめた. 漆に侵され, もはや動かない右手. そして, 漆に侵された私の心.
「先輩, どうか, 広岡先輩を解放してあげてください. それが, 彼への最後の愛情ですよ」
莉代の声は, まるで慈悲深い女神のようだったけれど, その言葉は, 私にとって地獄の宣告だった. 私は, 全てを失った. 愛も, 未来も, そして, 職人としての誇りも.
その夜, 私は病院を抜け出した. どこへ行くのかも分からなかった. ただ, この場所から, 新幸と莉代から, 遠くへ逃げたかった. 私の心は, 深い絶望に包まれていた.
漆黒の夜の街を, 私はあてもなく歩いた. 私の右腕は, 重く, 鉛のように感じられた. あの痛みを, 私は一生忘れないだろう. そして, 新幸の裏切りも.
私は, もう一度, 祖父に会いたいと思った. 祖父だけが, 私を理解してくれると信じていた. しかし, 祖父の姿はどこにもない.
私は, もう立ち上がれないかもしれないと思った. 私の人生は, もう終わったのだと. しかし, 私の心の奥底で, 何かが燃え上がっていた. それは, 復讐の炎だった. 彼らが私にしたこと. 私は, 彼らに必ず報いを受けさせる. 彼らが手の届かない高みで輝くこと. それが, 私にできる最大の復讐だ. 私は, そう誓った.
広岡新幸は, 私の人生を奪った. 中山莉代は, 私の全てを奪った. 私は, この二人を許さない.
私の心は, 漆のように黒く染まっていた. しかし, その黒さの中に, 一筋の光が差し込んでいるような気がした. それは, 私の新しい人生の始まりを告げる光だった.
新幸 POV:
琴穂が病院から姿を消した. 病室はもぬけの殻で, 彼女が残したものは何もなかった. 私と莉代は, 病院中を捜し回ったが, どこにも見つからなかった.
「新幸先輩, 琴穂先輩がどこかに隠れているんじゃないでしょうか? もしかしたら, また自殺を図ろうと…」
莉代の声は不安に震えていた. しかし, 私には, 彼女の言葉がどこか嘘くさく聞こえた.
「まさか. 彼女はそんな弱くない」
私の言葉に, 莉代は顔を青ざめさせた.
「でも…心配です. 何しろ, 広岡先輩のせいで, あんなひどい目に遭ったんですから」
莉代はそう言ったけれど, その目は, どこか楽しんでいるようにも見えた. 私の心臓が, 嫌な音を立てる.
琴穂が消えた夜, 私は一睡もできなかった. 彼女がどこへ行ったのか, 何を考えているのか, 全く分からなかった. 私の心には, 言いようのない不安と焦りが渦巻いていた.
翌朝, 私は莉代と一緒に, 琴穂の祖父の工房を訪れた. 工房は, 相変わらず静まり返っていた. 漆の匂いが, かすかに漂ってくる.
「新幸先輩, 琴穂先輩は, ここにいるかもしれませんよ」
莉代の声は, 私の耳元で囁く. 工房の中に入ると, そこには誰もいなかった. しかし, 作業台の上には, 使いかけの漆と, 血の付いた包帯が残されていた.
私の心臓が, 嫌な音を立てる. 私は, あの日のことを思い出した. 琴穂が右手から血を流し, 意識を失ったあの日. 私が病院に駆けつけた時, 彼女はすでに意識不明だった.
「新幸先輩, これを見てください」
莉代が, 一枚の紙を差し出した. それは, 琴穂が書いたらしき遺書だった.
「" 新幸へ. あなたの重荷になりたくない. 私はもう, 職人として生きられない. どうか, 私を忘れて, 莉代と幸せになってください. さようなら. " 」
莉代は, 震える声で遺書を読み上げた. 私の心臓が, 締め付けられる. 琴穂が, そんなことを考えていたなんて. 私のせいで, 彼女はそこまで追い詰められていたのか.
「新幸先輩…」
莉代が, 私の腕にすがりついてきた.
「琴穂先輩は, きっと, 私たちを恨んでいたんでしょうね. 私たちが, 彼女から広岡先輩を奪ったと…」
莉代の言葉は, 私の心をさらに抉った. 私は, 本当に琴穂を苦しめていたのか. 彼女の人生を, 私の手で壊してしまったのか.
私は, 莉代を抱きしめた. 彼女の体は, 温かかった. しかし, 私の心は, まるで凍り付いたようだった.
「莉代, 悪いのは僕だ. 僕が…琴穂に嘘をついていたから」
私の言葉に, 莉代は顔を上げた.
「広岡先輩…」
「僕は, 琴穂を愛していた. でも, 僕のキャリアのために, 彼女を利用していた. 彼女の才能を, 僕の踏み台にしていたんだ」
私の口から出た言葉は, 私自身を驚かせた. 私は, 本当に琴穂を愛していたのだろうか? それとも, ただ, 彼女の才能を利用していただけなのだろうか?
莉代は, 私の言葉を聞くと, 静かに微笑んだ. その笑顔は, まるで悪魔のようだった.
「広岡先輩, もう何も心配いりません. 琴穂先輩は, もういません. これからは, 私だけが広岡先輩のパートナーです」
莉代の声は, 甘く, 誘惑的だった. 私は, 彼女の言葉に, ゆっくりと頷いた. 私の心は, 琴穂を失った悲しみと, 莉代の言葉に甘える罪悪感で, ぐちゃぐちゃになっていた.
それから数日後, 私は琴穂の祖父の葬儀に出席した. 祖父は, 私が病院に駆けつけた夜に, ひっそりと息を引き取っていたらしい. 私の心には, 深い後悔の念が押し寄せてきた. 私が, もっと早く琴穂の祖父に会っていれば. 私が, もっと早く琴穂の異変に気づいていれば.
葬儀の後, 私は琴穂の行方を探し続けた. 警察にも届け出たが, 彼女の痕跡はどこにもなかった. まるで, 最初からこの世に存在しなかったかのように.
私の心は, 焦燥感に駆られていた. 琴穂がどこかで苦しんでいるのではないか. 私が, 彼女を絶望の淵に突き落としてしまったのではないか.
その時, 莉代が私の隣に立って, 優しく言った.
「広岡先輩, もう忘れましょう. 琴穂先輩は, もうこの世にはいません. これからは, 私と二人で, 新しい人生を歩みましょう」
莉代の言葉は, 私を慰めるどころか, 私をさらに苦しめた. 琴穂を忘れる? そんなこと, できるはずがない. 彼女は, 私の人生の一部だった. 私の心に, 深く刻み込まれた存在だった.
私は, 莉代の手を振り払った.
「莉代, 君は僕の気持ちが分からないだろう」
私の言葉に, 莉代の顔が凍り付く.
「広岡先輩…」
「僕は, 琴穂を愛していたんだ. 本当に, 愛していたんだ」
私の口から出た言葉は, もう嘘ではなかった. 私は, 琴穂を失って初めて, 彼女への執着が愛であったと気づいたのだ. 私の心は, 後悔と罪悪感で, 張り裂けそうだった.
莉代は, 私の言葉を聞くと, 静かに涙を流し始めた.
「広岡先輩, 私, 分かります. 私が, 広岡先輩の足枷になっていました. 私が, 広岡先輩の気持ちを理解していませんでした」
莉代はそう言って, 私から離れていった. 私の心は, さらに深く沈んでいく. 私は, 莉代も傷つけてしまった. 私の人生は, もうめちゃくちゃだ.
私は, 琴穂が消えた夜から, 酒浸りの日々を送るようになった. 仕事も手につかず, 私のキャリアは, みるみるうちに崩壊していった. 私の内面も, 琴穂を失った喪失感と, 彼女を裏切った罪悪感で, ボロボロになっていた.
琴穂. 君はどこにいるんだ? 君は, 僕を許してくれるだろうか? 僕が, 君を愛していたと知ったら, 君は, 僕の元に戻ってきてくれるだろうか?
私の心は, 琴穂への切ない思いで, いっぱいだった. 私は, 彼女を探し続ける. 彼女が, どこかで生きていると信じて.
私の心は, まるで燃え尽きた灰のようだった. しかし, その灰の中に, 一筋の希望の光が差し込んでいるような気がした. それは, 琴穂がどこかで生きているという, かすかな希望だった.
私は, もう一度, 琴穂に会いたい. そして, 彼女に許しを請いたい.
琴穂 POV:
私は, 新幸と莉代の前から姿を消した. 彼の言葉, 莉代の笑顔, そして祖父の死. 私の心は, 深い絶望に包まれていた. 職人としての命である右手を失い, 愛も未来も奪われた私は, ただ, 死を待つばかりだった.
しかし, 私の心の奥底で, 何かが燃え上がっていた. それは, 復讐の炎だった. 彼らが私にしたこと. 私は, 彼らに必ず報いを受けさせる. 彼らが手の届かない高みで輝くこと. それが, 私にできる最大の復讐だ. 私は, そう誓った.
私は, あてもなく歩き続けた. ボロボロになった体と心で. そして, 気がつくと, 私は見慣れない病院の前に立っていた. そこは, 手の外科の権威である藤岡和優が勤める病院だった.
「…藤岡和優…」
私は, その名前を呟いた. 彼の名前は, 漆芸界でも有名だった. 彼なら, 私の右手を治してくれるかもしれない. そんなかすかな希望を抱いて, 私は病院のドアを開けた.
診察室で, 藤岡先生は私の右手を見て, 静かに言った.
「これは…ひどい. 漆アレルギーと, 深い傷. もう, 職人として再起するのは難しいでしょう」
彼の言葉は, 私を絶望させた. やはり, もう無理なのか.
「しかし…」
藤岡先生は, 私の目を見て, 続けた.
「まだ, 諦める必要はありません. 私は, あなたの右手を治してみせます. あなたが, もう一度, 職人として漆芸の道を歩めるように」
彼の言葉は, 私の心を深く揺さぶった. 私を諦めないでくれる人が, まだいたなんて. 私は, 彼の言葉に, 涙が止まらなかった.
「ただし, 治療は過酷です. 痛みに耐え, 長いリハビリを乗り越えなければならない. それでも, あなたは, もう一度, 漆芸の道に戻りたいですか? 」
藤岡先生の問いに, 私は力強く頷いた.
「はい. 私は, もう一度, 漆芸の道に戻りたい. 彼らに, 私の生き様を見せつけてやる. それが, 私の復讐だから」
私の言葉に, 藤岡先生は静かに微笑んだ.
「分かりました. 私が, あなたを支えます. 医者として, そして, 一人の人間として」
藤岡先生の言葉は, 私の心を温かく包み込んだ. 私は, 彼に救われた. 彼だけが, 私を信じてくれた.
それから, 私の過酷なリハビリが始まった. 毎日, 痛みに耐えながら, 指を一本ずつ動かす訓練. リハビリ室では, 他の患者たちが私を見て, ひそひそと噂話をしていた.
「あの人, 漆芸の職人だったらしいよ. 広岡さんの婚約者だったんだって」
「可哀想に. 右手を失って, もうおしまいだ」
そんな言葉が, 私の耳に入ってくるたびに, 私は彼らを見返すように, さらに強くリハビリに励んだ. 彼らに, 私の再起を見せつけてやる.
藤岡先生は, 常に私の傍にいてくれた. 彼は, 私の痛みを理解し, 私の苦しみに寄り添ってくれた. 彼の存在は, 私の心の支えだった.
ある日, リハビリ室で, 私は藤岡先生に尋ねた.
「先生, 私の祖父は, 本当に借金を抱えていたんですか? 」
私の問いに, 藤岡先生は少し間を置いてから答えた.
「倉田さんのお祖父様は, 広岡家を救った恩人だと伺っています. 彼が, そんな借金を抱えるはずがない」
藤岡先生の言葉は, 私の心を深く揺さぶった. 新幸が言っていたことは, 嘘だったのか? 祖父の借金は, すべて広岡家が仕組んだことだったのか?
「それに, 倉田さんの漆アレルギーの数値が異常に高まっていた件. あれは, 何者かが意図的に, 漆アレルギーを誘発する薬物を盛った可能性が高い」
藤岡先生の言葉は, 私を雷に打たれたような衝撃を与えた. 薬物を盛った? まさか, 新幸が? 莉代が?
私の頭の中で, 点と点が繋がり始めた. 新幸の言葉, 莉代の笑顔, そして, 祖父の死. すべてが, 彼らの策略だったのだ.
私の右手を奪い, 祖父を殺し, 私を絶望の淵に突き落としたのは, 新幸と莉代だったのだ. 私の心は, 怒りと憎しみで, 燃え上がりそうだった.
「先生, 私は, 彼らを許さない. 私は, 彼らに復讐する」
私の言葉に, 藤岡先生は静かに私の手を取った.
「倉田さん, 復讐は, あなたを苦しめるだけです. しかし, あなたが, もう一度, 漆芸の道に戻り, 彼らが手の届かない高みで輝くこと. それが, 彼らへの最大の復讐だと, 私は信じています」
藤岡先生の言葉は, 私の心を温かく包み込んだ. 私は, 彼の言葉に救われた. 復讐は, 私を苦しめるだけ. しかし, 私の再起は, 彼らへの最大の報いだ.
私は, 藤岡先生の支えのもと, 過酷なリハビリを乗り越えていった. 私の右手は, 少しずつ動くようになった. そして, 私の心も, 少しずつ再生されていった.
ある日, 私は藤岡先生と一緒に, 美術館を訪れた. そこには, 私の祖父の作品が展示されていた. 祖父の作品は, 相変わらず美しく, 私の心を癒してくれた.
「倉田さん, あなたの漆芸は, あなたの祖父から受け継いだものです. あなたの手は, もう一度, 奇跡を起こせるはずです」
藤岡先生の言葉に, 私は静かに頷いた. 私は, もう一度, 漆芸の道を歩む. それが, 私の使命だ.
私は, 藤岡先生に, 心からの感謝の気持ちを伝えた. 彼は, 私の命の恩人だった. そして, 私の心の支えだった.
「藤岡先生, ありがとうございます. 先生がいなければ, 私は, もう生きていられなかった」
私の言葉に, 藤岡先生は優しく微笑んだ.
「倉田さん, あなたは, 強い人です. あなたは, 必ず, 奇跡を起こせる」
彼の言葉は, 私の心に深く響いた. 私は, もう弱くない. 私は, もう愛に依存しない. 私は, 私の力で, 新しい人生を歩む.
私の心は, 漆のように黒く染まっていたけれど, その黒さの中に, 一筋の光が差し込んでいるような気がした. それは, 私の新しい人生の始まりを告げる光だった.
私は, 藤岡先生と一緒に, 美術館を後にした. 夕日が, 私たちの背中を照らしている. 私の心は, 希望に満ちていた. 私は, もう一度, 漆芸の道を歩む.
そして, いつか, 新幸と莉代が手の届かない高みで輝く. それが, 私にできる最大の復讐だ. 私は, そう誓った.
私の新しい人生の幕が, 今, 開こうとしている.
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