
右手を失い、愛も失った
章 3
琴穂 POV:
リハビリは想像以上に過酷だった. 右手は, まるで他人のもののように言うことを聞かない. 指を一本動かすだけでも激痛が走り, 何度も心が折れそうになった. 漆芸の職人としての神経が, 私の中の何もかもを拒絶しているようだった.
「倉田さん, もう少しですよ. 焦らず, ゆっくりと」
藤岡先生の声は, いつも穏やかで, 私の焦燥感を和らげてくれた. 彼は, まるで私の心の痛みを理解しているかのように, 私の表情から小さな変化すらも見逃さなかった.
ある日のリハビリ中, 私は藤岡先生に尋ねた.
「先生, 私は本当に, また漆を扱うことができるのでしょうか? この手で, また筆を握れるのでしょうか? 」
私の声は, 弱々しく, 自信がなかった.
藤岡先生は, 私の右手を優しく包み込んだ. 彼の指は, 温かく, 私の手のひらに安心感を与えてくれた.
「倉田さん, あなたの手は, まだ記憶を失っていません. あなたの才能は, この手の中に宿っています. 私ができることは, その眠っている才能を呼び覚ますことだけです」
彼の言葉は, 私の心の奥底に響いた. 私の才能は, まだ失われていない. 私は, まだ諦めるべきではない.
私は, 藤岡先生の献身的な治療と, 温かい励ましによって, 少しずつ前向きになっていった. 彼の存在は, 私の人生に差し込んだ一筋の光だった.
しかし, 私の心には, まだ新幸と莉代への怒りと憎しみが渦巻いていた. 彼らが私を陥れたこと, 祖父を死に追いやったこと. この恨みは, 私が生きている限り, 消えることはないだろう.
ある日, リハビリを終えた後, 私が病院のロビーを歩いていると, 偶然, 新幸と莉代の姿を目にした. 二人は, 親密そうに寄り添いながら, 私の目の前を通り過ぎていった.
新幸は, 以前と変わらないエリート建築家の顔をしていた. 彼の隣にいる莉代は, まるで勝ち誇ったかのように, 私の方を見て薄く笑った.
私の心臓が, 嫌な音を立てる. 私は, 彼らに気づかれないように, 柱の陰に隠れた. 彼らの姿を見るだけで, 私の全身は凍り付くようだった.
「新幸先輩, 今日のプレゼン, 大成功でしたね. これで, 広岡建設も安泰です」
莉代の声が, 私の耳に届く. 彼女は, まるで新幸の妻であるかのように, 彼に寄り添っていた.
「ああ, 莉代のおかげだ. 君がいなければ, 僕はここまで来られなかった」
新幸の声は, 温かく, 莉代への深い愛情が込められているようだった. 私の心は, ズタズタに引き裂かれるようだった. 彼らが, 私の右手を奪い, 祖父を殺したのに, なぜこんなにも幸せそうにしているのだろう?
私は, 怒りと憎しみに震えた. 彼らを許すことはできない. 私は, 彼らへの復讐を誓った.
その夜, 私は自室で, 漆の道具を眺めていた. 筆, 鑿, へら. これらは, 私の人生そのものだった. しかし, 今の私には, これらを再び手に取る勇気がなかった.
「倉田さん, 眠れませんか? 」
藤岡先生の声が, 私の耳元に聞こえた. 彼は, いつの間にか私の部屋に入ってきていた.
「先生…私, 彼らを許すことができません. 彼らが, 私にしたこと…」
私の言葉は, 震えていた.
藤岡先生は, 私の隣に座ると, 優しく言った.
「倉田さん, 憎しみは, あなたを蝕むだけです. 彼らへの復讐は, あなたが漆芸の道で輝くこと. それが, 彼らへの最大の復讐だと, 私は信じています」
彼の言葉は, 私の心を温かく包み込んだ. 私は, 藤岡先生の言葉に救われた. 復讐は, 私を苦しめるだけ. しかし, 私の再起は, 彼らへの最大の報いだ.
私は, 藤岡先生に, 心からの感謝の気持ちを伝えた. 彼は, 私の人生に差し込んだ一筋の光だった.
「藤岡先生, ありがとうございます. 先生がいなければ, 私は, もう生きていられなかった」
私の言葉に, 藤岡先生は優しく微笑んだ.
「倉田さん, あなたは, 強い人です. あなたは, 必ず, 奇跡を起こせる」
彼の言葉は, 私の心に深く響いた. 私は, もう弱くない. 私は, もう愛に依存しない. 私は, 私の力で, 新しい人生を歩む.
私は, 藤岡先生と一緒に, 夜空を見上げた. 星が瞬いている. 私の心は, 希望に満ちていた. 私は, もう一度, 漆芸の道を歩む.
そして, いつか, 新幸と莉代が手の届かない高みで輝く. それが, 私にできる最大の復讐だ. 私は, そう誓った.
私の新しい人生の幕が, 今, 開こうとしている. この手で, もう一度, 奇跡を起こしてみせる.
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