
聞こえた裏切り、復讐の誓い
章 2
浜口結枝 POV:
私は疲れたふりをして, そっと席を立った.
「少し, 外の空気を吸ってくるわ. 」
そう手話で伝えると, 翔真はすぐに立ち上がった.
「一緒に行こう. 」
彼は手話でそう言い, 私を抱きしめようとした.
私は彼の腕をそっと押し返し, 手話で続けた.
「大丈夫よ, すぐ戻るから. 」
そして, 彼の返事を待たずに, 私は会場を後にした.
彼の顔に不安の色が浮かんだのが見えた.
会場の外に出ると, 肌を刺すような冷たい風が頬を撫でた.
私は街の喧騒の中を歩いた.
ふと見上げると, 巨大なビルの壁面にプロポーズの映像が映し出されていた.
「愛するユイへ. 君と永遠の愛を誓う. 」
翔真の声が, 街中に響き渡る.
私の心臓は, まるでガラスのように砕け散った.
周りの人々は, その映像を見て感嘆の声を上げていた.
「なんてロマンチックなの! 」
「きっと彼女は幸せね. 」
彼らの言葉が, 私の耳に鋭いナイフのように突き刺さる.
私はその場に立ち尽くし, ただ虚ろな目で映像を見上げていた.
幸せ?
私にとって, それはもはや遠い幻だった.
私は幼い頃, 両親を交通事故で亡くし, 孤児院で育った.
生まれつき耳が不自由だったため, 周りの子供たちからいじめられ, 孤独な日々を送っていた.
私の世界は, いつも静かで, そして冷たかった.
私は誰も信じられず, 心を閉ざしていた.
そんな時, 翔真が現れた.
彼は私の世界に, 突然光を灯した.
最初に私を口説いてきた時, 私は彼の言葉を何度も拒絶した.
手話で「あなたには関係ない」と突き放した.
彼はそれでも諦めなかった.
毎日, 私の元を訪れて, 手話で話しかけてきた.
彼の真剣な眼差しに, 私は少しずつ心を開き始めた.
数ヶ月後, 私たちはデートをしていた.
突然, 工事現場の足場が崩れ落ち, 鉄骨が私たちに向かってきた.
翔真は私を庇い, その鉄骨の下敷きになった.
私の体が宙に浮き, 次に地面に叩きつけられた.
痛みで意識が朦朧とする中, 翔真が血だらけの腕で私の手を握り, 震える手で手話をした.
「結枝, 無事か? よかった…」
彼の体には大きな傷跡が残った.
彼は私のために, 手話を猛勉強した.
私がいじめられていると知れば, 彼は強い力でいじめっ子たちを排除した.
彼は私のヒーローだった.
私の世界で, 唯一の色彩だった.
私たちは5年間, 恋人として寄り添った.
彼はいつも優しく, 私を大切にしてくれた.
彼の家族は私たちの交際に猛反対した.
それでも翔真は, 家族の反対を押し切って私にプロポーズしてくれた.
「結枝, 君は俺の人生のすべてだ. 俺と結婚してほしい. 」
彼の言葉に, 私は涙が止まらなかった.
私は彼に最高の結婚祝いを贈りたいと思った.
彼の家族に, 聴覚障害者である私を受け入れてもらいたい.
そして何より, 彼が私を愛しているということを, 証明したかった.
私はハイリスクな聴力回復手術を受けることを決意した.
手術は成功した.
私は, 生まれた初めて「音」のある世界を知った.
私はこのことを, 結婚式で翔真にサプライズで伝えようと思っていた.
しかし, そのサプライズは最悪の形で, 私を裏切った.
ある日, 翔真のオフィスに忘れ物をしてしまい, 届けに行った時のことだった.
彼の部屋から, 女性の声が聞こえた.
翔真は, 私が聞こえないことをいいことに, 電話で愛人と親密な会話を交わしていた.
「結枝は耳が不自由だから, 俺が何をしても気づかないさ. 結婚しても, お前のことは手放さないよ, 光穂. 」
彼の冷酷な言葉が, 私の耳に直接響いた.
その瞬間, 私の頭の中で何かが砕け散った.
今まで彼が私に向けてきた言葉, 態度, すべてが偽りだったのだと.
私はその場で意識を失いそうになった.
体中の血が凍りつき, 心臓が握りつぶされるような激痛が走った.
彼の言葉が, 耳の奥で何度も反響する.
光穂.
川本光穂.
あの嫉妬深い視線の女が, 翔真の愛人だったのか.
結婚しても, 光穂との関係を続けるつもりだと言う.
彼は私が聴覚障害者だから, いくらでも欺けると思っていたのだろう.
寒さで震える体とは裏腹に, 私の頭は急速に冷静さを取り戻していった.
私はもう, 彼に傷つけられるのは御免だ.
彼は自分のやったことの代償を払わなければならない.
私は決して, 彼を許さない.
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