
彼の“特別”は、私じゃなかった
章 3
私は依然として答えなかった。
「酔った。頭が痛い。明日の朝、大学の第三食堂で粟粥を買ってきてくれ」
ベランダの冷気が肌を刺し、体が震えた。私は口を開いた。「私たち、もう別れたから」
電話の向こうは相当酔っているらしく、私の言葉は耳に入っていないようだった。ただ、一方的に繰り返すだけだ。
「あそこの粟粥が美味いって、あいつが言うんだ。早く行かないと売り切れる。あいつ、怒るから」
第三食堂の粟粥が好きなのは、温雯だけだ。
私はそれ以上聞く気になれず、一方的に通話を切った。
翌日の早朝、許奕から電話がかかってきた。
向こうが何も言わないので、私から切り出した。「私たち、もう別れたの。今後はもう連絡しないで」
相手は二秒ほど黙り込んだ。
「于淼、俺が面倒なのは嫌いだって知ってるだろ。今すごく疲れてる。君の機嫌を取る気力はないんだ」
私は昔から口下手だ。許奕の非難に対し、ただ頑として繰り返すことしかできなかった。「私たちは別れたの。もう電話してこないで」
電話を切って間もなく、許奕からスクリーンショットが送られてきた。
そこでは、私の登録名った「ベイビー」が、「温雯」に置き換えられていた。続けて二件のメッセージが届く。
【登録名は変えたぞ。これで満足か?】
【最近忙しいんだ。物分かり良くしろ。もう騒ぐな】
深くため息をつき、許奕のSNSアカウントと連絡先をすべてブロックし、削除した。
別に騒ぎ立てたいわけではない。残された時間を、ただ穏やかに過ごしたいだけだ。
私はすべての精力を研究室に注ぎ込み、寮に戻るのはいつも真夜中を過ぎてからだった。
その帰り道、見知らぬ番号から執拗に電話がかかってきたが、私は出なかった。
やがて、その番号からメッセージが届いた。
「義姉さん、悪かったよ、これでいいだろ。 あの晩、あんたにあんなこと言うべきじゃなかった。もう奕と揉めるのはやめてくれよ。 こっちは事業が軌道に乗ったばかりで大変なんだ。あんたが騒ぐから、奕も仕事に身が入らない……」
その後にも、嫌味たらしい謝罪の言葉が長々と続いていたが、私はもう読み進める気にもなれず、その番号もブロックした。
いっそ電話番号を変えてしまおうかと悩んでいた矢先、許奕本人が姿を現した。
なんと滑稽なことだろう。付き合って二年になるが、彼が寮の入り口で私を待っていたのは、これが初めてだった。それも、私たちが別れた後に、だ。
ここ数日、急激に冷え込んでいる。タバコを挟んだ彼の手は真っ赤にかじかんでいた。私が近づくのを見ると、彼は火を消し、自分の首からマフラーを外して、私に巻こうとした。
私は一歩後ずさり、マスクを着けた。以前は気にもならなかったが、免疫力が落ちている今、彼の副流煙をわずかに吸い込んだだけでも気分が悪くなる。小さく咳き込むと、
彼は慌ててタバコをもみ消した。「風邪、まだ治らないのか? 最近ずっと顔色が悪いぞ。病院、連れて行こうか?」
そう言って手を伸ばしてこようとする。私はさらに一歩退き、他人行儀に尋ねた。
「何か用ですか?」
許奕はマフラーを手に持ったまま私を見つめ、ふん、と鼻で笑った。「本気で怒ってるのか? 君がそんなに本気で怒るなんて、初めて見た。てっきり、君はいつだって温和で、言いなりになる『柔らかい綿』なんだと思っていたよ」
その言葉に、本気で泣きそうになった。そして不意に、亡くなった父のことを思い出した。
子供の頃、私は喧嘩っ早く、男の子たちでさえ私には敵わなかった。両親はしょっちゅう私を連れて相手の家に謝罪に回っていたが、二人はそんな私の気の強さを決して責めなかった。父はただ笑って私の髪を撫で、母にこう言うのだ。
「うちの淼淼は、まったく小さな暴君だな。絶対に泣き寝入りしない」
(でも、お父さん。お父さんたちが逝ってしまってから、私は周りから「扱いやすい綿人形」みたいだって、言われるようになったんだ)
私が目を赤くしたのを見て、勘違いしたのだろう。許奕は笑みを浮かべ、両手を広げた。
「辛い思いをさせたな。陳囂のやつにはもう灸を据えておいた」
「だからもう拗ねるな。な?」
私はかぶりを振ると、どうにか感情を押し殺し、冷静さを取り戻す。半歩下がり、彼にはっきりと告げた。
「許奕。別れるって言ったのは、本気だから」
許奕の表情が、一瞬にして険しくなる。
「于淼、俺の忍耐にも限界がある。君のそんな茶番に付き合っている暇はない」
「以前はあんなに素直で、物分かりが良かったのに。どうしてそうなった?」
これ以上彼と言い争う気力は、私にはもう残っていなかった。乾いた笑みを浮かべる。
「なら、それでいい。別れましょう」
許奕は暗く沈んだ瞳で私を凝視していたが、不意に笑みを漏らした。
「分かったよ。付き合ってきて、君が珍しく我を通したんだ。要は、俺に機嫌を取ってほしい。そうなんだろ?」
「ちょうど君ももうすぐ誕生日だ。今年はスイスにスキーに連れて行ってやる」
スキーは、許奕が最も愛するスポーツである。彼は以前、毎年決まって温雯をスイスでのスキーに連れて行っていた。そして、そこに連れて行ったのは温雯だけだった。
彼と付き合い始めて二年。私をスイスに連れて行くと彼が言ったのは、これが初めてのことだ。
だが、今の私の体は、もう長距離の移動に耐えられそうになかった。
「許奕。私の誕生日に、部屋に来てほしいの。あなたに伝えたいことがある」
この子の存在を、許奕にも知っておいてほしかった。どうあれ、彼がこの子の父親であることに変わりはないのだから。
だが、予想もしなかった。誕生日当日、夜11時近くまで待っても、許奕が来ることはなかった。
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