
愛を殺した、彼の後悔
章 3
奈緒 POV:
解剖台に横たわる自分の姿は, あまりにも見るに堪えないものだった.
皮膚は焼け焦げ, 肉は裂け, 骨は砕けている.
私は, 自分の魂がここまで穢れてしまったのかと, 自嘲の笑みを浮かべた.
久我は白い手袋をはめ, 無機質な目でメスを握りしめた.
彼の隣には, 先ほどの同僚刑事が記録のために立っている.
解剖が始まった.
久我のメスは正確で, 迷いがない.
まるで, ただの肉塊を相手にしているかのように.
彼は, 私の体から証拠を探し出す.
まるで, 私がただの事件の被害者であるかのように.
「被害者は頭部, 胸部, 腹部に広範囲の爆発による損傷. 四肢も骨折, 肉片の飛散が確認されます. 年齢は20代後半から30代前半. 虐待の痕跡も認められる」
彼は淡々と報告していく.
虐待. 沼田に監禁されていた数日間, 彼は私に暴力を振るった.
その傷跡を, 久我は見ている.
しかし, 彼の目には, 私の面影は一切宿っていない.
久我は私の腹部にメスを入れた.
「…胎児を確認. およそ妊娠2ヶ月から3ヶ月. 性別は不明」
その言葉が, 解剖室に響き渡った瞬間, 全ての動きが止まった.
同僚刑事の顔から血の気が引く.
久我のメスを握る手が, 一瞬だけ止まったように見えた.
妊娠?
私の?
私は, 自分の腹部を見下ろした.
そこに, 確かに, 小さな小さな命の影が宿っていた.
私は, 知らなかった.
修二に, まだ言えていなかった.
あの, 公園での電話の時, もし私がこのことを伝えていたら, 彼は…?
涙が, 止まらない.
私の魂は, 慟哭した.
私のお腹の中にいた, 小さな命.
修二との, 愛の結晶.
それすらも, この世に生まれることなく, 私と共に炎に消えてしまった.
私は, その事実に, 打ちのめされた.
久我は, 深いため息をついた.
「気の毒に. こんな若い女性が, 妊娠中にこんな形で命を散らすとは」
彼はそう呟き, 再びメスを動かした.
「この件に関しては, 現在の案件が落ち着き次第, 改めて調査を進めましょう」
他人事のように, 彼は言った.
私は冷笑した.
もし彼が, この遺体が私だと知っていたら, 同じ言葉を口にするのだろうか.
私は, もうどうでもよかった.
彼が後悔しようと, 悲しもうと, 私の命は戻らない.
私と, 私たちの子の命は.
解剖が終わり, 久我は疲れた顔で解剖室を出ていった.
私は彼の後を追う.
彼は署の庭で, 同僚刑事と煙草を吸っていた.
「久我, あの女性の件だが…本当に気の毒だったな. お前, 奈緒ちゃんとの間に子供とか, 考えてないのか? 」
同僚刑事が尋ねた.
久我は煙草を深く吸い込み, 吐き出した.
「奈緒か. あいつはいつもそうだ. 俺に構ってほしいだけだ. 最近は恵梨子にばかり構っているから, 余計に拗ねているんだ」
彼はそう言い放ち, 再び私の携帯からのメッセージについて言及した.
「『この世界で, あなたと二度と会いたくない』だと? どうせ, 俺を試しているだけだ. 本当に死ぬわけがない. あいつはそんな根性ない」
彼は冷笑した.
私の魂は, 彼の言葉に震えた.
彼は, 私が本当に死んだとは, 夢にも思っていない.
私からの最後の言葉を, ただの脅しだと決めつけている.
どれだけ, 私は彼に愛されていなかったのだろうか.
「それにしても, この事件, 妙だな. 沼田信和が絡んでくるとは」
久我は, 急に真剣な顔になった.
「彼が関わっているとなると, 私の過去の事件の報復の可能性が高い. 被害者の身元が特定できれば, 動機もはっきりするだろう」
彼は, 私の死よりも, 沼田信和の動機にばかり興味を示している.
私の怒りは, 沸点に達していた.
その時, 久我の携帯が鳴った.
画面には「恵梨子」の文字.
久我の疲れていた顔に, 一瞬で笑顔が浮かんだ.
「もしもし, 恵梨子. どうした? 」
彼の声は, 私に向けられていた時とは全く違う, 甘く優しいものだった.
「修二, いつ帰ってくるの? 私, 一人だと寂しいよ」
恵梨子の甘えた声が, 携帯から漏れ聞こえてくる.
久我は笑った.
「ああ, もう少しだ. すぐに帰るからな. 恵梨子が待ってると思ったら, 仕事も早く終わらせたくなるよ」
彼は, 私を解剖したばかりの手で, 携帯を優しげに握っていた.
その手は, かつて私の髪を撫で, 私の頬を包んだ手だ.
しかし, その優しさは, 今, 別の女に向けられている.
私は, 修二が恵梨子に, 私に向けたような優しさを向けているのを見て, 心が引き裂かれるようだった.
悲しみと, 嫉妬と, そして, どうしようもないほどの怒り.
私は, 彼に叫びたかった.
「私がここにいるのに! 目の前にいるのに, なぜ気づかないの! ? 」
しかし, 私の声は, 彼には届かない.
「修二, 恵梨子ちゃんも心配してるから早く帰ってあげなよ」
同僚刑事が言った.
久我は頷いた.
「ああ, そうだな. 彼女は俺がいないと, すぐに不安になるから」
彼の言葉は, 私にとっては, ただの拷問だった.
その時, 同僚刑事がパソコンの画面を指差した.
「久我! これを見てくれ! 行方不明者リストだ. この女性の特徴, さっきの被害者と一致するかもしれない! 」
画面に表示されたのは, 私の両親が提出した行方不明者届だった.
私の写真が, そこに写し出されている.
私の心臓が, 再び激しく脈打った.
彼は, 気づくのか?
彼は, 私が死んだことを, 知るのか?
私の両親が, 私を探していることに, 彼は気づくのか?
私は, 息を詰めて, 彼の反応を待った.
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