
彼の見捨てられしオメガ、アルファ王の破滅
章 2
恵里菜の視点
翌朝、黒崎がベッドの向こうから手を伸ばし、私の腰に触れようとした。私は思わず身をすくめてしまった。それはほとんど気づかれないほどの小さな動きだったが、彼の内なる狼はそれに気づいた。混乱と不快感の低い唸り声が彼の胸で響き、それは音として聞くよりも肌で感じた。
『どうした、愛しい人?』彼の声が精神感応(マインドリンク)を通して心に響いた。
私は彼に背を向けたまま答えた。『悪い夢を見ただけ』
彼はそれ以上追及しなかった。代わりに、私の首筋に鼻をこすりつけ、その声は滑らかで説得力のあるものに変わった。「今夜、サプライズがあるんだ。崖の上のレストランに行こう。僕たちが初めて会った、あの場所に」。彼はそう言って、二人の間の空気に思い出を漂わせた。「特別な夜にしたいんだ」
冷たい笑みが私の唇に浮かんだ。「素敵ね」私は虚ろな声で言った。「私からも、あなたにサプライズがあるの」。溶かされたムーンストーンの塊は、すでにハンドバッグの中の小さな無地の箱に収められていた。
私の心は先週へと飛んだ。私の誕生日。黒崎は忘れていた。彼は、北の境界線近くで起きたはぐれ狼の襲撃事件という、緊急の一家の用事が入ったと主張した。彼は一晩中、家を空けていた。今ならわかる。彼がどの「はぐれ狼」を「処理」していたのか。
苦々しさが、口の中に物理的な味として広がった。
その夜、彼の流線型の黒いスポーツカーでレストランに向かう途中、助手席のフロアマットに何かが落ちているのが目に入った。一本の、長い、ブリーチされた金髪。沙美のものだ。
私は何も言わなかった。
レストランは海を見下ろす崖の上にあり、波が下の岩に打ち寄せていた。美しく、ロマンチックで、かつて彼が私に世界を約束した場所。それを終わらせるには、ふさわしい場所のように思えた。
前菜の途中で、黒崎は眉をひそめた。「くそっ」彼はこめかみを叩きながら呟いた。「精神感応(マインドリンク)のネットワークの調子がまた悪い。第四象限のサーバーファームがどうとか…。ガンマに電話してくる。すぐ戻るよ」
もちろん、嘘だった。サーバーファームなんて存在しない。「精神感応(マインドリンク)のネットワーク」は、彼が一家の仕事、そして今では浮気のために使う便利な口実だった。
彼がいなくなった瞬間、私は動いた。ヒールを鳴らしながら車へと戻る。彼が私が知らないと思っている予備のスマホは、グローブボックスの中だ。パスワードは知っている。沙美の誕生日。
画面が点灯し、露骨なメッセージのやり取りが現れた。
沙美:『今、あの女と一緒?言ってた通り、退屈?』
黒崎:『死ぬほどな。すぐにお前のところへ行く。あの赤いドレスを着てろ。俺が好きなやつだ』
私が見ていると、新しいメッセージがポップアップした。沙美からの写真だった。彼女は鏡の前でポーズをとり、象徴的な小さな青い箱を掲げていた。ティファニーの箱。キャプションにはこう書かれていた。『今夜、これを着けてもらうのが待ちきれないわ、アルファ』
胃がひっくり返った。物理的な嫌悪感が非常に強く、吐き気がした。それは単なる嫉妬ではなかった。私の魂、私の狼そのものが、私たちの神聖な絆の冒涜を拒絶していた。
黒崎がテーブルに戻ってきたとき、彼の顔は穏やかな魅力の仮面をかぶっていた。「全部片付いたよ」彼は微笑んで言った。
私は彼を見た。本当の意味で彼を見て、見知らぬ他人を見た。吐き気が喉の奥から、熱く、酸っぱくこみ上げてきた。
「大丈夫か?」彼は心配そうな表情で尋ねた。「顔色が悪いぞ」
「ホタテにあたったみたい」私は椅子を引いて嘘をついた。「気分が悪いわ」
私は化粧室に駆け込み、真っ白な便器に胃の中身をぶちまけた。彼の裏切りという毒に、私の体は痙攣していた。
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