
ゴミ扱いされた私が、実は世界的権力者だなんて言えない
章 3
最終的に、池田家は新奈を家族として迎え入れることを認めた。
しかし、その決定を巡り、正徳と、現在の妻・舒乃が激しく対立し、収拾のつかない状態に陥ったということを新奈は伝え聞いていた。
その日の夕方、新奈は知里のために、一度目の献血を行った。
知里は失血が多すぎたため、今後も彼女のために複数回の献血を行う必要があった。
新奈はいつでも対応できるよう、病院のVIP病室に入院することになった。
ブブッ。スマホが突然、二度震えた。
新奈はスマホを手に取り、届いたメッセージを確認した。
想乃:「横山家の若様き当主、横山宴之介がね、今、街じゅうをあげて、ある人を探してるんだって。20歳前後で、医術の心得があって、鎖骨の上に黒い三日月形の入れ墨がある人らしいよ」
メッセージを一読し、彼女は冗談めかして返信した。「奇遇ね、全部私に当てはまる」
想乃:「ちょっと、ふざけてる場合じゃないわよ!もしかしたら、彼が探しているのはあなたかもしれないんだから」
新奈:「心当たりないんだけど。恨みを買うようなことした覚えもないし」
想乃:「もう一度よく考えてみて。彼を怒らせたとか、何かしてない?」
新奈は、彼女が心配しすぎているだけだと受け流した。
「私、どれくらいの間、上京市から離れてたと思ってるの? あり得ないわ。ただの偶然よ。気にしないで」
最後のメッセージを送ると、相手からの返信はそれきり途絶えた。
こうして、その日のやり取りはそこで終わった。
新奈はあれこれと思案した末に、やはりインターネットで調べてみることにした。
キーワードを打ち込んだ途端、画面に踊り出たのは、無機質な一行だった。
「横山宴之介、28歳」
それだけだった。
新奈:「……」
なんだか、妙に秘密めいている。
彼女は興味を掻き立てられ、スーツケースからタブレットを取り出すと、USBメモリを差し込んだ。華奢な指がキーボードの上を滑るように、目にも留まらぬ速さでコードを打ち込んでいく。
ほどなくして、コードが乱れ飛ぶ画面に、簡素なダイアログボックスが現れた。
「もしもーし。人探し、頼める?」
「ターゲットは?」
新奈の指が素早く走る。「横山宴之介」
「了解。3日」
満足のいく返答を確認すると、彼女はコードの渦巻く画面を閉じた。
時を同じくして、南川別邸では――。
上京市でも一等地とされる場所に建つ豪邸は、煌々と明かりが灯っていた。
「何か、手がかりは見つかったか?」
広大な寝室で、横山宴之介は窓辺に身を寄せるように立っていた。
その立ち姿はどこまでも凛としていた。重傷を負っているとは思えぬほど、その佇まいは圧倒的な存在感を放っている。
指先には煙草が挟まれ、先端の火が、明滅するようにちらついている。
藤井颯太は深くうつむき、答えた。「いえ、まだ掴めておりません」
宴之介は眉間の皺をいっそう深く刻み、手にした煙草を灰皿に捻じ込むようにして火を消すと、冷ややかな声で命じた。「――探し続けろ」
「承知しました」
応じた後、颯太は懐から金箔の施された招待状を取り出し、宴之介の前に恭しく差し出した。
「若様、もう一件ご報告が」
宴之介は手にした招待状に視線を落とし、眉根を寄せて問いかけた。「どこの家だ?」
「池田家のお披露目会だそうです。池田正徳が外で作った娘を家に迎え入れられることになりまして……。池田藤幸様より、若様には「是非ともご出席を」とのことです」
「「是非とも」か……」宴之介は薄い唇の端を歪め、どこか面白がるように繰り返した。
颯太は探るように尋ねた。「お断りいたしましょうか?」
若様は滅多に宴席に顔を出されない。この程度の誘い、普段なら見向きもされないはずだ
池田家の当主が再三懇願してきたのでなければ、わざわざこの招待状を若様の前に運ぶことすらなかっただろう
宴之介は招待状を指先でつまみ上げると、その底知れぬ瞳に、真意の読み取れない色が濃く滲んでいた。
この池田家の私生の娘――大したものだ。自分ひとりのために、池田家をここまで動かすとは
彼は不意に考えを翻した。「いや、池田藤幸に伝えろ。必ず行くと」
お披露目会の当日、空は晴れ渡り、雲ひとつなかった。
新奈は病院を抜け出し、車を郊外の山へと走らせた。
険しい山道にもかかわらず、彼女は慣れた足取りで迷いなく母の墓へと辿り着いた。
ぽつんと佇む墓には墓標もなく、雑草だけが深く生い茂っていた。
この道に通じている者でなければ、簡単には辿り着けなかっただろう。
新奈は墓の前に跪くと、生い茂る雑草を一本、また一本と丁寧に抜き始めた。
その手つきは慈しむように優しく、静かだった。永い眠りについた母を、決して起こさぬように。
やがて、彼女は深く身をかがめて額ずき、冷たい土に額を押し当てたまま、しばらく身じろぎひとつしなかった。
(もうすぐよ。お母さんが手にするはずだったもの、私が全部取り戻してあげる)
もう一度静かに手を合わせると、彼女は立ち上がり、迷いのない足取りでその場を後にした。
宴は午後に予定されていた。ホテルに戻った新奈は着替えを済ませ、プロのヘアメイクを呼んで支度を整えた。
全ての支度が整う頃には、窓の外はすでに夕暮れの色に染まっていた。
約束の時間は過ぎていた。スマホの画面には正徳からの不在着信が、20件以上ずらりと並んでいた。
それでも新奈は慌てることもなく、階下で荷物を受け取ってから、ようやく出発の準備を整えた。
その頃、池田家の本邸では、この突如現れた私生の娘の到着を、誰もが待ち構えていた。
しかし、主役はいつまで経っても姿を見せず、ざわめきがあちこちで囁きへと変わっていった。
最も苛立ちを募らせていたのは、正徳の妻である舒乃だった。
彼女は普段から正徳に遠慮というものがなく、この時も忌々しげに悪態をついていた。「あの娘が日取りを決めた時から分かってたわ。わざとなのよ!よりによってあの女の命日を選ぶなんて、私たちへの当てつけじゃない!」
「どうしてこんなに都合よく、知里にあんなことがあった途端、RHマイナスの血が街から消えるのよ! あの子が戻ってきてから、ろくなことがない!これじゃあ、これからも先が思いやられるわね!」
(本当に、一体どうなってるんだ)
正徳は無言のまま俯き、こめかみに浮かんだ血管が、かすかに脈打っていた。
その時だった。玄関の方が、にわかに騒がしくなったのは。
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