
隠れ才女は、植物状態の夫と結婚した
章 3
高橋家は、政略結婚によって鈴木家の支持を得たいと願いながらも、溺愛する高橋優月を嫁がせてリスクを負わせることは望まなかった。 そんな都合の良い話が世の中にあるだろうか。
長年にわたり、高橋美咲は自らの力で倒産寸前だった高橋グループを救い出し、会社にもたらした富の価値は、この3パーセントの株式をはるかに凌駕していた。
美咲のこの一言に、その場にいた高橋家の人々の顔色が一変した。
高橋文枝は不満げに眉をひそめ、 責めるように言った。 「株なんて何に使うの? 私たちが生活面であなたをないがしろにしたとでも言うの?」
「フン!」四男の高橋海斗が嘲るように笑った。 「美咲、お前は本当に恩知らずだな。 戻ってきてまだどれだけ経ったと思ってるんだ?もう株をよこせだと?」
次男の高橋大輝は、ただ美咲を一瞥しただけで、何も言わなかった。
長男の高橋宗介は、場の空気が険悪になるのを見て、仲裁に入った。 彼は眉を和らげ、穏やかな口調で言った。 「美咲、これらの株はいずれ私たち兄弟のものになるんだ。 今すぐ急ぐ必要はないだろう」
父の高橋宏建も笑みを浮かべて頷き、同意した。 「そうだ、美咲。 私たちは家族なんだ。 家があなたをないがしろにすることなんて絶対にない」
美咲は彼の顔に浮かぶ笑みを見つめ、皮肉を込めた口調で応じた。
「株がもらえないなら、他の誰かを嫁がせればいい」
(今、利益のために意識不明の人間と結婚しろと強要するような人たちが、今後、心から自分を大切にしてくれるはずがない)と彼女は思った。
実のところ、美咲がこの家に戻ってきた当初、高橋家の人々の彼女に対する態度は、まだ悪くはなかった。
しかし、それも長くは続かず、彼らの態度は完全に変わってしまった。
彼女が何をしても、彼らは優月を陥れようとしているのだと決めつけた。
優月が少しでも傷ついたような素振りを見せれば、美咲はすぐに家族全員から非難され、彼女のどんな説明も、彼らにとってはただの言い訳に過ぎなかった。
おそらく、血の繋がりは、幼い頃から共に育った情には敵わないのだろう。
彼女はひどく落胆したが、心の奥底では依然として家族の愛情を渇望していた。
しかし今日、彼女は突然、すべてを完全に理解した。 彼女は彼らを家族だと思っていたが、彼らが彼女を家族だと思っているとは限らないのだ。
おそらく、自分は一生、家族との縁が薄い運命なのだろう。 一人で生きていくのも悪くない。
美咲の断固とした言葉を聞き、宏建は口調を和らげて説得を試みた。
「美咲、鈴木翔太は今、意識不明の状態だが、それでも鈴木家だ。 嫁ぎさえすれば、一般人には想像もつかないような栄華を享受できるんだぞ……」
彼は言葉を切り、続けた。
「安心しろ。 嫁いだとしても、私たちは永遠に家族だ。 会社でのあなたの地位は、誰にも揺るがすことはできない」
「フン!」美咲は冷笑した。
この期に及んで、彼らは「家族」という言葉で、自分に結婚を犠牲にして利益をもたらさせることができるとでも思っているのだろうか。
「株の譲渡手続きが完了したら、結婚に同意する」
その言葉を残し、美咲は踵を返して二階へと上がっていった。
「美咲、あなたはもう大人になったつもりで、言うことを聞かなくていいとでも思っているの?」
文枝は怒りに震え、手にしていた湯呑みをテーブルに叩きつけた。 「やはり、幼い頃から育てていないと、少しも感謝の気持ちなんて持たないものなのね……」
海斗は軽蔑するように鼻を鳴らした。 「母さん、あいつのことを今日初めて知ったわけじゃないだろ。 いつも仏頂面で、まるでみんなに金を貸してるみたいだ。 あいつに何を期待してるんだ?」
大輝は、二階へ上がっていく美咲の後ろ姿を見つめ、わずかに眉をひそめた。
なぜか、先ほどの美咲の表情が、彼の心に言いようのない不快感をもたらしていた。
宗介も眉をひそめて言った。 「美咲は一体どういうつもりなんだ?」
宏建は険しい顔で、一言も発しなかった。
優月は家族の表情を観察し、わずかに目を輝かせると、誠実な口調で口を開いた。 「お父さん、お母さん、やっぱり私を嫁がせてください。 私は大丈夫ですから……」
文枝は即座に反対した。 「ダメよ!今、翔太に何かあって、鈴木家の中は混乱しているのよ。 そんなところにあなたを嫁がせるわけにはいかないわ」
翔太は、鈴木家唯一の跡継ぎではなかった。
今、彼が意識不明の床に伏せていることで、外界では彼が植物人間になっただけでなく、体に障害も残ったのではないかと噂されていた。
鈴木家内部では、これまで翔太に抑えつけられていた勢力が、再び機を窺い始めていた。
もし翔太が将来目覚めることができればまだ良いが、万が一目覚めなければ、彼は鈴木家の権力闘争における捨て駒となり、あらゆる問題の中心となるだろう。
宏建は優月の誠実な眼差しを見て、表情を和らげた。 「大丈夫だ、優月。 心配しなくていい。 後でまたお姉さんを説得する。あなたの芸能活動は今が正念場だ。ここで影響を受けるわけにはいかない」
美咲は自室に戻った。
彼女の部屋は三階の一番奥の角にあり、広くはなく、窓は北向きで、ほとんど陽が差し込まなかった。
以前、家の使用人たちの会話を偶然耳にしたところ、ここは以前、物置だったらしい。
高橋家に戻ってきた当初、彼女の部屋は優月の隣にあり、日当たりも良かった。
しかしある時、優月が何気なくピアノ室が遠すぎるとこぼしたため、文枝は美咲を追い出し、彼女の元の部屋を優月専用のピアノ室に改造してしまったのだ。
これらのことについて、美咲は実のところ、気にも留めていなかった。
この部屋がどれほどひどいものであっても、優月の実の両親の家で住んでいた部屋よりはましだった。
美咲が腰を下ろした途端、長男の宗介が後を追ってやって来た。
彼はいつもの穏やかな笑みを浮かべていた。
「美咲、私たちだって本当は君を嫁がせたくないんだ。 でも、鈴木家の大旦那様が自ら婚約の話を持ち出してきたから、断りづらくて……」
美咲は、彼の笑みに満ちた偽善を感じ取った。
「へえ?私を嫁がせたくないのか、それとも優月を嫁がせたくないのか、どっち?」
宗介は気まずさを隠すように軽く咳払いをした。 「兄さんは、君がいつも物分かりが良くて、何事も家のことを考えてくれると分かっている。 優月は今、芸能界で人気が高く、キャリアの絶頂期にある。 もし今結婚すれば、彼女に与える影響は計り知れない……」
美咲は少し好奇心を抱いて尋ねた。
「婚約の相手は翔太と優月。 鈴木家の大旦那様が婚約を履行したいと申し出たのなら、誰を嫁がせてもいいとでも?」
「それは……あのお方は特に指定はされなかった」
鈴木家の大旦那様は、ただ婚約を履行したいと述べ、高橋家が同意するか、何か要求があるかを尋ねただけだった。
「それに、厳密に言えば、この婚約は元々君と翔太のものだった。 優月は、ただの偶然で君の代わりになっただけなんだ」
美咲は彼を数秒間見つめ、突然笑った。
「私が戻ってきたばかりの頃、あなたたちは一人残らず、翔太に不埒な幻想を抱くなと警告したわよね。 鈴木グループの未来の女主人になれるのは、優月だけだって」
そのことに触れられ、宗介は気まずそうに鼻をこすった。 「それは、今が特殊な状況だからじゃないか」
美咲は眉をひそめて彼を見つめた。
(この家族は、どうしてこれほどまでに堂々と恥知らずでいられるのだろう)と彼女は理解に苦しんだ。
翔太が健康で、前途洋々だった頃、婚約は優月のものだった。
今、翔太が生死の境をさまよっていると知るや、彼女を嫁がせようとし、それをこれほどまでに平然と言ってのける。
要するに、高橋家の人々は、彼女を本当の家族だとは微塵も思っていなかったのだ。
(それなのに、私はずっと彼らを家族として扱おうと努力してきた。 私に最も辛く当たる海斗でさえ、心から助けたいと願ったことがあったのに)
おそらく、美咲の眼差しに宿る嘲りが、あまりにも明白だったのだろう。
宗介は彼女の視線を避け、言った。 「美咲、よく考えてみてくれ。 君が鈴木家に嫁ぐことは、私たち全員にとって利益になるんだ」
その言葉を残し、宗介は部屋を出て行った。ドアの外では、海斗が壁に寄りかかり、ポケットに両手を突っ込んで、軽蔑に満ちた表情を浮かべていた。
「フン!
兄さん、 あいつに言っても無駄だ……」
「この美咲は、育てても恩知らずな裏切り者だ。 俺たちの本当の妹とは似ても似つかない。 優月みたいに、いつも俺たちのことを考えてくれる妹とはな」
もしあの時、優月が彼の楽譜を修正してくれなければ、彼は一曲で音楽界に名を馳せることなどできなかっただろう。
「翔太があんな状態なんだ。 あいつが嫁いだところで、実質的な被害なんてない。 それどころか、労せずして鈴木家の女主人になれるんだ。 俺たちがどこであいつをないがしろにしたって言うんだ?」
宗介はわずかにため息をついた。 「あいつにも、あいつなりの考えがあるのかもしれない」
「フン!」海斗は冷笑した。 「あいつにどんな考えがあるって言うんだ?今日、業界の友達から聞いたぞ。 美咲は、渡辺家のあの若造に振られたばかりだってな。 きっと機嫌が悪いだけで、俺たちを八つ当たりしてるだけさ!」
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