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この腕の中に、彼はいない の小説カバー

この腕の中に、彼はいない

友人から「村に放置された獣人を引き取ってほしい」という報せが届いた。最後の一頭となった豚を仕留める仕事を終えた私は、その足で指定された場所へと向かう。そこで待っていたのは、誰にも選ばれず売れ残っていた、一匹の小さな子ぶただった。その体は無惨な傷に覆われ、怯えきった瞳でこちらを凝視している。「お前も居場所がないのか。なら、私の家へ来ないか」――込み上げる切なさに突き動かされ、私はその震える体を優しく抱き上げると、自らの職場である屠畜場を目指して歩き始めた。しかし道中、胸元に奇妙な生ぬるい感触が広がる。違和感に視線を落とすと、いつの間にか自分の体の半分が水の中に沈んでいた。そこで私は、残酷な真実を思い出す。あの子ぶたは、すでに街の獣人たちの手によって無残に喰い殺されていたのだ。腕の中に温もりなど最初から存在しなかった。失われた命の幻影を抱きながら、私は冷たい水底へと引きずり込まれていく。静寂の中で、かつての悲劇が鮮明に蘇り、現実は音を立てて崩れ去っていった。
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2

【1】

「あの獣人の主人が、木箱を一つ持ってきたよ」

許大香が木箱を私に手渡しながら言った。

箱の右上には、雅やかな「顧」の字が彫り込まれていた。

「顧家の獣人……?顧家の当主は、確か顧爾冬という名ではなかったか?」

許大香はこくりと頷いた。

彼女は私を二、三言慰めると、静かに去って行った。

箱を満たす銀貨。それは、命の代金だった。

運良く街の裕福な家に生まれ変われれば、人の命さえ金で買えるというのか。

私は木箱を抱え、中を覗き込み、細かく数えた。

百両。

白玉珠の安っぽい命も、百両の価値はあったというわけか。

彼は私と苦しい日々を過ごしてきた。もしこのことを知れば、きっと目を細めて笑うに違いない……。

私は衝動的に木箱の蓋を閉じた。

翌朝、私は銀十両で馬を一頭買い、街へと向かった。

これまでは昔のしがらみに関わりたくなくて顧家を避けてきた。

しかし、私の代わりに荷を届けに行った白玉珠が、その災厄に見舞われた。

彼の仇は、私が討たねばならない。

顧家の屋敷。

「きっと、私のことなどお忘れでしょう。私は孟家で行方知れずとなっていた娘です。ようやく戻ってこられましたが、母はもう……」

懐から取り出した美しい玉は、昔のまま白く輝いていた。それを見た顧夫人は瞳を潤ませ、私を固く抱きしめた。

「今日からお前は顧家の人間だ!もう誰も、お前をいじめたりはさせない!」

私は、雨のように涙を流した。

その肩越しに、作り笑いを浮かべて立つ顧家の長女、その傍らに控える大柄な白虎の獣人を盗み見る。

こいつらが、私の獣人を殺したのだ。

私の因果に踏み入った以上、その報いは受けてもらう。

「夫人、胸が苦しいのです」

私は深く息を吸い、鼻を覆った。

「花の香りが強すぎて……。早死にした母と同じで、どうしてもこの匂いが苦手で……」

顧夫人ははっとし、すぐに顧如熙を下がらせた。そして今後、花の香を焚くことを固く禁じた。

顧如熙はみるみるうちに顔をこわばらせ、

不満げに唇を噛みしめたが、「はい」と答えるしかなかった。

私は少し息をつくと、続けた。「花の香りは少し和らぎましたが、今度は薬の匂いが……。もしや、お身体の具合が悪いのではございませんか?」

顧夫人はため息をつき、私の手をそっと握った。

「胃を病んでいてね。きっと、これは私への罰なのだろう」

【2】

顧夫人は伏し目がちに涙をこぼした。「あの頃は、私が間違っていた」

孟家の娘――私の母と、顧家の娘――顧夫人は、かつては無二の親友だった。だが、一人の獣人を奪い合ったことで憎しみ合うようになった。

私の父は母と契りを交わしたが、顧夫人はそのために江南を去った。

しかし母は、顧夫人との間にできた溝を常に悔やんでいたという。父への新鮮な気持ちが薄れると、すぐに彼を厭うようになった。

父は私を連れて今の椿花村に移り住み、いつか母が探しに来る日を待ち続けた。だが、母は間もなく新しい獣人を娶った。

契りの破棄は、獣人にとって生きる意味そのものを否定されるに等しい。

嫉妬に狂った父は家に火を放ち、私一人が生き残った。

「あの時、私が妹と争わなければ、彼女があなたのお父上を恨むこともなかったでしょうに……」

「だが幸い、孟家にはまだお前が残っている。これからは、お前を我が子同然に扱い、何不自由ない暮らしをさせると誓おう!」

顧夫人は手の甲で涙を拭った。

私は優しい声で彼女を慰めながら、心の中では冷たく笑っていた。

なるほど。すべての因はとうに蒔かれていた。あとは私が、この果実を熟させるだけ。

この一家には、必ず代償を支払わせる。

「顧叔母様、どうかお泣きにならないで。母は生前、いつもあなたのことを気にかけていました。どうしてあなたを恨むことなどありましょう。これからは私があなたの娘になります。私はまだ、母に孝行を尽くせておりません。どうかこの哀れな私に、あなたのことを『お母様』と呼ばせてはいただけないでしょうか……」

顧夫人は泣き崩れ、私をその懐へと強く引き寄せた。

なんとまあ、慈愛に満ちた母と孝行娘の姿だろうか。

だが、彼女たちは知らない。私が、あの狂った父親と同じ血を引いていることを。

この百両の命の代金、利子をつけてそっくりお返ししよう!

尽きせぬこの恨み、命をもってしか償えぬ!

【3】

晩餐の席。

顧如熙が白玉の杯を揺らしながら言った。「妹は以前、椿花村で豚殺しをしていたそうね?」

私の手が止まる。私は彼女の方を向き、笑っているのかいないのか分からない表情を浮かべた。

顧夫人はその言葉を聞き、私の過去に触れた娘を鋭く睨みつけた。

彼女たちにとって、私が過ごした二十年間は恥辱でしかないのだ。

豚殺し。下賤な仕事。そんな人間が、同じ食卓に着くことすら許されない。

ただ、亡き友人の娘という憐れみから、その資格が与えられているに過ぎない。

顧如熙はふんと鼻で笑うと、白虎の獣人を連れて席を立った。

「獣臭いわ。もっと香でも焚いておきなさい。私の白虎は身重なの。豚の臭いなんて嗅がせられないわ!」

顧夫人は私の手をぽんぽんと叩いて慰めた。「如熙は少し傲慢なだけ。これからはあの子に逆らわないようにすればいい。この香膏をお使いなさい」

「もう誰も、お前が豚殺しだったことなど口にはしない。今日からお前は顧家の二の姫だ。叔母が、お前の人生に二度と汚点をつけさせはしないから」

私は涙を流し、顧夫人の胸に顔を埋めた。

その夜、また白玉珠の夢を見た。

彼は寝台のそばに座り、私を見つめている。その顔は月のように白く美しいが、憂いを帯びていた。

「なぜ、危険を冒すのですか?私のことなど早く忘れ、これからは何不自由なくお暮らしください。私のために、あなたの未来を縛らないで」

「家畜の獣人など、もとより質の低い存在。もし世間に知られれば、孟様の名声に傷がつきましょう」

「私に、その価値はありません」

彼の目には涙が浮かんでいた。

言葉と共に、その雫が頬を伝い、唇の端に達した。

「なぜ『妻主』と呼ばないの?」 私は手を伸ばし、彼の頬にそっと触れた。

彼は私から目をそらす。「私に、その価値はありません」

「呼びなさい、『妻主』と」

白玉珠は絶望を湛えた瞳で私を一瞥すると、次の瞬間、煙のようにかき消え、跡形もなくなった。

私の手は、空を切った。

たった一日。その差で、結ばれるはずだった契りは空しく消えた。

胸をえぐられるような痛みが、一晩中続いた。

不意に濁った息を吐き出すと、ようやく呼吸が楽になった。

空には冴え冴えとした月が懸かり、その光が寝室の文机を照らしている。

私は筆を取った。

翌日、その手紙は椿花村の許大香の元へ届けられた。

顧家の人間は、一人残らず殺す。

それが、奴らの私に対する償いだ。

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