
虐げられた天才令嬢は、闇の底で最強の伴侶に出会う
章 3
部下の水野和真が彼の背後に立ち、1つの資料を差し出した。そこには神崎結月の素性がすべて記されていた。
九条朔夜はそれをごく適当にパラパラと捲った。
この女の経歴は薄っぺらい。特に目ぼしいものはない。
「社会経験なんて皆無に見えるが、よく俺に嫁ぐ気になったな」 朔夜は鋭く尋ねた。「ここに嫁いでくる前、彼女に何があった?」
和真はとっくに調べ上げていた。「母親が亡くなりました」
「それだけか?」
「父親は早くに他界し、母親は長年闘病していました。主治医は元カレの結城蒼真でしたが、数日前の緊急処置が間に合わず、そのまま息を引き取ったそうです」
そう言って、和真は鼻を掻いた。「なんでも、その日蒼真は彼女の従姉妹とベッドにいて、わざと処置室に行かなかったとか」
朔夜は眉を上げ、鼻で笑った。
和真は、彼がこの薄幸な女に少し興味を持っているのを感じ、好奇心から尋ねた。「九条社長、彼女を残すつもりですか?」
朔夜は淡々と答えた。「九条家のスパイに四六時中監視されるよりはマシだ。どうせ頭も足りてないようだしな」
和真は机の上に置かれた拳銃を見て、少し眉をひそめた。 「これで頭が足りないんですか?拳銃を持ち込んでまで会いに来たんですよ」
朔夜は視線を上げ、彼を見た。
「随分と疲れているようだな。昨晩は休めなかったのか?」
和真は真剣な口調で言った。「社長の安全は俺が必ず守る」
朔夜はタバコを1本取り出し、彼に差し出した。 「1本吸って落ち着け。過労死されても困る」
和真は心が揺らいだ。
朔夜のそばにいると、刑務所のように規則が厳しく、普段はろくにタバコも吸えない。そこへ差し出された一本を、彼は遠慮なく受け取った。
朔夜はそのおもちゃの拳銃を手に取ると、カチッと音を立てて火をつけた。
和真:「……」
(マジかよ。)
(これ、ライターだったのか。やけにリアルにできてるな。)
和真はタバコを1口吸い、結月のユーモアに笑いながら煙を吐き出した。朔夜が尋ねた。「満足か?」
「最高です」
「お前のボーナスと引き換えだがな」
「……」
和真は慌ててタバコを揉み消した。「……だって社長が吸っていいって……!」
「だが、罰を与えないとは言っていない」
和真:「……」
(クソッ、またハメられた。毎日毎日、この悪徳商人の罠にハマってばかりだ。)
結月が朝食を運んできた時、和真はすでに部屋を出ていた。彼が去ったことで、朔夜の嫌うタバコの匂いもすっかり消えていた。
結月は朝食を彼の前に置き、素直な態度で言った。 「何がお好きか分からなくて。それにここにある物も限られているから、これしか作れなかったわ。お口に合うか、食べてみて」
そう言って、彼女は箸とスプーンを彼の手元に差し出した。
朔夜が視線を落とすと、真っ赤に腫れた結月の手が目に入った。それは彼女の年齢に似合わないほど荒れていた。
(神崎家はこれでも上場企業だというのに、彼女は家でこんな扱いを受けていたのか?)
朔夜は微動だにせず言った。「わざわざ作る必要はない。俺は朝食を食べる習慣がないんだ」
結月は彼の向かいに座り、自分の分を手に取って1口食べた。 「朝食を抜くのは胃に良くないわ。これからはレトルト食品ばかり食べないで。私が作るから。私たちはもう夫婦なんだし、私があなたを世話するのは当然よ」
この殺伐とした現代社会において、誰もが上を目指し、自分の弱さを隠し、少しでも見下されることを恐れている。しかし結月はそんなこと気にも留めていないようで、異端なほどに純粋だった。
だが、朔夜は一向に興味を示さなかった。
「行動する前にコストを計算しておくことだな。俺はそんなことで感謝したりはしない」
結月は彼を見つめ、その瞳に少しの哀れみを浮かべた。
(はあ、可哀想に。他人の親切にここまで過剰反応するなんて、今までどれだけ苦労してきたんだろう。)
朔夜:「……」
結月は自分の分を食べ終えたが、朔夜が手を付けていないのを見て、おずおずと尋ねた。「こういうのはお嫌い?」
差し入れに安易に手を出すような真似は、朔夜にはできなかった。
彼は淡々と答えた。「こんな立派なものを食べたことがないから、慣れないんだ」
結月は胸を締め付けられた。「これからは毎日私が作ってもいいかな?」
朔夜は彼女の真剣な眼差しを見た。まるで自分が道端の捨て犬にでもなったかのようだった。
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