
禁断のシルク
章 2
村長の声には、隠しきれない怒りが滲んでいた。「うちの天宝は留守だと言っただろう。帰ってくれ」
母はもう食事を終えていた。私は藁の寝床に散らばった排泄物を片付けながら、チョークがなくなっていることに気づく。
私は天宝に話しかけた。「天宝兄さん、今度学校が終わったら、またチョークの切れ端を持ってきてくれない?」
天宝は私を見ると、人の良さそうな笑みを浮かべてこくりと頷いた。
空になった籠を手に、私は梯子を登る。上は農具置き場になっており、籠を元の場所に戻すと、一枚、また一枚と、床板を元通りに被せていった。
母屋へ様子を見に行くと、さっきまでの険悪な雰囲気はどこへやら、村長と父が記者と和やかに握手を交わしているではないか。
父は視界の端で私に気づくと、手招きをした。
「これが私の娘だ。宿泊場所まで案内させよう」
2.
すぐに私は、村の来客用施設に着いた。二年前に新設された村の集会所で、この村で唯一のコンクリート建ての建物である。
建物には部屋が二つしかない。一つは村長の執務室で、もう一つは物置として使われている雑然とした部屋だ。
私は記者に言った。「ここで待っていて。夜になったら、誰かが布団と食べ物を持ってきてくれるから。村長の家はこの先すぐ、歩いて数分のところだよ」
記者は私に飴を一つくれると、優しい声で尋ねた。「僕は李だ。君の名前は何て言うのかな?」
彼の笑顔を見ていると、なぜだか地下室で横になっている母の顔が思い浮かんだ。
「二妮」 そう答えた私は、魔が差したように、つい言葉を継いでしまった。「母さんは昔、私のことを楽安って呼んでた」
彼の笑みが、ぴたりと止まった。「今日は君のお母さんを見かけなかったけど?」
全身が凍りついた。ずっと前に父から釘を刺されていたのだ。母の存在は誰にも漏らしてはならない、もし漏らせば半殺しにされた挙句、隣村の妻を亡くした好色な老人の元へ嫁がされる、と。
あの老人のいやらしい目つきと、ヤニで汚れた黄色い歯を思い出すだけで、全身に鳥肌が立つ。
今、母の存在を知っているのは、私と父、そして村長と、その愚鈍な孫だけだ。
私は慌てて両手を振った。「母さんは、私を産んで間もなく死んだの」
彼は何かを考えるように、じっと私を見つめた。その視線は奇妙だった。私を見ているようで、その実、私の向こう側にある何かを見透かしているような……そんな不気味さがあった。
全身から血の気が引いていくのを感じた。私は彼に「もう行くね」と告げると、振り返りもせずに家へと駆けだした。
家に戻ると、村長と父が、どうすれば天宝のことでボロを出さずに済むか話し合っていた。
「いっそ、天宝が寝入った隙に、何枚か写真を撮らせるのはどうだ?」
「だめだ、村長。万が一、彼が天宝を起こしてしまったらどうする。天宝が実は……なんてことがバレたら……とにかく駄目だ」
村長は焦りを募らせる。「じゃあどうするんだ。あと数日で、あの商売人がやって来る。それまでにこの記者を追い出さなければ、すべてがバレてしまう。そうなったらおしまいだ。俺たちは一銭も手に入れられなくなるんだぞ」
父はもどかしげに言った。「すべてはあんたのせいだ。たった二千万円のために承諾したりして。蚕女がいれば、あんたは生涯でその何倍も稼げるんだぞ」
村長は唾を吐き捨てた。「俺が後何年生きられる!天宝のために少しでも多くの金を残して、嫁を娶らせてやらなきゃ、俺が死んだら誰が孫の面倒を見るんだ!」
言い終えると、村長は父を嘲ることも忘れなかった。「お前に息子でもいれば、俺よりもっと……」
父が怒りに任せてテーブルを叩くと、間髪入れずに村長が茶を浴びせかけた。「この俺の前でテーブルを叩くとはいい度胸だ。誰のおかげで普段、お前の秘密が守られているか忘れたのか。よく考えるんだな。明日までには解決策を見つけろ」
村長は一呼吸おいて、続けた。「どうしてもの時は……奴を始末する。山から下りる途中で、足を滑らせて死んだことにすれば……」
そう言うと、杖を手に取り、ゆっくりと家から出て行った。
村長の姿が完全に見えなくなると、父が私を怒鳴りつけた。
「このクソアマ、こっちへ来い!」
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