フォローする
共有
婚約指輪と裏切りの五年間 の小説カバー

婚約指輪と裏切りの五年間

交際5周年という節目に、私は彼が隠し持っていた婚約指輪を見つける。今日こそプロポーズされると期待に胸を膨らませていたが、翌朝のSNSには残酷な現実が綴られていた。そこには、大手建設会社の令嬢・莉枝の指で輝くあの指輪と、彼からの愛の告白が投稿されていたのだ。裏切りを確信し、問い詰めるためにプロポーズの現場へと向かった私を待っていたのは、さらなる地獄だった。私は莉枝のネックレスを盗んだという無実の罪を着せられ、あろうことか彼から平手打ちを浴びせられた末に会社を解雇されてしまう。彼の夢を支えるために尽くした5年間は、単なる都合のいい駒として利用されていたに過ぎなかったのか。絶望の淵に立たされた私は、両親が以前から勧めていた縁談を受ける決意を固める。「お母さん、お見合い相手と結婚するわ」。彼らがまだ知らない私の真実の素性と、用意された最高の婚約者。すべてを失った女による、華麗なる復讐劇がいま幕を開ける。
共有

2

「美歌, ただいま」

勇信の声が, 静まり返った部屋に響いた. 彼は一抱えもある花束を抱えていた. 白いカサブランカと赤いバラ. 私の一番好きな花だ.

彼の顔には, いつもの穏やかな笑顔が浮かんでいる. 私が, 今日ホテルで見た, あの笑顔だ.

彼は, 私の顔に驚いた様子もなく, 平然とこちらに向かって歩いてくる. まるで, ホテルの出来事など, 何もなかったかのように.

「疲れただろう. パーティーの準備, ありがとう」

彼はそう言って, 花束を私に差し出した.

私は, 麻痺した手でそれを受け取った. 重くて, 冷たい花束だった.

「このカサブランカは, 君の純粋さを. この赤いバラは, 僕の情熱を象徴しているんだ」

彼はそう言って, 私の頬に触れようとした.

私は, 彼の言葉に, そしてその仕草に, 全身の毛が逆立つような嫌悪感を覚えた.

彼の言葉は, まるでどこかの舞台のセリフのように, 空虚に聞こえた.

「話があるんだ」

彼は, 私から少し離れて, ソファに座った.

「莉枝のことなんだけど」

彼の口から, その名前が出た瞬間, 私の体は硬直した.

「彼女は, 昔から体が弱くてね. 最近, また持病が悪化してしまって... 」

彼は, 悲しげな顔をして, ゆっくりと話し始めた.

「それで, 彼女のお父さんが, 僕に頼んできたんだ. 莉枝を安心させてやってほしいって」

安心させる? どうやって?

「莉枝とは, 幼馴染なんだ. 僕が建築家を志したのも, 彼女の夢を叶えるためだった」

彼の言葉は, 私の知っている過去とは全く違うものだった. 私の知る過去では, 彼が建築家を志したのは, 私の「立花堂」を改装するためだったはずだ.

「彼女は, 僕がずっと支えてきた人なんだ. だから, 僕が彼女を裏切るわけにはいかない」

裏切る? 裏切っているのは, あなたでしょう?

「だから, 僕は彼女に, プロポーズしたんだ」

彼は, 私の目を真っ直ぐに見つめて, そう言った. その瞳には, 一切の迷いも, 罪悪感も感じられなかった.

「君には, 悪いと思っている. でも, 莉枝には, 僕が必要なんだ」

彼は, 私に理解を求めているようだった. 彼の言葉は, 私への説明ではなく, 一方的な通告だった.

私が数日中にこのアパートを出ていくことを, 彼は知る由もない.

私は, ただ静かに頷いた.

彼が私に「君はもう少し, 自分の意見を言った方がいい. いつも僕の言うことばかり聞いているから, つまらないんだ」と言った日のことを思い出した.

彼は, 私が彼の言葉に反論しないことを, 私の「魅力のなさ」だと考えていたのだろうか.

私は, 彼が望む女性になろうと, 必死に努力してきた. 彼の好みに合わせて, 服装を変え, 髪型を変え, 彼の好きな料理を覚え, 彼の好きな音楽を聞いた.

彼の才能を信じ, 彼の言葉を信じ, 彼の夢を支えることが, 私の存在意義だった.

そんな私が, 今, 彼の前で静かに頷いている.

彼の顔に, 安堵の表情が浮かんだ.

「ありがとう, 美歌. 君は, 本当に優しいね」

彼はそう言って, 私の頭をそっと撫でた.

その瞬間, 私の心は, 完全に凍りついた. 彼の優しさが, まるで毒のように感じられた.

「莉枝は, 明日からこのアパートで暮らすことになる」

勇信の言葉に, 私の全身が震えた.

「だから, 君には, もう少しの間, 友人や同僚には, 僕たちがまだ付き合っていると話しておいてほしい」

彼は, 私に何を求めているのだろう. 偽りの関係を続けろと?

「莉枝は, デリケートな時期なんだ. 君の協力が必要なんだ」

彼の言葉は, 私への侮辱だった. 彼の都合の良いように, 私を利用しようとしている.

私は, ゆっくりと顔を上げた. そして, 乾いた笑みを浮かべた.

「わかった」

そう言って, 私は花束をテーブルに置いた.

勇信は, 私の反応に戸惑ったように, 眉をひそめた.

彼は, 私の手を握ろうとした. 私は, 素早く手を引いた.

彼の衣領に, わずかに口紅の跡が残っているのが見えた.

私は, 吐き気がした. 胃の奥から, 嫌悪感がこみ上げてくる.

勇信は, 私の拒絶に, 顔を歪ませた.

「美歌, どうしたんだ? 」

彼の声は, 苛立ちを帯びていた.

私は, 何も言わずに, ただ彼を見つめた.

彼は, 私の視線に耐えられなかったのか, 焦れたように立ち上がった.

「じゃあ, 僕は莉枝のところへ行く. 何かあったら, 連絡してくれ」

彼は, そう言って, 慌ただしくアパートを出て行った.

ドアが閉まる音を聞きながら, 私はテーブルの花束をゴミ箱に投げ込んだ.

そして, 勇信からの誕生日プレゼントも, 一緒にゴミ箱に押し込んだ.

私の目は, もう涙を流すことはなかった.

私は立ち上がり, 自分の荷物をまとめ始めた. クローゼットから服を取り出し, スーツケースに詰める.

このアパートに, もう私の居場所はない. 彼との思い出も, すべて置いていく.

この場所は, もう私の家ではない. ただの, 空っぽの箱だ.

私は, 彼の影がちらつくこの場所から, 一刻も早く立ち去りたかった.

私の心は, 冷え切っていた. もう, 彼に対して何の感情も抱かない.

ただ, 早く, ここから逃げ出したかった.

私の指先が, まだ震えている. それは, 悲しみでも, 怒りでもなく, ただの虚無感だった.

私は, もう一度, 部屋を見渡した.

この5年間, 私がすべてを捧げた場所.

そして, 今日, すべてを失った場所.

私は, この場所を, もう二度と振り返ることはないだろう.

おすすめの作品

囚人番号309番の私を、世界的富豪が買い占めた夜。 の小説カバー
8.5
看護師の長谷杏奈は、夫・和夫が起こした交通事故の身代わりとして三年間服役する。獄中で人命を救い減刑された彼女は、家族との再会を夢見て予定より早く出所するが、そこで待っていたのは残酷な裏切りだった。和夫は杏奈の親友である聡子と不倫に耽り、育児放棄によって愛娘の莉々を死なせていたのだ。さらに、夫が身代わりをさせた事故の真相は口封じのための殺人であり、出所後の杏奈に保険金をかけ殺害する計画まで進んでいた。愛する娘を失い、献身を蹂躙された杏奈の心は深い絶望に染まる。しかし、かつて彼女が命を救った世界的富豪・有馬康太の手が差し伸べられたことで運命は一変する。康太の圧倒的な支援を得て新たな身分を手に入れた杏奈は、過去を捨てて上流社会へと華麗に転身。自分を陥れた者たちへの壮絶な復讐劇を開始する。それはやがて、正義と真実の愛を取り戻す戦いとなり、彼女は巨大なビジネス帝国を導く伝説の存在へと登り詰めていく。裏切りに塗れた過去を清算し、自らの手で新たな栄光を掴み取る波乱の物語。
榊社長、もう虐めないで——私、離婚届にサインしました の小説カバー
8.2
結婚から三年の月日が流れても、永瀬涼は夫である榊静真の冷徹な心を溶かすことができずにいた。かつて静真が愛した初恋の女性が帰還したことを機に、涼はついに離婚を決意する。しかし、最後に一度だけ、淡い期待を込めて彼に問いかけた。「もし私との間に子供が授かったとしても、あなたは別れを選ぶの?」という切実な願いに対し、静真が放ったのは「ああ」という無慈悲で冷淡な一言だった。その言葉に絶望した涼は、彼への未練を断ち切り、静かに目を閉じる。心身ともに限界を迎え、冷え切った病床に横たわる彼女は、ついに離婚届へと署名した。「榊静真、これでもう私たちはおしまいよ……」と決別の言葉を口にする涼。ところが、その瞬間、財界で“生きる閻魔”と畏怖されるほど冷酷だったはずの静真が、彼女の枕元で激しく動揺を見せる。彼は震える声で涼に縋り付き、必死の面持ちで「離婚しないでくれ」と懇願し始めるのだった。愛を諦めた妻と、失う恐怖に直面した夫。二人の関係は、破局の淵で予想外の転換期を迎える。
婚約破棄されたら、チート属性全部盛りの私が財界の神に捕獲されました。 の小説カバー
8.6
名家とは名ばかりの富豪一家から一方的に婚約を破棄され、世間の冷笑を浴びた雲居美月。しかし、彼女は悲嘆に暮れるどころか、首都最強の権力を持つ美貌の財界人と電撃入籍を果たし、周囲を驚愕させる。当初、夫となった男は「二年後には関係を断つ」と冷徹に契約結婚を宣言していた。だが、いざ生活が始まると彼は美月に執着し、片時も離そうとしないほど彼女を深く溺愛し始める。周囲がその変貌に困惑する中、美月の隠された素顔が次々と露見していく。世界最高峰のハッカー、伝統絵画の巨匠、そして先端企業の黒幕。各界の重鎮を友人に持つ彼女の正体は、誰もがひれ伏すチート級の才能の塊だったのだ。さらに、世界的な宝飾グループが「本物の令嬢」の発見を公表すると、その正体が他ならぬ美月であることが判明する。かつて彼女を嘲笑った人々は、あまりに規格外な彼女の真実に震撼することになる。冷徹な神に捕らわれた美しき天才令嬢が、その圧倒的な実力で運命を切り拓いていく極上のシンデレラストーリー。
余命秘書の逃亡〜冷徹なカレが、墓前で膝をつくまで〜 の小説カバー
7.9
交通事故で家族を失った孤独な彼女を救い、慈しみ育ててくれたのは、名家の若き当主だった。彼からの寵愛を「愛」だと信じて疑わなかった彼女だが、二年前の誕生日の夜、その幻想は無残に打ち砕かれる。抑えきれない恋心から彼に唇を寄せようとした瞬間、返ってきたのは冷徹な拒絶と激しい平手打ちだった。自分は愛される存在ではなく、単なる「飼い犬」に過ぎなかったのだと彼女は残酷な現実を突きつけられる。秘書として側に留まる日々の中、彼女を襲ったのは末期がんという非情な宣告だった。余命わずかな身でありながら、彼は女優との浮名を流し、あろうことか彼女に他家との縁談を強要する。両親の墓前でさえ「反吐が出る」と蔑まれた彼女は、ついに彼の前から永遠に姿を消す決意を固めた。しかし、彼女の失踪を悟った途端、男は執着に狂い、逃亡を阻もうと牙を剥く。「私の許可なく去ることは許さない」――冷酷な支配者の焦燥と、命の灯火が消えゆく秘書の逃避行が幕を開ける。
ゴミ扱いされた私が、実は世界的権力者だなんて言えない の小説カバー
8.8
幼い頃に全てを奪われ、孤独の中で育った池田新奈。彼女はかつて自分から母や居場所を奪った者たちへ復讐し、本来あるべき権利を取り戻すため、再び上京市へと足を踏み入れる。しかし、世間は彼女を「落ちこぼれの不良娘」と蔑み、冷酷な視線を向けるばかりだった。そんな中、街を牛耳る権力者・横山宴之介が彼女を妻に迎えると宣言し、周囲は「正気か」と騒然となる。だが、宴之介だけは新奈の真の姿を見抜いていた。彼女は伝説の神医、世界屈指のハッカー、そして王室すら畏敬する天才調香師という、世界を揺るがす複数の顔を持つ実力者だったのだ。夫の執拗なまでの溺愛に戸惑いながらも、新奈は彼の手を借りずとも圧倒的な力で敵を追い詰めていく。会議中であっても彼女を離そうとしない宴之介の過保護ぶりに周囲が呆れる中、新奈の隠された正体が次々と暴かれていく。かつて彼女をゴミのように扱った人々は、そのあまりに強大な真実に直面し、絶望と後悔に震えながら跪くことになる。愛と復讐が交錯する中、最強の令嬢による華麗なる逆襲劇が今、幕を開ける。
彼の秘められた跡継ぎ、彼女の逃亡 の小説カバー
9.8
画家として念願だった初の個展。その輝かしいオープニングの夜、夫は私の隣に現れなかった。彼がどこで何をしていたのか、私は残酷な形で知ることになる。テレビのニュース画面の中で、夫は無数のフラッシュを浴びながら、別の女性を熱心に守っていたのだ。ギャラリー中の視線が突き刺さる中、私の世界は音を立てて崩壊した。追い打ちをかけるように届いたのは、「佳菜子さんが俺を必要としている。君なら一人でも大丈夫だろう」という冷酷なメッセージ。夫は数百億円規模の企業を築き上げたが、その礎が私の芸術であったことなど忘れ去り、長年私の活動を「趣味」と蔑んできた。私は彼にとって、もはや存在しないも同然だったのだ。これ以上の屈辱に耐えるつもりはない。私は弁護士に連絡し、夫の傲慢さを利用したある計画を打ち明けた。私を会社から追い出すためなら、彼は中身も見ずに書類に署名するはずだ。私は離婚届を退屈な知的財産の許諾書類に偽装し、彼に突きつける決意を固めた。静かな復讐と、自由への逃亡がここから始まる。