偽りの結婚、愛人の囁き の小説カバー

偽りの結婚、愛人の囁き

8.3 / 10.0
お腹に宿った新しい命。その喜びを分かち合おうと夫の書斎へ向かった私は、扉の向こうで残酷な真実を耳にする。夫が愛人に囁いていたのは、私の母を死に追いやった事故の隠蔽工作と、愛人を守るためだけに私を利用したという裏切りの告白だった。母の仇を庇うための結婚だったと知り絶望する中、私は愛人の手によって海へと突き落とされ、愛する我が子までも失ってしまう。冷たい海に沈みゆく意識の淵で見たのは、私を見捨てて愛人を抱きしめる夫の冷酷な姿だった。奇跡的に一命を取り留めたものの、病室に現れた夫は謝罪するどころか、愛人を擁護して私を責め立てる。その瞬間、夫への愛は完全に潰え、復讐の炎へと変わった。私は密かに収集していたすべての証拠を弁護士へと託し、冷徹な反撃を開始する。自分を欺き、母と子の命を奪った者たちに、逃れられない地獄を見せつけるために。もはや慈悲など一切ない。偽りの愛に彩られた平穏な日々に別れを告げ、私は二人を破滅の底へと突き落とす決意を固めた。

偽りの結婚、愛人の囁き 第1章

妊娠の喜びを夫に伝えようと, 私は弾む心で書斎のドアに手をかけた.

そこで聞こえたのは, 夫が愛人に囁く, 耳を疑うような裏切りの言葉だった.

「あの事故でお母さんが死んだのは君のせいじゃない. そう処理した俺を信じろ」

「彼女と結婚したのは, 君を一生守るためだ」

母を殺した真犯人を守るための結婚.

あまりの衝撃に動揺した私は, その後, 愛人に海へ突き落とされ, お腹の子を失った.

薄れゆく意識の中で見たのは, 冷たい海に沈む私を見捨て, 愛人を抱きしめて安堵する夫の姿だった.

病室で目覚めた私に, 夫は謝罪するどころか, 愛人を庇って私を責め立てた.

「雅は悪くない. 君が彼女を追い詰めたんだ」

私の中で, 何かが音を立てて壊れた.

私は涙を拭い, 密かに集めた全ての証拠を弁護士に送信した.

愛も情けも捨てて, 私は彼らを地獄へ突き落とす.

第1章

陽性反応. 検査薬の二本線は, 私の世界を瞬く間に光で満たした. 信じられないほどの喜びが胸いっぱいに広がり, 私は弾むような足取りで夫, 黒田光矢の書斎へと向かった. 早く伝えたい. 彼がどんな顔をするだろう. きっと, 私と同じように喜んでくれるはずだ.

書斎のドアは少し開いていた. 中から光矢の声が聞こえてくる. 普段の彼の声よりも, 少しだけ熱を帯びていた. 私はドアノブに手をかけ, そっと耳を傾けた.

「ああ, 雅. 心配するな. 桃香は何も気づいていない... 」

私の体から, 一瞬で熱が引いていくのを感じた.

「あの事故でお母さんが死んだのは君のせいじゃない, あくまで病死だ... そう処理した俺を信じろ」

脳が白い靄に包まれたように, 思考が停止した. 事故, 母, 病死... . 光矢の声が, まるで遠い世界のこだまのように響く.

「彼女と結婚したのは, 君を一生守るためだ」

その言葉が, 私の耳の奥で, 何度も何度も反響した. 君を, 一生, 守るため. 私との結婚は, 彼の「君」を守るための手段だった.

数年前の, あの雨の夜のことが, 鮮明に蘇る. 母を亡くした悲しみと, 病院の冷たい廊下で私を慰めてくれた光矢の優しい手. 彼はあの時, 私にとって唯一の光だった. 彼がくれた愛は, 私の心に深く染み渡り, 生きる意味を与えてくれた.

まるで, 全てが嘘だったと告げられたかのように, 私の心臓は突然, 氷に包まれた. 全身の血が凍りつき, 指先まで感覚が麻痺する.

膝から力が抜け, 私はその場にへたり込んだ. 手のひらに握りしめていた妊娠検査薬が, カタリと音を立てて床に落ち, プラスチックが砕ける音が, 私の夢が砕け散る音のように聞こえた.

光矢の電話はまだ続いていた.

「桃香は従順で扱いやすい妻だ. 君が余計なことをしなければ, 何も問題ない」

従順で, 扱いやすい妻. 彼の言葉が, 私の心臓を鈍器で何度も叩き潰す. 痛みはない. ただ, 虚無だけが残った. 私は彼にとって, ただの道具だったのだ.

スマホが震えた. 画面には「最愛の妻」と表示された光矢の名前. その文字が, 目に刺さるほど痛く, 醜悪に見えた.

私は震える手でスマホを掴み, 浴室へと駆け込んだ. 蛇口をひねり, シャワーの水を最大にする. 水音で, 外の音が聞こえないように.

「もしもし, 桃香? どうしたんだい, こんな時間に」彼の声は, 書斎で聞いた冷たい声とはまるで違う. 優しく, 心配そうに聞こえた.

「ああ, ちょっと... 喉が渇いて」私の声は, ひどく震えていた.

「そうか. 今, 緊急で病院に呼ばれててね. 遅くなるかもしれない. 先に寝てていいよ」

彼の言葉の裏で, グラスがカチリと鳴る音が聞こえた. 病院? それとも, 誰かのパーティー? あるいは, 雅と... . 指の爪が, 手のひらに食い込む. 痛みが, 私を現実に戻した.

「うん... わかった」

「君が疲れてるのも知ってる. 落ち着いたら, 二人で旅行でも行こうか. それから, ずっと欲しがってたあのアンティークのティーセット, 買ってあげるよ」

彼の言葉は, まるで上質な毛布のように, 私を包み込もうとした. でも, その毛布の下には, 鋭いナイフが隠されていることを, もう知ってしまった.

「光矢さん, あの... 」私が何か言おうとすると, 電話の向こうで雅の声がした. 「コウヤ! 何してるの? 早く来てよ! 」

光矢は, 一瞬だけ沈黙した. そして, 雅に苛立ったような低い声で何かを言った後, すぐに電話の私に向かって, 甘い声色に戻した.

「ごめんね, 桃香. 雅がね, ちょっと酔っ払ってて. 早く帰るからね. 愛してるよ, 桃香」

通話終了ボタンを押す指が, 震えた. 携帯から聞こえるのは, 虚しい「プー, プー」という, 切断音だけだった.

私の世界は, 静寂と共に終わった.

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