
偽装ブス妻、覚醒のち離婚
章 3
消毒液の匂いが鼻をつき、私は目を覚ました。
脚にはギプスが巻かれ、宙に吊られていた。少し動かすだけで、骨の髄まで響くような激痛が走る。
病室には誰もいなかった。
薬を替えに来た見回りの看護師が、陸承淵は下の階で林若曦の精密検査に付き添っていると、何気なく教えてくれた。
私は天井の蛍光灯をじっと見つめた。乾いた目がヒリヒリと痛む。
どれくらい時間が経っただろうか。病室のドアが開いた。
林若曦だった。
彼女の後ろには、ガラの悪いチンピラ風の男たちが数人続いている。
林若曦はベッドに近づき、腕を組んで私を見下ろした。「蘇清顔、あんたもしぶといわね」
私は彼女を見るのも億劫だった。「出て行って」
彼女は鼻で笑うと、首を傾げて後ろの男たちに合図を送った。 「相変わらず減らず口を叩くのね。陸夫人にマナーを教えてあげて」
1人の男がすぐに歩み寄り、私の顔めがけて腕を振り上げた。
私が首を逸らして避けると、その平手打ちは枕に落ちた。
男は下品に笑い、私の髪を掴もうと手を伸ばした。「おっ、いっちょ前に避けやがって」
別のタトゥーを入れた男が一歩前に出て、私の病衣の襟元を乱暴に引っ張った。
「ツラはイマイチだが、スタイルはまあまあだな。俺たちが今日、たっぷり可愛がってやるよ」
私は必死に抵抗した。しかし、脚のギプスのせいで逃げ場はどこにもない。
林若曦は傍らに立ち、腕を組んだまま、私の無様な姿を特等席で見物していた。
絶望の中、サイドテーブルの上を闇雲に探っていた私の手に、冷たくて硬いものが触れた。
ガラスの花瓶だった。
私はありったけの力を振り絞り、その花瓶を掴むと、私の服を引き裂こうとしている男の頭めがけて力いっぱい叩きつけた。
男は悲鳴を上げ、頭を押さえて倒れ込んだ。指の隙間から鮮血が流れ落ちる。
その時、病室のドアが勢いよく開け放たれた。
陸承淵が入り口に立っていた。彼の視線は、散乱した室内、頭を押さえて呻くチンピラをなめ回し、最後に私の乱れた襟元へと落ちた。
林若曦の反応は早かった。彼女はすぐに目を潤ませ、彼の胸に飛び込んだ。「承淵!私、清顔さんの様子を見に来ただけなのに、彼女ったら私を見るなり急に発狂して暴れ出したの。まるで打ち合わせでもしてたみたいに……」
陸承淵は、床で頭から血を流している男を一瞥し、再び私に目を向けた。
「清顔、君はどうしてこんな風になってしまったんだ?」
彼の声は低く、深い疲労感が滲んでいた。「私が林さんの擦り傷の手当てに付き添っただけで、こんな連中を雇って自作自演の被害者ぶるのか?」
彼は私が芝居をしていると本気で思っているのか。
私は愕然とし、目の奥が熱くなった。
普段の彼なら、少し考えればすぐに真相に辿り着くはずだ。それほど賢く鋭い人なのに。林若曦が絡むと、彼は何も疑わなくなる。彼女の言うことなら何でも信じ込んでしまうのだ。
彼の偽善はとっくに気付いていたし、彼の心に別の女がいる事実も受け入れていたつもりだった。それでも、これほど露骨なえこひいきを目の当たりにすると、やはり惨めさと苦しさがこみ上げてくる。
私が黙っているのを見て、陸承淵はさらに声を低くした。「清顔、事故のことで私を恨んでいるのか?」
「あの時は状況が緊迫していて、私はただ、一瞬人違いをしただけだ」
人違い?
名前を呼んだのも間違えたとでも言うの?
私は声を出して笑った。しかし、涙は制御不能なほど溢れ出てくる。
「陸承淵、人命救助の時も節穴だったみたいだけど、今も目が節穴なの? こいつらが私に何をしようとしていたか、見えないの?」
彼は眉をひそめ、ひどく失望したような声を出した。「いい加減にしろ! 証拠も証人も揃っているんだ。今回はやりすぎだ。これ以上、君を甘やかすわけにはいかない。 傷害事件となれば、私にも君を庇いきれない。少し頭を冷やしてこい」
彼は振り返って助手に通報を命じると、最後まで私を一瞥することもなく、その場を立ち去った。
林若曦が振り向きざまに私に向けた視線は、明確な挑発だった。自業自得だ、とでも言いたげに。
警察の到着は早かった。
傷害の容疑で、私はその場で連行され、留置場に入れられた。
3日間、72時間。
薄暗く湿った部屋には、汗とアンモニア臭が入り混じった悪臭が立ち込めていた。
同室の女囚たちは、病衣姿の私を見て妙に興奮していた。
彼女たちは私の髪を掴み、悪臭を放つ便器に私の顔を押し付け、その無様な姿を笑いながら弄んだ。
「自分の旦那にブチ込まれたらしいじゃん?」
「こんなブスじゃ、そりゃ捨てもするわな」
容赦ない暴力が身体に降り注ぐ。古い傷の上に新しい傷が重なり、脚のギプスは砕け、傷口は化膿して膿んだ。
私は高熱を出し、全身が火のように熱くなった。それでも、一滴の涙もこぼさず、命乞いもしなかった。
ただ、殴られる合間に、陸承淵に嫁いでの3年間を何度も何度も思い返していた。
飲み会で私の代わりに強い酒を飲んでくれたこと。深夜のキッチンで不器用にお粥を作ってくれたこと。「俺にとっては君が一番だ」という甘い誓い。
今となっては、すべてが最悪の皮肉にしか思えなかった。
私の彼への愛は、尊厳とともに、この3日間の地獄の中で完全に粉砕され、跡形もなく消え去った。
留置場を出た日、太陽の光がひどく眩しかった。
少し離れた場所に、陸承淵の車が停まっているのが見えた。
私はそちらへは向かわなかった。
スマホを取り出し、彼に電話をかけた。
自分の声はひどく掠れていた。『陸承淵、離婚しましょう』
電話の向こうで数秒の沈黙があった後、怒りを孕んだ彼の声が響いた。『蘇清顔、いい加減にしろ。まだ喚くつもりか?』
『喚いてなんかない』
私は淡々と答えた。『離婚協議書は、弁護士から送らせるわ』
それだけ言って、私は一方的に電話を切った。
陸承淵がいつ本性を現すつもりだったのかは知らないが、もう彼の茶番に付き合う気はなかった。
彼がサインしないなら、裁判を起こしてでも離婚する。
しかし、事情を聞いた弁護士は顔を曇らせた。「奥様。都内における陸社長の絶大な権力は、あなたが一番ご存知でしょう。 彼を相手に裁判を起こしても、勝てる見込みは万に一つもありません」
私はその場で立ち尽くした。
どうやらこのゲームには、私から終わりを告げる権利すらないらしい。
交差点に立ち、行き交う車の波を眺めながら、私は完全な八方塞がりを感じていた。
結局、私は永遠にかけることはないと思っていた番号を呼び出した。
すぐに、電話の向こうから威厳のある低い声が聞こえてきた。『清顔か?』
私は目を閉じ、ついに堪えきれなくなった涙をこぼした。 『お父さん。私が間違ってたわ。……家に、帰りたい』
『ああ』
電話の向こうの声には、一糸の迷いもなかった。『待っていなさい。 3日後、お父さんが迎えに行ってやる』
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