
牢獄で四年──偽りの令嬢、ついに無双モード突入!
章 3
龍庭別荘地。 ひっそりとした高級住宅街の一角に佇む佐久間家。
小林美咲は、その重厚なドアベルを鳴らした。
彼女がこの時間を選んで戻ってきたのは、佐久間家の面々がそれぞれの持ち場で忙しく、滅多に家にいないことを知っていたからだ。 かつての自分にとって、そこは避けるべき場所となっていた。
やがて、軋むような音を立てて門が開き、佐藤が顔を覗かせた。 美咲の姿を認めた途端、その顔色はさっと青ざめ、両の目は驚きに見開かれる。
「お嬢様? お、 お帰りなさいませ?」
震える声で絞り出したその言葉は、 口にした瞬間、自らの失言を悟ったかのように、佐藤は慌てて手で口を覆った。
今の佐久間家には、お嬢様と呼べるのは佐久間美月ただ一人。
もしこの言葉が美月の耳に入れば、今度こそどんな恐ろしい罰が待ち受けているか、想像もできなかった。
「ええ、少し物を取りにね」美咲は感情を押し殺したような声で応じ、冷たい空気が支配する家の中へと足を踏み入れた。
案の定、佐久間家には美咲以外の誰もいなかった。
美咲が二階へ上がろうと一歩を踏み出した、その時だった。 背後から、佐藤が慌てた様子で駆け寄ってきた。
「お、お嬢様……いえ、お嬢さん、何を?私が、お探しいたします」その声には、明らかに動揺が滲んでいた。
「いいえ、佐藤さん。私の部屋にあるものですから。 取ったらすぐにここを出ます」美咲はきっぱりと言い放った。
再び階段へ足を向けようとすると、佐藤はまるで縋るように、慌てて美咲の前に立ちはだかった。 視線を合わせることもできず、彼女は口ごもる。 「お、お嬢さん……」
その異様な態度に、美咲はわずかに眉をひそめた。 何かがおかしい。
胸騒ぎがした。 「佐藤さん、一体何があったの?」美咲の声は、鋭く響いた。
佐藤もこれ以上、真実を隠し通すことはできなかった。 深い、重い溜息が、その口から漏れ出た。 「お嬢さん、あなたがこの家を出られた後、美月お嬢様が……あなたの物を、全て処分させてしまわれたのです。 お部屋は……今では、ただの物置に……」
その言葉が、美咲の鼓膜を震わせた瞬間、彼女の瞳孔はきつく収縮し、世界が凍りついたかのように見えた。
「すべて……捨てた、ですって?」美咲の声は、かすかに震えていた。
佐久間恵子が、唯一の形見として残してくれたあのブレスレットまで、捨ててしまったというのか?
美咲の、射抜くような視線を受け、佐藤は苦痛に顔を歪ませながら、小さく頷いた。
その瞬間、美咲の頭の中で、まるで世界が砕け散るかのような雷鳴が轟き、全身を激しい衝撃が貫いた。
美月が独断で、これほど大規模なことをするはずがない。 そこには、佐久間勝政と佐久間智子、佐久間家の人々からの黙認があったに違いない。
美咲は、爪が手のひらに食い込むほどに両手をきつく握りしめ、全身を微かに震わせる怒りを止めることができなかった。
あれは、 恵子が自分に残してくれた、 この世でたった一つの形見だったのだ!
胸の奥底から、 灼熱の怒りの炎が激しく燃え上がり、彼女の理性を焼き尽くそうとしていた。
佐久間家とは一切関わりたくなかったはずなのに、今、その胸は佐久間家の人々に対する、深い憎悪で満たされていた。
その時、背後から突然、耳慣れた、しかしぞっとするほど不快な声が響いた。
「佐久間美咲、 やっぱり戻ってきやがったな!」
美咲がゆっくりと振り返ると、
少し離れた場所に佐久間浩志が立っていた。
その口元は、見るからに嘲りの色を浮かべて歪んでいる。
その隣には、美月が孟寒霜の腕に親密そうに絡みつき、まるで慈愛に満ちた母親と、それに寄り添う孝行娘のようだった。
彼らの姿を認めた佐藤は、無言でその場を退いた。
浩志が、ゆったりとした、しかし威圧的な足取りで美咲に近づいてきた。 彼は美咲より頭一つ分は背が高く、顎を上げて彼女を見下ろすその視線には、あからさまな軽蔑の色が滲んでいた。
「朝、 刑務所の前じゃ随分と強気だったじゃねえか? なんでまたコソコソ戻ってきやがった? ああ、 分かったぞ。お前みたいな前科持ち、外じゃ誰も雇ってくれねえんだろ!佐久間家以外に、誰がお前に施しを与えるってんだ?」
浩志は眉を吊り上げ、 嘲るような口調で、 無頼な雰囲気をこれ見よがしに漂わせた。 「じゃあさ、 今すぐ俺たちに土下座して謝って、 ネットで佐久間家に公開謝罪すれば、 飯くらい食わせてやるよ、 どうだ?」
朝から、 浩志は煮えたぎる怒りを腹の底に抱えていた。
美咲がメディアの前で佐久間家の面子をあれほどまでに潰したというのに、彼は体面を気にして、その場で怒りを爆発させることすらできなかったのだ。
しかし、この佐久間家の敷地内では話が違う。 刑務所から持ち帰った美咲の忌々しい態度を、今こそ徹底的に叩き直してやらなければならない。
人としてどうあるべきか、
それを兄である自分が教えてやるのが務めだ、 と浩志は考えていた。
もし彼女が心から謝罪し、心を入れ替えて美月と平和に暮らすというのなら、佐久間家に戻ることを許してやってもいい。
佐久間家の財力からすれば、一人増えることなど、犬を一匹飼うのと大差ない。
だが、犬でさえ尻尾を振って主人に媚び、居候の身分をわきまえて従順に振る舞うというのに、美咲の態度はまるで佐久間家が彼女に何か借りでもあるかのようだ。
――腹立たしい!
美咲が一歩を踏み出すのを見て、浩志は眉を上げ、腕を組み、さあ謝れとばかりに彼女が自分の前にひざまずくのを待った。
しかし、美咲は浩志を一瞥だにせず、その横を通り過ぎ、まっすぐに彼の背後に立つ美月へと向かった。
浩志の顔が、一瞬にしてこわばった。
だが、美咲が最も謝罪すべき相手は、確かに美月だ。
まあ、いいだろう!
しかし、美咲が美月の前に立ち止まって放った第一声は、浩志の予想を裏切るものだった。
「私の物、 どこに捨てたの?」
その問いに、 美月は一瞬ひるんだように見えたが、 すぐに茫然とした表情を取り繕い、 か弱げな声で答えた。 「何の事かしら?お姉ちゃん、私、何を言っているのか分からないわ」
美咲の双眸は、冷たい氷のような輝きの中に、獲物を射抜くような鋭い光を宿していた。
彼女は目の前の女を瞬きもせずに見据え、一切の感情を排した声で、もう一度問いかけた。
「もう一度聞くわ。 私の部屋の物、全部どこに捨てたの?」
美月はすぐに困惑した様子を見せ、わっと声を上げて涙を流し始めた。
「お姉ちゃん……私……わざとじゃ……ないの……。 あの、古くなると傷むと思って、お姉ちゃんが戻ってきたら新しいのを準備しようと……それで……」美月の言葉が、空気を切り裂くように響いた、その時だった。
パチン!
乾いた、 鋭い音が響き渡り、その場にいた全員が、 まるで時が止まったかのように凍りついた。
おすすめの作品





