
追放された令嬢、実は最強大富豪の娘でした
章 3
「中島さんがここに来たって話、もうどこかから漏れちゃったみたい。お姉ちゃんもきっと彼女に弟子入りしたくて来たんでしょ?」 長谷川恋夏は無垢な顔で、か弱そうな声を出した。「中島さんはまだ、お姉ちゃんが追い出されたって知らないんじゃないかな?そうしたら、これからは私もお姉ちゃんも彼女の生徒ってことだよね!」
長谷川夫人の顔は、これ以上ないほど険しくなった。
彼女は大股で前に出て、絵渡の行く手を阻もうとしたが、絵渡はそのまま四季ホテルの中でも最上級の個室――翡翠の間――に向かって歩いていった。
(翡翠の間に?一体何のつもり?)長谷川夫人の心に疑念が湧いた。あの部屋は、特別な来賓しか使えない空間なのだ。
「お姉ちゃん、あんな部屋に入るの!?」 長谷川恋夏もまた目を丸くした。「あそこって、普通の人が使える場所じゃないよ? やっぱりお姉ちゃんすごいなぁ。付き合ってる人もみんな一流なんだろうね」
「何が付き合ってる人よ!」長谷川夫人が怒鳴った。「このクソ娘……まさか貧乏暮らしに耐えられなくて、金ヅルの男でも釣ったんじゃないの?
それならもう……長谷川家の面汚しにもほどがあるわ!」
長谷川夫人は内心吐き気を催していたが、それどころではなかった。慌てて中島さんに電話をかける。
「申し訳ありません、急用ができまして」冷ややかな返事が返ってきたかと思うと、すぐに通話は切られた。
長谷川恋夏の心は奈落の底に突き落とされ、思わず顔を覆って泣き出してしまう。
長谷川会長はそんな彼女を慰めるように、「また次の機会がある」と声をかけるしかなかった。
一方その頃、電話を切った中島さんは、ソファに背筋を伸ばして座っていた。
彼女の兄――中島会長が突然家族を集めたのは、行方不明だった娘がようやく見つかったからだった。
「お姉ちゃん、外でずっと苦労してきたんでしょうね」
隣に座る少女が口を開く。整った顔立ちに上品なメイク、高級なドレスに身を包み、まさに名家の令嬢そのもの。しかし、その眉目にはかすかな憂いが宿っていた。
恭理の心がふっと和らぐ。「聞くところによると、育ての両親には大切にされていたらしいわ。そこまで苦労はなかったかもしれない」
玲暖は素直にうなずき、純粋な声で言う。「お姉ちゃんには、精一杯優しくしなくちゃいけませんね」
恭理は彼女の髪を優しく撫で、その目に慈愛と満足の色を浮かべた。
――さすがは自慢の弟子。 玲暖は中島家の養女だが、心が広くて純真無垢。実の娘が戻ってきても、自分の居場所が脅かされることなど微塵も気にしていない。
だが、艶やかなチャイナドレスに身を包んだ中島夫人だけは、どこか様子が違っていた。まるで何かに取り憑かれたように、玄関の方をじっと見つめて動かない。
その姿を見た玲暖の胸に、ふと奇妙な違和感が浮かび上がった。
ようやく扉が開いた――
運転手が入ってくる。
そのあとを、少女が歩み出た。辺鄙な田舎で育った娘ならば、地味でやつれていても不思議ではない。だが、彼女の肌はまるで光を宿したように透き通っており、白く輝いていた。冷ややかで整った顔立ちは、中島夫人と五分六分ほど似ている。
玲暖は胸の奥がわずかにざわついた。
「うちの子……!」
中島夫人は堪えきれず、駆け寄ってその細い体を抱きしめた。涙で声も出せない、胸の奥から込み上げてくる。
絵渡は一瞬戸惑い、過剰な熱情にたじろぎながらも、そっと彼女の背を軽く叩いた。
それでも――その温もりの奥に、血の繋がりが確かに感じられた。
これが……家族というものなのか。
「まずは絵渡に座ってもらおう」 哲夫が穏やかに言った。
中島夫人は絵渡の隣にぴたりと寄り添い、涙を堪えながらも、嗄れた声で言った。「絵渡……ごめんね。お母さん、今まであなたを見つけられなかった。外で、きっとたくさん辛い思いをしたでしょう」
「……別に、平気だったよ」 温かな涙が絵渡の手の甲にぽたりと落ちる。それを見て、むしろ彼女のほうが戸惑った。昔から、押されるよりも押し返されるほうが性に合っていた。まさか自分のことで、こんなふうに泣く人がいるなんて。「もう、泣かないで。お母さん。こうして、戻ってきたじゃない」
その一言の「お母さん」に、中島夫人はぱっと顔を輝かせた。「そうよ、帰ってきたのね。お母さん、これからは必ず、あなたに償うから!」
哲夫も、目を潤ませながら絵渡を見つめていた。その視線に押され、絵渡は口を開く。「……お父さん」
「うん!うちの絵渡は、なんて素直なんだ」 満面の笑みを浮かべた哲夫は、はしゃぐように言った。「さあ、家族を紹介しよう。こちらが君の叔母さんだよ」
恭理が彼女を一瞥し、静かにうなずいた。絵渡も軽く会釈する。
次に現れたのは、玲暖だった。
「お姉ちゃん、ずっとお会いできるのを楽しみにしてたの。 これからは私にも『お姉ちゃんがいるの』って、みんなに自慢できるわ!」
その愛らしい声に続き、中島夫人が少し困ったような表情で口を開く。 「玲暖はね、あなたのお父さんの古い友人の娘さんなの。まだ小さな頃にご両親を亡くしてね、私たちが引き取ったの。もし気に障るようなら……」
「大丈夫です」 絵渡は、相手の言いたいことをすぐに察し、淡々と答えた。
「それから、お兄さんが三人いるの。今日は出かけてるけど、そのうちきっと紹介するわね」 中島夫人が微笑みながら絵渡を見て頷く。胸の奥にじんわりとした温もりが広がる。
絵渡はそっと頷いた。
すると、哲夫がスマホを取り出して言った。「絵渡、この数年、本当によく頑張ってくれたな。父さんのLINE、追加してくれ」
中島夫人もすかさずスマホを差し出す。「私のも、お願いね」
仕方なく二人の連絡先を追加すると、ほぼ同時に通知音が鳴った。
【パパ】があなたに10,000,000円を送金しました。
【ママ】があなたに10,000,000円を送金しました。
「父さんからの小遣いだよ。足りなかったら、いつでも言ってくれ」 哲夫が穏やかに笑う。
「そうそう、ママはお洋服もたくさん買ったの。家に戻ったら、ゆっくり試着してね!」
あまりの歓迎ぶりに、絵渡はまだ慣れないながらも、胸が温かくなるのを感じていた。
だが、驚いていたのは彼女だけではない。玲暖もまた、その様子に言葉を失っていた。両親が一度に二千万円も――。自分が普段もらう月の小遣いはせいぜい数十万円。
(これが……実子と養子の差ってこと?)
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