
初恋の身代わりを辞めたら、私にすがりつく狂犬に変貌。
章 3
宝条司郎は彼女を見るなり、皮肉たっぷりに言った。「専業主婦が俺たちの笑い者を見に来たのか? 悪いが忙しいんでね、構ってる暇はないんだよ」
かつて星野凛音は製品が一番売れていて最も忙しい時期に、誰の説得も聞かずに会社を辞めてしまった。
5年間、社内の誰とも一切連絡を取らなかったのだ。
司郎が彼女に向けて良い顔をするはずもなかった。
凛音は目を伏せ、ご機嫌をとるような口調で言った。 「ごめんなさい、今回は何か手伝えることがないかと思って来たの」
「なんだ、専業主婦に飽きたのか? 今度は救世主でも気取るつもりか?」
司郎は手にしていたファイルを床に叩きつけ、軽蔑の眼差しを向けた。「あいにくだが、その必要はないね。 会社はもう終わりだ、完全に終わったんだよ、これで満足か?」
凛音は心を落ち着かせ、穏やかな声で言った。「司郎、怒る気持ちは分かるけど、今は会社の危機を乗り越えることが先決でしょ」
「ふん、こっちはもう破産寸前なんだ、専業主婦のお前にこの会社が救えるとでも言うのか? 甘いこと言ってんじゃねえぞ、家事に専念しすぎてボケたのか?」
彼は彼女を無視し、さっさと荷物をまとめて出て行く準備を始めた。
凛音は口元を引き締め、複雑な感情を瞳に揺るがせながら、ついに口を開いた。
「司郎、私、離婚したの」
「何だって?」
司郎はひどく驚いた。そんな結末になっているとは思いもしなかったのだ。
「順調にいけば、まとまったお金が入るわ。 だから……」
凛音は手を差し出した。「もう一度、私たちの製品を復活させる気はない?」
***
凛音は司郎から会社の資料を大量に受け取った。
家に帰り、ドアを開けると、須藤麻衣が桐生蒼真の腕の中に倒れ込んでいるのが見えた。
しかも横たわっているのは、彼らの夫婦のベッドの上だった。
凛音は一瞬にして血の気が引き、その後、怒りのあまり呆れ笑いが出た。
蒼真はどこまで恥知らずなのかしら、不倫相手を家まで連れ込むとは。
それとも、ただスリルを味わいたかっただけなのか?
「桐生蒼真、女遊びもついに家まで持ち込むようになったの?」
蒼真は麻衣を抱え起こし、凛音のそばへ歩み寄った。「出かけるならどうして一言言わなかったんだ?」
凛音は険しい声で返した。「言う必要ある? 私がいようがいまいが、あなたが外の女を連れ込むことの邪魔にはならないでしょ」
蒼真は低い声で弁明した。「麻衣とは幼馴染だ、ずっと妹のように思っている」
凛音は彼を冷ややかに睨んだ。「それで、その大切な妹と一つのベッドに寝転がっていたわけ?」
蒼真の顔色が悪くなり、何か言おうとしたが、麻衣が一歩先に口を開いた。
「初めまして、須藤麻衣です。 やっと会えましたね、やっぱり、私にそっくりだわ」
彼女は蒼真をちらりと見つめ、彼をかばうように説明した。「誤解しないでくださいね、さっきは蒼真が私を助けてくれて……」
凛音は不機嫌な顔のまま、彼女と握手する気など微塵もなかった。「誤解って何? 他人の夫を押し倒したこと?」
麻衣は口をつぐみ、少し涙ぐんだような瞳で蒼真を見つめた。
蒼真は冷ややかな声で言った。「星野凛音、はっきりと説明したはずだ、物事の分別くらいわきまえろ」
「私が分別をわきまえてない? 彼女はあなたの初恋の人じゃないの?」
凛音は複雑な表情を浮かべながらも、ずっと心の底に抱えていた疑問をついに口にした。「ねえ桐生蒼真、私と結婚したのは、私が彼女に似ていたからなの?」
彼女は麻衣を指差し、蒼真を見つめた。
蒼真は目を逸らした。
彼は黙り込んだ。
凛音の心はナイフでえぐられたように痛んだ。とうに心の中で確信していた答えだったのに、わざわざ口に出して問うなんて、自ら傷を広げているようなものだった。
「分かったわ」
彼女は自嘲気味に笑った。「離婚しましょう、どうせもうやっていけないし」
蒼真は眉をひそめた。「ただの些細なことだろう、離婚なんて言い出すほどのことか? 凛音、もう少し大人になれないのか?」
彼は厳しい表情で言った。「お前が麻衣を気に入らないなら、今後は二度と連れてこない」
凛音は何も答えなかった。
離婚はすでに確定事項であり、もう彼と口論する気すら起きなかった。
「今日の話はこれまでだ、二度と離婚なんて言葉は聞きたくない」
蒼真はそう言い捨てると、麻衣を連れて出て行った。
凛音は篠原さんを呼んで別の寝室を片付けさせた。あのベッドで、彼女は二度と眠るつもりはなかった。
彼女と蒼真は交際3年、結婚して5年になる。
二人の始まりは、凛音が彼の美貌に惹かれたことがきっかけだった。
当時、蒼真は失恋したばかりで、凛音は毎日彼に付きまとっていた。
彼女は周りの誰にでも宣言していた。「私、蒼真を落としてみせる」
落とす方法といえば、毎日花を贈り、毎日手作りの朝食を渡し、そして毎日こう尋ねることだった。「私のこと、好きになった?」
あの頃の凛音は勇敢で目立ちたがり屋で、大勢の人の前でも平気で蒼真に告白していた。
蒼真はたいてい彼女を無視していた。
大学の体育倉庫で、彼女はついに二人きりになるチャンスを掴んだ。
彼女は大胆にも彼に壁ドンし、こう脅した。「これ以上私の彼氏にならないって言うなら、キスしちゃうからね」
その日、蒼真はイエスともノーとも言わず、ただ彼女を強く抱きしめた。
今思えば、彼女は彼の沈黙を肯定だと勝手に解釈していたのだ。
離婚という結末に至ったのは、蒼真からの愛が足りなかったからだ。
彼女の愛があまりにも重すぎたのに、見返りが全く得られず、次第に失望だけが募っていった。
そして、心が死んでしまった。
麻衣は単なる引き金に過ぎない。
蒼真が彼女を送り届ける道中、彼の顔色は酷く沈んでおり、麻衣はおずおずと彼の腕に抱きつこうとした。「蒼真、私……」
彼はその手を振り払った。「須藤麻衣、今日のことは二度と許さない」
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