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今更愛していると言われても、もう手遅れです の小説カバー

今更愛していると言われても、もう手遅れです

結婚5周年の記念日、夫が帰宅時に連れていたのは愛人だった。私の手料理を無視し、自分たちに食事を作れと命じる夫。その傲慢な態度に、5年間の献身は完全に冷め切った。私は怒る代わりに、ある計略を巡らせる。義母の遺産管理に関する書類だと偽り、他の契約書に紛れ込ませたのは、多額の慰謝料と財産分与を明記した離婚協議書だった。愛人に夢中な夫は、内容を確認することなく苛立ちまぎれに署名を済ませてしまう。翌朝、彼を待っていたのは、もぬけの殻となった自宅と凍結された銀行口座、そして資産の半分を失ったという残酷な現実だった。愛人の悲鳴が虚しく響く中、私は長年縛り付けられてきた「都合のいい妻」という役割を脱ぎ捨て、自由な新生活へと踏み出す。これは、自分を家政婦同然に扱ってきた身勝手な夫に対し、静かなる復讐を遂げて再起する女性の物語。
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翌朝、私は村上修平の法律事務所の革張りのソファに深く沈み込んでいた。

「本当に、これでいいんだね?」

デスクの向こうで、村上先輩——いや、今は私の代理人である村上弁護士が、黒縁メガネの奥から射抜くような視線を向けてくる。

彼は単なる隆成の会社の顧問弁護士とは違う。大学時代の法学部の先輩であり、この孤独な戦いにおいて数少ない、信頼できる味方だ。

「ええ。一刻も早く」

私は迷いなく答えた。声に震えはなかった。

「財産分与、慰謝料、すべて徹底的に請求します。彼が私をどう扱い、何を奪ってきたか……その代償は、きっちりと払ってもらいます」

村上は短く、力強く頷くと、手元の書類の束を几帳面に整えた。

「安藤は、君が法的な知識を持っていることを忘れている。あるいは、家庭に入った君を『無害な主婦』だと侮っている。そこが奴の最大の弱点であり、我々の最大の武器だ」

その通りだ。

隆成にとって私は、家計を管理し、彼の個人資産の運用を手伝うだけの「便利な家政婦」でしかない。私がかつて法曹を目指していたことなど、彼の記憶の彼方だろう。

「作戦はこうだ。今夜、彼にいくつかの書類にサインさせる。会社の役員変更に関する同意書、不動産の管理委託書……どれも彼が『面倒だがサインしなければならない』類のものだ」

村上は冷徹な策士の顔で、指を組んだ。

「そして、その束の中に、離婚協議書を紛れ込ませる。彼は中身を読まない。特に、君が渡す書類なんて、読む価値もないと思っているからな」

夜、私はいつものように書斎ではなく、リビングでその時を待った。

隆成は今日も、雫を連れて帰宅していた。

「隆成、少しだけ時間をいただけるかしら」

私はソファでくつろぐ二人の前に進み出ると、ローテーブルの上に書類の束を置いた。極力、事務的な手つきで。

「お義母様の遺産管理の件で、いくつか急ぎの署名が必要なの。税理士の先生が、明日までにどうしてもと仰っていて」

「チッ、面倒だな」

隆成は露骨に舌打ちをし、不機嫌そうにワイングラスを置いた。

隣では雫が、彼の胸板に白磁のような指を這わせている。甘ったるい香水の匂いが、リビングに充満していた。

「早く済ませてよ、隆成さん。映画、いいところなんだから」

「ああ、分かってる。さっさとよこせ」

隆成は私の手からモンブランの万年筆を奪い取ると、私がめくるページに次々とサインをしていく。

一枚、また一枚。

インクが紙に染み込む音だけが、私の耳に響く。

彼の目は書類を見ていない。テレビの画面と、雫の胸元の谷間を交互に見ているだけだ。私の存在など、そこにはないも同然だった。

「それから、最後にもう一箇所……ここにも、署名をお願い」

私は呼吸を止め、指先の震えを必死に抑えながら、核心のページを開いた。

表紙はない。一見すると、ただの契約書の一部に見える。

だが、そこには明確に「離婚」の二文字と、彼が支払うべき莫大な慰謝料の金額、そして過酷な財産分与の条件が印字されている。

隆成の手が、ふと止まった。

心臓が早鐘を打つ。全身の血液が逆流するような感覚。

気づかれたか?

「ねえ、この女優のドレス、私に似合うと思わない?」

その時、雫がテレビを指差し、甘えた声を上げた。

隆成は書類から視線を上げ、ふっと緩んだ笑みを彼女に向けた。

「ああ、君の方が似合うさ。今度買ってやる」

彼は視線を書類に戻すことなく、手元の感覚だけでサラサラと名前を書き殴った。

安藤隆成。

その黒い文字が書き終わった瞬間、私の中で張り詰めていた何かが、ぷつりと、しかし完全に断ち切られた音がした。

「……ありがとう。これで全部よ」

私は書類を素早く回収し、胸に抱いた。まるで、生まれたばかりの赤子を守るように。

「じゃあ、下がっていいぞ。邪魔だ」

隆成はシッシッと手を振り、私を追い払う。

私は深く、静かに一礼した。

それは妻としての最後の挨拶ではない。赤の他人としての、最初の挨拶だった。

「……失礼いたします」

書斎を出て、廊下の陰に入った瞬間、私は震える手でスマートフォンを取り出し、村上にメッセージを送った。

『完了しました』

送信ボタンを押した指先が、熱く、激しく脈打っていた。

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