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鳥籠の姪を抜け出し、真実の愛に嫁ぎます の小説カバー

鳥籠の姪を抜け出し、真実の愛に嫁ぎます

養女として藤堂家に迎えられた柚月は、叔父である藤堂森に長年一途な恋心を抱き続けていた。彼にふさわしい女性になろうと献身的に尽くし、二十歳の節目に三度目の告白を決意する。しかし、そんな彼女を待っていたのは、森がかつて愛した女性・鈴木桜の帰国と、あまりに無慈悲な拒絶の言葉だった。「姪を愛する道理はない」「虫酸が走る」という冷酷な宣告に、柚月の心は完全に打ち砕かれる。絶望の果てに彼女が姿を消すと、皮肉にも森は執着という名の狂気に囚われていく。月日は流れ、二人は二階堂家の次期当主の結婚式で再会を果たす。そこには、純白のドレスを纏い、他人の花嫁として幸せそうに微笑む柚月の姿があった。かつての傲慢さを失い、充血した瞳で「行かないでくれ」と縋り付く森。だが、自分を「叔父様」と呼び、他人の妻になることを選んだ彼女の決意はもう揺るがない。過去の執着を断ち切り、真実の愛を掴み取ろうとする柚月と、失ってから初めて己の愚かさに気づき後悔に身を焼く男。運命が逆転した二人の、切なくも鮮やかな決別の物語。
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藤堂柚月は、心を込めて選んだプレゼントを抱え、藤堂森の誕生日パーティーへ向かった。

玄関に着いた、その瞬間——中から声が漏れ聞こえてきた。

「森、鈴木桜戻ってきたなら、これでやっとゴールインだな…… でもさ、家にいるあの子、気が強いだろ。もし反対されたらどうする?」

一枚のガラス越しに、薄暗い照明が揺れている。森の表情は見えない。ただ、淡々とした声だけが届いた。「ただの子どもだ。いちいち相手にする必要はない」

「柚月は確かにまだ若いけどさ……彼女がずっと君を好きだったこと、知らない奴はいないんだ。 あれだけ長い間、まったく心は動かなかったのか?」

佐藤和希のその一言に、柚月の胸がいきなりぎゅっと締めつけられた。息をするのも忘れる。

——知りたかった。彼は、自分に対して、果たして一度でも心を動かしたことがあったのだろうか。

リビングの中央、ソファに身を預けた男は、どこか気怠げに座っていた。全身から、成熟した大人の男の落ち着いた空気が漂っている。 彼はわずかに間を置き、低く冷たい声で言った。「……あの子が幼いのは仕方ない。だからこそ、これ以上、冗談にするな。柚月は俺にとって姪だ。それ以上でも以下でもない。俺が彼女を好きになることは、永遠にない」

——俺が彼女を好きになることは、永遠にない。

その言葉は、鋭い刃のように、容赦なく柚月の心臓を貫いた。

室内の誰も、扉の外に立つ存在には気づいていない。笑い混じりの声が、無神経に続く。「はいはいはい。森にとって最高の初恋の女神は桜だもんな。何人の柚月を集めたって、あの人一人にはかなわないって」

森は淡々と「……ああ」とだけ応じ、続けて言った。「あとで、桜の前で柚月の話はするな。変に誤解されると困る」

「俺たちがわざわざ言わなくてもだろ」

和希は意味ありげにため息をついた。「あの子の性格だぞ。君が他の女と一緒にいるなんて、黙って許すわけがない」

「だよな」 隣にいた仲間も調子に乗って口を挟み、笑いながらからかう。「そういえばさ、柚月ももう二十歳だろ? いっそ柚月を愛人ってことにすればいい。家には柚月、外には桜。あの子の立場と、お前を好きな気持ちを考えたら、拒まないはずだ」

言い終える前に、森の冷えきった視線が、その男を射抜いた。

「……ふざけたことを言うな」 低く、はっきりとした声だった。「俺は、あの子が可哀想だったから、兄に引き取らせただけだ」

「俺の心にいるのは、桜だけだ。……気持ち悪いことを言うな」

「……っ」

——その瞬間。扉の向こうで、柚月の手がドアノブを強く握りしめられた。息が、詰まる。

——そうか。自分の気持ちは、気持ち悪いものだったのだ。

さっきまで、彼女はそのまま扉を押し開けるつもりだった。けれど今は、身体から力が抜け落ちたようで、言葉ひとつ、口にする気にもなれなかった。

柚月は視線を落とし、込み上げてくる涙を必死に堪える。そして、何も言わないまま、踵を返した。

外は薄暗い通り。人影は、どこにもなかった。

その会員制のプライベートクラブは、人目につかない川沿いに建っており、“極端なまでの私密性”で知られていた。そのせいで、周囲にはタクシー一台すら見当たらない。

柚月は手にした誕生日プレゼントを強く握りしめ、足早に歩き続ける。

先ほど耳にした言葉が、ひとつひとつ、頭の中で繰り返された。

……じゃあ、私は今まで一体、何を諦めきれずにいたの?

柚月よ……あんた、そんなに卑しい女だったのか?

唇の端に、かすかな苦笑が浮かぶ。気づかないうちに、涙が地面に落ちていた。音もなく、誰にも知られずに。

前方には、十字に分かれた交差点。通り過ぎる車のハイビームが、真正面から差し込み、目が焼けるように痛んだ。——その瞬間だった。柚月の指先が、ふっと力を失う。

手の中から、誕生日プレゼントが落ちた。鈍い音を立てて、アスファルトの上に転がる。

ボーナスを使って買ったカフスだった。決して安いものではない。

……けれど、もうどうでもよかった。

柚月は大きく息を吸い込み、スマートフォンを取り出す。迷いなく、一つの番号を押した。

「……二階堂宗介。前に言ってた話、受けるわ。あなたと、結婚する」

宗介は柚月より五つ年上で、かつては藤堂家の隣に住んでいた幼なじみだった。二人は同じ時間を過ごして育ったが、彼は高校卒業と同時に海外へ渡り、帰国したのはつい最近のことだ。

宗介はいま、北城に腰を落ち着けている。時間を作って柚月に会いに来たのは、一度きりだった。そのときの会話は、ほとんどが国内の結婚事情についての愚痴だった。言葉の端々から伝わってきたのは、避けようのない“結婚への圧力”。

「柚月。俺にしても、君にしても、最後はどうせ政略結婚だ。親は、俺たちが幸せかどうかなんて気にしない。彼らにとって大事なのは、“結婚した”という事実だけなんだ」

そして、少し肩をすくめるように、こう続けた。「どうせ結婚するなら、一緒にいて楽な相手を選んだほうがいいだろ。 ……いっそ、俺たちで結婚しないか?」

そのときの柚月は、思わず笑ってしまった。あまりにも現実的で、どこか冗談めいて聞こえたからだ。

けれど今となって見ると——悪くない話だった。

柚月はふと振り返る。背後の建物でネオンがきらびやかに瞬いている。まるで、かつて自分が、あの人に向けて抱いていた想いのように。

「……どうせ、互いのことはよく知ってるし。他人と無理に合わせるより、ずっといいと思う」 そう言って、静かに続けた。「もし、あなたのご両親に急かされているなら……早めに話を進めてもいい」

電話の向こうで、男は柚月がこれほどあっさりと同意するとは予想だにしなかった。思わず言葉を失い、二秒ほど沈黙した。やがて低く、掠れた声が返ってくる。「……わかった。いつ、迎えに行けばいい?」

柚月は視線を落とす。ちょうど足元には、地面に置かれたままのギフトバッグがあった。「インターンのことを整理してから。……そんなに時間はかからない」

宗介と結婚することを決めた以上、インターン先を海城にこだわる理由も、もうなかった。

通話を終えたあと、柚月はしばらく歩き続け、ようやくタクシーを捕まえて、南湾別荘へと戻った。

南湾別荘は市の中心部にあり、立地としては申し分ない。かつて暮らしていた家からも、五キロと離れていない。……もっとも、そこにはもう、何も残っていないのだけれど。

柚月が九歳のとき、家族の会社は倒産した。莫大な借金を背負い、両親は、揃って命を絶った。家は火に包まれ、跡形もなく焼け落ちた。

正気を失った債権者たちは、幼い柚月にまで手を伸ばそうとした。

——そのとき、彼女を連れ出したのが、森だった。

当時、彼はまだ十七歳。それでも、はっきりとした口調で藤堂明に言い切った。「俺は未成年だし、結婚もしてない。養子の手続きはできない。だから兄貴が引き取ってくれ。……柚月の将来は、俺が責任を持つ」

その言葉通り、森は約束を守った。彼女に、最良の生活を与え、十数年にわたって、変わらず大切にしてきた。過剰なほどに、丁寧に、細やかに。

ただひとつ——彼は、柚月の前では一貫して、自分を「叔父」だと名乗った。けれど柚月は、一度も、彼をそう呼んだことはなかった。

柚月はずっと、自分は森と一緒になる存在なのだと、疑いもせずに信じていた。

だから十八歳になったその日、彼女は、迷うことなく想いを告げたのだ。

だが、森は彼女を厳しく叱責した。ろくなことを学ばないこと、年の差が大きすぎること、、そして——自分はあくまで、彼女の「叔父」でしかあり得ないのだと。

そう言い切りながら——彼は同時に、柚月のそばに近づく異性を、一切許さなかった。

柚月は、それを“嫉妬”だと思った。そして、彼が自分のことをまだ子供だから嫌っているのだと、そう思い込んでいた。

——だったら、待っていればいい。大人になれば、きっと。

車窓の外を流れていく夜景を眺めながら、柚月はいつの間にか、記憶の奥へ沈んでいった。視界が、にじむ。……なるほど。成長しても、意味はなかった。

——好きじゃない、という感情は、こんなにも重たいものなのだ。

だったら。——藤堂森。

あなたを自由にしてあげる。

目的地に着くと、柚月はそっと涙を拭った。すべての感情を胸の奥に押し込み、何事もなかったかのように、部屋へ上がる。シャワーを浴び、そのままベッドに身を沈めた。

今夜は眠れないだろうと思っていた。けれど、意外にも、眠りはすぐに訪れた。翌朝。——カン、カン、と。何かがぶつかる音で、柚月は目を覚ました。

身支度を整えて階下へ降りると、キッチンからは、さらに賑やかな物音が聞こえてくる。

大きくあくびをしながら、そちらへ向かい、声をかけた。「小林さん、こんなに早くから……」

言葉の途中で、キッチンに立つ人影が、視界に入った。

白いワンピースに身を包み、ウエストには生成り色のエプロンを結んでいる。その細い腰のラインが、はっきりと浮かび上がっていた。長い髪は、バンスクリップで後ろにまとめられている。

彼女こそが……

森の忘れられない人ーー元恋人。

鈴木桜。

「柚月、起きたの?」桜は振り返り、にこやかに微笑んだ。「朝ごはんを作ってから、起こしに行こうと思ってたの。でも、思ったより早かったね」

……この騒がしさで目が覚めないほうが、よほど耳に問題がある。

柚月は胸に溜まっていた息を、ゆっくりと吐き出した。なんとか口元に笑みを作り、問いかける。「……どうして、ここに?」

桜は口元を軽く押さえ、少し照れたように言った。「昨日ね……森、飲みすぎちゃって。私が送ってきて、お風呂に入れて、着替えさせたの。あなたが一人だって聞いてたから、じゃあ、朝ごはんでも一緒にって思って」

——つまり。昨夜、二人はここに泊まった、ということだ。

柚月が必死に保っていた礼儀が、少しずつ崩れ始める。声は、わずかに低くなった。「……私は、あなたに朝ごはんを作ってもらう必要はないわ」

そのとき。背後から、冷えた男の声が落ちてきた。「柚月。そんな言い方を、誰に教わった? ……謝れ!」

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