フォローする
共有
絡繰人形 の小説カバー

絡繰人形

長年にわたり、執拗に繰り返される悪夢に精神を削られてきた青年。彼はその忌まわしい夢の連鎖を根本から断ち切るため、かつて少年時代を過ごした思い出の団地へと再び足を踏み入れる。期間限定の再入居という形で、過去の記憶が眠る場所へ戻った彼を待ち受けていたのは、平穏な再会ではなく、逃れられない恐怖の幕開けだった。かつて自分が住んでいた部屋には、その場所から離れることができず、ただひたすらに縛られ続ける不気味な霊が漂っていた。さらに、青年の命を執拗に狙う、得体の知れない小柄なピエロが闇から姿を現す。団地という閉鎖的な空間の中で、過去の因縁と現在の怪異が複雑に絡み合い、青年は絶体絶命の窮地に立たされる。霊が部屋に留まり続ける理由とは何なのか、そしてピエロが彼を殺そうとする目的は何なのか。悪夢の根源に隠された真実を暴き、生き残るための孤独な戦いが今始まる。現実と幻想が交錯する団地を舞台に、逃げ場のない恐怖が青年を飲み込んでいく。
共有

2

九月九日 若永団地六号棟一二三号室

 一ノ瀬浩人は新居に越して来た。新居とは言っても、誰一人として住んでいない団地にである。理由は、幼少期に悩まされた悪夢が、大人になって再び見るようになってしまったからである。

 住宅公社には、動画撮影の体裁で無理を言い、旧知の仲である古永の尽力もあり、一ヶ月限定の条件で入居出来た。

 実際に浩人は、動画投稿サイトで配信収入を得ており、数十万再生も得た知名度もあって可能となった事である。しかし、当然ながら撮影がメインではない。確かに撮影はしなければいけないが。

 入居した部屋は、かつて自身が十年以上前に住んでいた生家とも言える場所だった。当時の記憶を思い返しても、家具が全くない分印象が随分変わっていたが、柱などに幼かった自分がつけたであろう引っ掻き傷などが残っており、局所では懐かしさを感じれた。

 きっかけとなったのは、その夢である。幼少期にずっと現れ続けていて、嫌でも忘れる事が出来ない。それは、血に塗れた包帯を全身に巻いた、身長二メートルはあろうかという男。男なのだろうか、人間とは思えないオーラも感じ取れた。

 最初に現れたヤツは、どこか知らない家の廊下にて、そいつと強制対面させられると言う、シチュエーションもよく分からない状況。幼かった浩人には、とにかく怖かった記憶しかなかった。そいつは、包帯の隙間から真っ赤な血をドロっと垂らしており、包帯は辛うじて白かったと思える程血濡れている。どうやら皮膚がないのだろうか、目蓋に違和感があったのを覚えている。思い返せば、あれは目蓋がほぼなくなっていて、目が閉じないのだろう。唇はあった。何故覚えていたのか、異様な釣り上がりを見せた笑みだったからだ。それが最初の夢。

 この次は、強制対面させられた家と同じ場所で、今回は一人ではなく、何故か西洋人の、自分と同じ年頃の子供達が七、八人いた。リビングで遊んでいたであろう時に、誰かの親らしき大人の叫び声で、浩人を含めた全員がリビングの先の廊下を見る。そこは強制対面させられた廊下。そこにヤツがいた。これに全員が一斉に、何故か二階へ避難する。この時はここで目が覚めた。

 何度かこの夢を繰り返し見、気付けばヤツが現れてから半年は経っただろうか。夢の中とは言え、遂にヤツは自分の自宅にまでも現れた。

 ちょうど今いる北側、四畳半の部屋。仏壇とアップライトピアノが置かれ、実質三畳もない広さに座卓テーブルが置かれていて、その中で浩人は隠れていた。父、母、姉に隠れるようにと言われたからだ。テーブルに隠れると、何故か部屋の照明が常備灯になり、不気味な暗い暖色となった。同時に周囲の音が何も聞こえなくなった。そして、ヤツがテーブルの下に顔を覗かせて、浩人と視線を合わせてあのネットリとした笑みを浮かべたところで目を覚ました。

 これに飽き足らず何度も夢に現れ、一人で眠ることが出来なくなっていた。最後に見た夢は、地元の大型ショッピングセンターの屋上駐車場にて。家族と買い物に行った帰りのようで、車に乗り込もうとした際に、二百メートル先に異様に幅が広い戦車のような鉄の塊が鎮座していた。中央の砲手用ハッチからヤツが半身を出し、浩人を指さして何か喋っていた。

 ここで目を覚ましたが、この戦車のような物が現れたというチープさに、浩人は肩透かしを食らった。今まで苦しめていたけど、最終的にこれ?どうにも腑に落ちない気分だったのを覚えていた。

 そう思って以来、夢を見る事はなくなった。

 しかし、二十歳を回ってから、ヤツは再び現れた。大人になってから、ヤツに対して怖い、と言う

感情はそこまでなくなったが、ヤツ意外にも、よくわからない不気味なものが複数現れていた。どうにもこれには厳しい。夜も寝付けない。

 浩人は配信動画はそこそこ知名度を誇っていた。故にこんかの無茶な要望も通りやすかったと、古永に鍵を渡された際に伝えられた。だが、浩人にとっては流石にら動画ネタより悪夢の根源解決が目的だったので、特に気にしていなかった。撮影はあくまでおまけである。

 夜、日が沈み出す頃には、周囲は真っ暗で異様な雰囲気を帯びていた。いくら今いる部屋が通電しているとは言え、カーテンでも閉めないと不安になりやすい。誰か一緒に来て貰えば良かったか。浩人は少し滅入っていた。

 一ヵ月のみの滞在なので、家電などは布団にPC二台、ネット機器、撮影用カメラ、数日分の着替えとサイコロ型の冷蔵庫にカセットコンロ。洗濯に関しては、廃団地より徒歩五分圏内にコインランドリーがある為、その心配はいらなかった。食料品も昼間の時点で購入していて最低限は揃っていたが、どうにも落ち着かない。廃団地に一人でいると言うこの異様な状況である。まず誰にも経験はないだろう。

 撮影と同時進行に、自身の配信アカウントで生放送を行った。解体前提とは言え、解体完了するまでは名前の公開は御法度となっている。役所側にそう釘を刺されている。視聴者から物凄く名前や場所の詳細を求められたが、断るのに少し苦労した。まあ、これでもいい暇潰しと言うか、変な気分を紛らわす事が出来る。

 配信を終えた頃には少し眠くなりはじめ、そのまま眠る事にした。布団に入り、浩人は天井を見つめる。

「この部屋、今見たら意外に広かったんだな」

 浩人は何気なくつぶやく。外が余りにも静か過ぎる為、PCで動画サイトの音楽を連続再生させている。陽気なポップロックで、普段なら寝付けないが、ここまで静か過ぎるなら逆にちょうど良いだろう。

「・・・久しぶりね」

 声がした。浩人は慌てて飛び起きた。この部屋はおろか、このエリアには人一人いない。まさかいきなりヤツが・・・?

 否、にしては声は女の子?のようだった。そう言えば居たっけな。

「俺は初めまして、かな」

 浩人は、かつて姉と妹が居た三畳間の小部屋に向かう。引き戸は撤去されていて部屋には何もない。かつてこの中に、無理矢理詰め込んだような二段ベッドがあり、本棚と座卓テーブルがあり超狭小子供部屋だった。そこに、いた。

 十代後半ぐらいの、和装の少女がそこに居た。グレーの髪色で、薄紫の和服を着ている。一見すると美少女だが、全身が半透明になっている。どうやら生きた人間ではないようだ。

「姉貴と妹から、話だけは聞いている。俺はアンタを見れなかったからな」

 少女は懐かしそうに、少しにこやかに微笑んだ。

「お姉さんは元気?」

 少女は問う。そうだろうな、姉とは十年もの付き合いだったそうだから。

「夢叶えて看護師になったのは知ってるよな?まだちゃんと続けてるよ」

 浩人の問いに、少しホッとしたようである。

「俺がここにいる理由、わかってるよな?」

 更なる浩人の問いに、少女の顔から笑みが消えた。

「わかってる。だから、あなたに、私の知ってる事を全て話そうと思って出て来たの。私はカナメ。あなたが探している"ソレ"に殺されたの」

おすすめの作品

暗闇の中での欲望の記録 の小説カバー
8.0
高位の司祭でありセレニア人の観測者でもあるウムムカルトは、多元宇宙に潜む存在と渡り合い、多くの同盟を得ながら諸惑星を監視し続けていた。彼女は信仰を広め、時空を超えて未来を予見し、壮大な陰謀を巡らせる。しかし、ある出来事を境にすべてが一変した。ダークマルチバースの邪悪な化身、すなわち「自分自身の別側面」との死闘が幕を開けたのだ。彼女は独自の計画を練り上げるが、そこにはパンサーウーマンとの婚姻という予期せぬ事態は含まれていなかった。一方、闇が蠢き秘密が露呈し始める中、ニックスもまた調査に乗り出す。二人は合意の下で共闘するが、新たな神の出現とその策謀が立ちはだかる。関係が深まるにつれ、闇はニックスを惹きつけ、事態は古代宗教が絡む多元宇宙の支配権争いへと発展していく。もはや後戻りも救済も許されない状況下で、彼らは逃れられない欲望の深淵へと堕ちていく。陰謀と執着が交錯する中、世界の運命を揺るがす闇の記録がここに刻まれる。
魔王(の子ども)育成記録 の小説カバー
9.2
長きにわたる激闘の末、ついに世界を救った最強の勇者。しかし、倒すべき宿敵であった魔王が、息を引き取る直前に遺した最後の願いは、あまりにも意外なものだった。それは、自らの血を引く幼き子供を育ててほしいという、切実な託託であった。かつての仇敵との約束を果たすため、世界最強の力を誇る勇者は、剣を振るう戦いの日々から一転、不慣れな育児に奮闘することになる。魔王の子という宿命を背負った幼子を抱え、勇者は新たな冒険の旅へと踏み出す。血の繋がりを超えた絆、そして魔王の遺志を継ぐ子供の成長を軸に描かれる、異世界子育てファンタジー。最強の守護者として、時に厳しく、時に優しく子供を導く勇者の姿は、周囲の人間や世界にどのような影響を与えていくのか。剣と魔法が交錯する王道のアクション要素と、心温まる育成ストーリーが融合した、これまでにない新たな冒険譚が幕を開ける。勇者と魔王の子、数奇な運命に導かれた二人の行く末には、果たしてどのような未来が待ち受けているのだろうか。
幽霊妻、届かぬ愛の叫び の小説カバー
9.6
ガス爆発という悲劇的な事故で命を落としてから4年。幽霊となった私は、愛する娘・結愛を傍らで見守り続けてきた。そんなある日、私たちの前に元夫であり世界的な建築家として名を馳せる高沢遼が姿を現す。彼は私が既にこの世にいないことを知らず、結愛を「自分への復讐のために利用されている道具」だと思い込んでいた。「母親に伝えろ。金目当ての芝居はもうたくさんだ」と冷酷に言い放つ彼は、私を苦しめるためだけに親権を奪い取ろうと裁判を提起する。法廷という公の場で、彼は憎しみを剥き出しにして「あんな女、死んでも構わない」と罵声を浴びせた。その直後、幼稚園の教諭が震える声で衝撃の事実を告げる。「高沢さん、綾乃さんは4年前の事故で亡くなっているんです」と。静まり返る法廷で、これまで傲慢な態度を崩さなかった彼の表情は、絶望とともに脆くも崩れ去った。死してなお娘を想う母の魂と、あまりにも遅すぎた真実を知った男の葛藤が交錯する。
武道の神 の小説カバー
9.0
武術の実力が人々の敬意を左右するロスランド大陸において、スティーブンは周囲から「負け犬」と蔑まれる不遇な日々を送っていた。しかし、空から飛来した謎の火の玉が彼を直撃したことで、その運命は劇的な変貌を遂げる。九死に一生を得た彼が手に入れたのは、他の生物が持つ才能を自らのものとして吸収できるという、常識を超越した異能であった。圧倒的な力を手にしたスティーブンは、最愛の妹や家族を理不尽に傷つけた者たちへの復讐を開始する。かつて自分を虐げたすべての人間に「いつか必ず俺の前で膝をつかせてやる」と心に誓い、彼は過酷な戦いの道へと足を踏み出す。どん底から這い上がった男が、強大な才能を奪い取りながら武の頂点へと突き進む、壮絶な復讐と成長の物語が幕を開ける。失った尊厳を取り戻し、家族の仇を討つための孤独な旅路の果てに、彼はどのような景色を見るのか。運命に抗い、己の力で世界を屈服させるための冒険が今、ここから始まる。
殺された私、五年後の復讐 の小説カバー
9.0
凍てつくような雨が降る夜、私は愛していたはずの婚約者の手によってその命を奪われた。幼馴染でもあった彼は、一人の女への歪んだ愛のために私の家族を執拗に追い詰め、破滅へと追いやったのだ。生前の私は彼の巧妙な罠に嵌められ、世間からは婚約者に執着する惨めな女だと蔑まれ、尊厳も愛する人々もすべてを失ってしまった。なぜ、彼の犯した罪の報いを、罪のない私や家族が受けなければならなかったのか。理不尽な運命への激しい憎悪を抱いたまま絶命したはずの私は、奇跡的に五年前の誕生日へと回帰する。意識を取り戻した私の目の前にいたのは、かつて私を裏切り、まさに今、婚約破棄を突きつけようとしている彼と、その傍らで勝ち誇ったように寄り添う女の姿だった。地獄の底から這い上がった私は、二度と同じ過ちは繰り返さない。自分と家族の未来を守り抜き、彼らに正当な報いを与えるための孤独で熾烈な復讐劇が、今ここから幕を開ける。失われた時間と誇りを取り戻すため、私は冷徹な決意を胸に、偽りの愛に満ちた過去を塗り替えていく。
命の淵で愛は終わる の小説カバー
8.7
アルファであるカールの手によって私の腹部が切り裂かれ、まさに手術が始まろうとしていたその時、彼の携帯電話が激しく震えだした。通話の相手は彼の義妹。彼女は自殺を図り、死に際にもう一度だけ彼に会いたいと告げたのだ。その知らせを耳にした瞬間、カールは迷うことなくメスを放り投げ、私の執刀をアルファ・アーサーへと託して、背を向けて走り去ってしまう。手術台の上で無惨に切り開かれたまま、遠ざかっていくカールの後ろ姿を見つめる私の心臓は、まるで見えない手に握り潰されたかのような激痛に襲われた。絶望に打ちひしがれ、目から溢れ出す涙を止めることができない。そんな私の肌を、再び冷徹なメスの感触が貫いた。代わって執刀を始めたアーサーは、感情を押し殺した冷ややかな声で私に言い放つ。「何を泣いている。俺がここにいる。お前を死なせはしない」。最愛の男に見捨てられた極限の状況下で、命を繋ぐための過酷な時間が刻一刻と過ぎていく。愛が潰えた命の淵で、運命の歯車が静かに、そして残酷に回り始めた。