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絡繰人形 の小説カバー

絡繰人形

長年にわたり、執拗に繰り返される悪夢に精神を削られてきた青年。彼はその忌まわしい夢の連鎖を根本から断ち切るため、かつて少年時代を過ごした思い出の団地へと再び足を踏み入れる。期間限定の再入居という形で、過去の記憶が眠る場所へ戻った彼を待ち受けていたのは、平穏な再会ではなく、逃れられない恐怖の幕開けだった。かつて自分が住んでいた部屋には、その場所から離れることができず、ただひたすらに縛られ続ける不気味な霊が漂っていた。さらに、青年の命を執拗に狙う、得体の知れない小柄なピエロが闇から姿を現す。団地という閉鎖的な空間の中で、過去の因縁と現在の怪異が複雑に絡み合い、青年は絶体絶命の窮地に立たされる。霊が部屋に留まり続ける理由とは何なのか、そしてピエロが彼を殺そうとする目的は何なのか。悪夢の根源に隠された真実を暴き、生き残るための孤独な戦いが今始まる。現実と幻想が交錯する団地を舞台に、逃げ場のない恐怖が青年を飲み込んでいく。
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3

異様な展開だった。かつて住んでいた家に幽霊がいて、その幽霊から昔見た悪魔の事を知っていて、そいつに殺されたと言われた。余りにも情報量が多い。しかし、浩人は何か撮影とかそう言った事をしてはいけないと思い、カメラやPCには触れなかった。

「どうして戻って来たの?」

 カナメに問われる。

「最近また見るようになったんだよ、ヤツを」

「でも戻って来ちゃだめだったよ・・・」

 カナメの表情は少し沈んでいた。幽霊ってここまで感情豊かなんだろうか、初めて知った事だが、浩人はそれよりも知りたかった事は別にあった。

「ヤツの何を知ってるんだ・・・?殺されたと言ってたけど」

「この家で寝ている時に呪い殺されたの。変な夢だったけど、とにかくあいつに追いかけられて、気付いたら身体がこうなってた」

「呪いって・・・。あれにそんな力あるのか?」

 浩人の問いに、カナメは深呼吸の動作をする。死んでも生理現象はどうやらするもののようだ。

「何でこの家だけかわからないけど、ここにしか出なくて、取り憑いたら相手が衰弱死するか発狂するまで追い詰めるの。私はどちらにもならなくて、ヤツが痺れを切らして無理矢理死ぬように仕向けたようだけど。基本的には女の子にしか憑依してなかったんだけど、何故かあなたに憑いた。これがわからない」

 カナメの答えに、浩人は混乱した。俺だけじゃなかった?しかも女にしか取り憑かない?そうなると俺が異例ということか?わけがわからない。

「もうここに戻って来てしまったから、あいつは黄泉がえろうとしてる。あなたもうここから出れないよ」

 カナメはさらりと告げた。浩人は流石に聞き流せなかった。

「ちょっと待てよ、俺ここで死ぬのか?」

「このまま何でしなければあなたは死ぬだけ」

 意識が舞う。随分と非現実的な情報ばかりで浩人は目眩に襲われるが、何とか踏ん張った。

「・・・何をすればいい?」

「私ができなかった事。戦うしかない」

 随分な暴論だ。夢にしか出てこないヤツとどう戦えと?だが、

「まあ、仕方ねっか。死ぬんだけは流石に嫌だし、ましてやヤツに殺られる位ならせめて一発派手にぶん殴りてえよな」

「怖くないの・・・?」

「今となってはな!子供の時はさすがに怖かったけど、大人になった今となってはただ面倒臭いヤツなだけ。十年前と同じにされちゃ困る」

 浩人の答えに、カナメは呆気に取られた。十年前とは流石に似ても似つかなくなった浩人に、頼もしく感じつつも、少し表情を曇らせた。

「・・・だけど」

「え?」

「あなた、お姉さんと妹ちゃんより、霊力とかそう言った力が全くないの。何にも見えないでしょ?」

 浩人はカナメの質問に、色々思い当たる節を思い出した。確かに、今まで面と向かって霊を見た事がなかった。不意に視界に入る程度なら数度と言うレベルで、会話なんて全くした事がない。映像や写真で見ても、九割が偽装された物で本物と呼べる物にお目にかかった事がなかった。今こうしてカナメと会話出来ている事自体不思議だった。

「じゃあ何で霊力がすっからかんな俺があんたと話せてるんだい?」

「・・・今外を見ればわかる」

 カナメに指を差された先、浩人が昼間取り付けたカーテン。小さい頃よくここの窓辺から身を乗り出して、友達が下から遊びの誘いの声をかけられて大声で返していた懐かしの窓辺。勢い良くカーテンを引くと、その懐かしい光景が一気に吹っ飛んでしまった。

 北側になるその窓辺の光景は、同じタイプの団地棟が林立している風景だが、異様な物が加わっていた。オーロラのような光り輝く靄が一帯を薄く包み、団地の敷地外の光景が歪んでいた。絵の具の水バケツの水面模様、すぐに見つかった例えがこれだ。懐かしさなんて微塵も感じない。これに浩人は血の気が一気に引くのを感じ、すぐにカーテンを閉めた。

「・・・これって、ヤツの仕業?」

 浩人は恐る恐るカナメに聞く。頼むから違って欲しいと顔を歪ませたが、カナメは無言で頷いた。

「とにかく今晩はここから出ないで。あの人を呼びに行ってくる」

「あの人?」浩人は聞き返した。こんなところに人がいるのか?

「人間じゃないけど安心して、心強いから」

 そう答えると、カナメの姿はフェードアウトして消えた。浩人は部屋に一人取り残された。

 カナメが姿を消して数時間程、浩人は一人暇を持て余していた。何故か辛うじて携帯の電波が通じており、外に連絡する事が出来た。古永に電話して部屋の状況だけを伝えるだけに留めておいた。こう言う話になるとくどく質問攻めをして来るので、最低限の内容だけにした。その直後、恋人の大川沙希から電話が入った。

「えらく遅いじゃん、何してたの!?」

 いきなりの怒声が飛ぶ。沙希は付き合い出して二年の恋人。そろそろ結婚したいとも考えていた。

「ごめんごめん、ここに来て妙なことになってね」

 話せる範囲だけにしよう、余り心配を掛けたくない。

「その昔住んでた部屋に女の子の霊がいて、昔話してたよ」

「え、ちょっと待って、何かすんごい事さらりと言ったんだけど、ツッコミどころ軽く十個以上あるけどまず聞かせて!そのコかわいいの?」

「え!?」

 浩人は肩透かしを喰らった。幽霊と会話する、昔住んでいた取り壊し予定のアパートに住む等かなりのツッコミどころはあるのに、気になったのはそこかよ。

「ええっと、昔住んでた時には既に居てたらしいんだけど、当時俺見えてなかったし、いざ喋っても姉妹と喋ってるてか、身内と会話してる感覚だったからそこまで見てない」

「いやいやいや、面と向かって喋ったから流石に顔見てるでしょー!」

 そうだった。浩人は思い出した。行動は酷くないが、沙希は少し捻ったヤキモチ焼きだった。とにかく本人が納得する答えを言わないと電話をいつまで経っても切らない。

「そう言われてもなあー、生き別れた姉妹て感覚だったから何とも言えないよな」

「あら、彼女さんかな、やっと出来たのね」

 不意に後ろから声を掛けられ、浩人は絶叫した。その絶叫に沙希の声が携帯電話から大音声で響く。

「あ、ごめんね。こんな状況で」

 カナメは上品に微笑んで返したが浩人は思った。あ、コイツのこの時の顔がニヤケ顔なんだなと。

「もしもし、聞こえますか?」

 カナメが携帯をスピーカーモードにする。霊体なのに物に触れて、更に携帯の扱いを分かっている順応の速さに浩人は呆然とした。

「え、聞こえる!てか普通に女の子じゃないの!」

 しまった、と浩人は思った。いくらヤキモチを妬かれても、このような状況になった試しがない。

「じゃあ映像通話にしますね」

 更にカナメは映像通話モードに切り替えた。しけし、

「私が幽霊って事わかりましたか?」

 カナメが問うが、沙希は無言になってしまった。カナメの声が聞こえているのに、映像には浩人しか映っていない。

「え、ちょ!ちょっと!何なのこれ!」

 沙希が画面越しに叫んで狼狽えている。

「私はカナメと言います。浩人君が生まれる五年程前に私は死にました。以来ずっとここにいます」

カナメは画面に向かって自己紹介を続ける。まだ微笑んでいる。絶対にこの状況を楽しんでる、と浩人は確信した。

「落ち着きましたか?」

 カナメはまだ朗らかに続けていた。沙希は狼狽えてはいなかったが、カナメの声だけの状態で説明を聞かされ、更に浩人が手ぶらな上にPCの電源がついていない事も確認し、本当にカナメと言う何かが存在している事だけは理解出来た。

「ええっと、よくよく考えたら、浩人の部屋には誰もいないんだよね?」沙希の問いに、

「この部屋どころか団地全体に誰もいないよ」と浩人が返した。ところが、

「沙希さん、ここからは誤解しないで聞いて頂きたいんですが、」

 カナメが真剣な表情になる。先程の悪戯っぽい朗らかさがカケラも感じない。

「今浩人君はこの団地に、霊的な意味で閉じ込められています。今こうやって電話するのは問題ありませんが、日に日にこの周辺に瘴気が立ち込め始めていて、明日には通話出来なくなると思います。もし繋がれたとしても、絶対に通話しないで下さい。あなたもヤツの餌食になります」

 カナメは真剣に説明したが、沙希も浩人も理解出来なかった。

「え、そんなにやばいの?そこの団地」

「この団地の敷地外から見ても特に違和感はありません。ですが一度入ると障壁の様な物に阻まれて出る事が出来なくなるんです。浩人君は今その状況で、外に通じている人間にも害が及ばないとほ限りません。なので、浩人君が出れるまで電話してはいけません」

 カナメの説明に沙希も珍しく、普段見せない真剣な表情になっている。

「わかった、じゃあひとまず切るね!」

 そう言うと沙希は不意に電話ん終わらせた。

「え、まだ話途中なのに。まあちゃんと聞いてくれてたから大丈夫だといいけど」

「いや、あの反応だとアイツここに来るぞ」

 カナメが安心しようとしたのも束の間、浩人はバッサリと切り捨てる。

「え!あれだけ危ないて説明してるのに!?」

「アイツは大人しくじっとしてるようなヤツじやない。今から止めたとこでも「電話気付かなかったテヘペロ☆」て言ってこの部屋の玄関前に立ってるよ」

「嘘でしょー・・・」

 ミシッ

 ここで部屋全体が一振り揺れた。

「ちょ、何だよ今の、地震か?」

「いや、あれね」

 カナメは少し険しい顔で答える。

「かなり面倒臭いイタズラをけし掛けてくる妖怪ね」

 妖怪?浩人は更にびっくりした。幽霊だったり障壁だったり、今日一日は奇想天外である。

「南側に出て来な。大丈夫だ、すぐには手出ししねえ、挨拶だ」

 くっきりとした声が響いて来た。浩人でもカナメでもない。声は高めだが男性声のようだ。言われるがままに浩人は南側のカーテンを開く。

 南側はバルコニーとなっていて、居住していた当時は、母親がよく洗濯するのにここで家事に勤しんでいた姿を見ていた。そのバルコニーから見えるのは、荒れ放題になった裏庭があり、朽ち果てた駐輪場があった。その波打つ屋根の上に、その声の主がいた。

「俺とは初めましてだな、一ノ瀬浩人」

 蛙座りをした小柄なピエロが問いかけて来た。人にしては身長が異様に低い。更にしゃがんでいるので元々小柄なのが更に小さく見える。

「名前教えたいとこだが、人間の言葉では発音出来ねえから、とりあえず"ドリル"とでも名乗っとくぜ」

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