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契約妻は捨てられた の小説カバー

契約妻は捨てられた

実家の会社を倒産の危機から救うため、私はある条件を飲みました。それは、心を閉ざした建築家の夫と彼の幼い息子を支える「契約妻」としての五年間の生活。愛のない結婚だと分かっていても、私は家族として彼らに献身的な愛を注ぎ続けてきました。しかし、夫の心にはかつて彼を捨てた元恋人の影が常にあり、彼女の帰還によって私の居場所は無慈悲に奪われてしまいます。実の子のように育てた息子からは拒絶され、夫からは家政婦同然の扱いを受ける日々。決定的な絶望が訪れたのは、ある事故の瞬間でした。暴走する車を前に、夫が迷わず守ったのは元恋人と息子だけで、私はその場に置き去りにされたのです。地面に倒れ、遠ざかる三人の背中を見つめながら、私の五年間に及ぶ献身が無価値だったことを痛感しました。契約終了の書類に署名をし、私は静かに決意します。これまでの情愛をすべて捨て、二度と彼らの人生に関わることはないと。捨てられた契約妻の、新たな人生への歩みがここから始まります。
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芽世 POV:

朝早く, 私はベッドから抜け出した. 弘樹とは, もう何年も前から別々の寝室を使っている. 彼が美奈を連れて帰ってきてからは, それがより明確になった. 彼は美奈と一つの部屋で過ごし, 私は別の部屋で一人きりだった. 弘樹は潔癖症で, 私に触れることを嫌がった. 私が彼の服に触れることさえも, 嫌悪感を露わにした.

洗面所で顔を洗い, 身支度を整える. 鏡に映る自分の顔は, 疲れていたが, 以前のような絶望の色は消え失せていた. 私は, もうこの家を出るのだ. その事実が, 私に新たな光を与えていた.

私は家を出て, 中山博治の弁護士事務所へと向かった. 博治先輩は, 大学時代の私の先輩で, 私が最も信頼している人物の一人だ. 彼には, 私の契約結婚のことも打ち明けていた.

「芽世, こんな朝早くにどうしたんだ? 」博治先輩は, 私を見て少し驚いたようだった. しかし, 彼の顔には, いつもの優しい笑顔が浮かんでいた.

「ごめんなさい, 先輩. 急に. 」私はそう言って, 頭を下げた.

「いいんだ. 君が来てくれるのは嬉しいよ. 」彼はそう言って, 私をソファへと案内した. 「で, 何かあったのか? もしかして…契約がもうすぐ終わるから, 心細くなったとか? 」

私は, 博治先輩の言葉に苦笑した. 彼は, 私がこの契約結婚をどれだけ苦痛に思っていたかを知っている.

「心細くはありません. 」私はきっぱりと答えた. 「むしろ, 清々しています. 」

博治先輩は, 私の言葉に安心したように微笑んだ.

「それは良かった. あの契約は, 君にとってあまりにも酷なものだったからな. 」彼はそう言って, コーヒーを淹れてくれた.

「先輩, お願いがあるんです. 」私は, 博治先輩に真剣な眼差しを向けた.

「何だい? 」

「あの契約を, 完全に終わらせたいんです. 」私はそう言って, 博治先輩の顔を見つめた.

博治先輩は, 私の言葉に一瞬, 驚いたような顔をした. しかし, すぐに私の意図を察したようだった.

「…離婚届, かい? 」彼の声には, 僅かな戸惑いが混じっていた.

私は, 何も言わなかった. ただ, 深く頷いた.

博治先輩は, 私の顔をじっと見つめた. 彼の目は, 私の心の奥底を見透かすかのように, 優しい光を放っていた. 私の心に, 深い悲しみが込み上げてくる. しかし, もう, この感情に囚われてはいられない.

「分かった. 君の意思を尊重する. 」博治先輩はそう言って, パソコンに向かった. 「他に, 何か必要なものはないか? 」

「ありません. 」私はきっぱりと答えた. 「ただ, 二度と彼らと関わることのないように, 完璧に, 終わらせたいんです. 」

博治先輩は, 私の言葉に何も言わず, ただ黙々と書類を作成していった. 彼の指がキーボードを叩く音が, 静かな事務所に響き渡る.

数分後, 博治先輩は私に書類を差し出した. それは, 離婚届と, いくつかの法的な書類だった. 私は, 震える手でそれを受け取った.

「これは, 君が本当に望むことなんだな? 」博治先輩は, もう一度私に確認するように尋ねた.

「はい. 」私の声は, 自分が思っていたよりもずっと力強かった.

私は書類を受け取ると, すぐに立ち上がった. 一刻も早く, この場所から立ち去りたかった.

「芽世, 無理はするなよ. 」博治先輩は, 私の背中に優しく声をかけた. 「何かあったら, いつでも連絡してくれ. 」

「ありがとうございます, 先輩. 」私はそう言って, 事務所のドアを開けた.

「君には, 必ず幸せが訪れるさ. 」博治先輩の声が, 私の背中を追いかけてきた.

私はその言葉に, わずかに口元を緩めた. 幸せ. 私には, まだそんなものが訪れるのだろうか.

深夜, 私は星野家へと戻った. リビングには誰もいなかった. 私が夜食として用意しておいたサンドイッチは, 手付かずのままテーブルの上に置かれていた. 美奈が来てからというもの, 弘樹と陽は, 私が作った食事には一切手をつけなくなった. 私の存在は, この家の中で, 完全に消え失せていた.

私は, 冷たくなったサンドイッチを電子レンジで温め直した. 温かいサンドイッチを口に運びながら, 私は弘樹に電話をかけた. 彼の寝室のドアを直接叩くことは, 彼に許されていなかった. 彼のプライバシーは, 私よりも優先されるべきものなのだ.

「弘樹さん, 朝食の準備ができました. 」私は, 弘樹の電話が繋がると, そう伝えた.

しかし, 電話の向こうから聞こえてきたのは, 弘樹の声ではなかった. それは, 美奈の声だった.

「あら, 芽世さん. どうしたの? 」美奈の声は, 寝起き特有の甘ったるい響きを帯びていた. 「弘樹さんは, まだ寝ているわよ. 」

私の心臓が, 一瞬止まったかのように感じた. 美奈は, 弘樹の寝室にいる. そして, 彼女の声は, まるで彼女が弘樹の妻であるかのように, 私に語りかけていた.

「美奈さん, どうして弘樹さんの寝室に…」私は, 自分の声が震えていることに気づいた.

美奈は, 私の言葉に, 嘲るように笑った.

「あら, 忘れたの? 昨日の夜, 弘樹さん, 私にここに泊まってほしいって言ったのよ. 陽くんも, 美奈おばちゃんと一緒に寝たいって, 聞かなかったんだから. 」美奈の声には, 勝ち誇ったような響きがあった.

私の顔から, 血の気が引いていく. 私は, 何も言えなかった.

その時, 電話の向こうから, 弘樹の声が聞こえてきた.

「誰だ, 朝から騒がしい. 」弘樹の声は, 不機嫌そうだった.

「弘樹さん, 美奈おばちゃんが電話してるよ! 」陽の声が, 弘樹の声に重なるように, 電話の向こうから聞こえてきた.

私の手に持っていたスマートフォンが, 震え始めた. 私は, 目の前の現実を, 受け止めることができなかった.

「弘樹さん…」私は, か細い声でそう言った.

「ああ, 芽世か. 」弘樹の声は, まだ不機嫌そうだった. 「何か用か? 」

「朝食の準備ができました. 」私は, そう言って, 電話を切った.

私の心は, 完全に砕け散っていた. 弘樹は, 美奈と陽と, 同じベッドで寝ていたのだ. 私という妻がありながら, 彼は美奈を自分の寝室に招き入れ, そして陽もそこにいた.

私は, 弘樹の寝室のドアの前に立ち尽くした. 私の目には, 涙が溢れていた. 弘樹の寝室から漏れ聞こえる, 美奈と陽の楽しそうな笑い声が, 私の胸を深く抉った.

私は, 自分がどれだけ愚かだったのかを思い知らされた. 彼らは, 最初から私を「家族」として見てなどいなかったのだ. 私は, ただの契約上の妻. 彼らの都合の良い道具に過ぎなかった.

私は, もう, 彼らに何の期待も抱かない. 私は, ただ, この契約が終わり, この家から解放されることを願うだけだ.

「もうすぐだ. 」私は, 心の中で, そう呟いた.

しばらくして, 弘樹と美奈, そして陽がリビングへと降りてきた. 彼らの顔には, 幸福な寝起きの表情が浮かんでいた. しかし, 私の心は, 冷え切っていた.

「わあ, 美味しそう! 」陽は, テーブルに並べられた朝食を見て, 目を輝かせた.

弘樹は, 私の顔を見ることもなく, テーブルに着いた. 美奈は, 弘樹の隣に座り, 陽の頭を優しく撫でている.

「陽, 今日の朝食はサンドイッチだよ. 」私は, そう言って, 陽にサンドイッチを差し出した.

陽は, 私の差し出したサンドイッチを一瞥し, 顔をしかめた.

「陽, サンドイッチは嫌だ! 美奈おばちゃんが作ってくれたオムライスがいい! 」陽は, そう言って, 美奈の方を向いた.

美奈は, 陽の言葉に満面の笑みを浮かべた.

「あら, 陽くん. 美奈おばちゃん, オムライスは作ってあげられなくてごめんね. 」美奈はそう言って, 陽の頭を優しく撫でた.

「陽, 我儘を言うな. サンドイッチでも食べられるだろう. 」弘樹は, 陽にそう言った. しかし, その声は, 陽を咎めるというよりも, 諭すような響きだった.

「嫌だ! 陽, オムライスがいい! 美奈おばちゃんのオムライスがいい! 」陽は, そう言って, テーブルを叩いた.

美奈は, 陽の言葉に, 困ったような顔をして弘樹を見上げた.

「弘樹さん, 陽くんがこんなにオムライスを食べたいって言っているわ. 作ってあげられないかしら? 」美奈は, 弘樹に甘えるような声でそう言った.

弘樹は, 美奈の言葉に, わずかに眉をひそめた. しかし, すぐに美奈の方を向いた.

「芽世, 陽にオムライスを作ってやってくれないか. 」弘樹の声は, 私に命令するような響きを帯びていた.

私の心臓が, 一瞬止まったかのように感じた. 私がどれだけ陽のために尽くしても, 私の料理は嫌がられ, 美奈の言葉一つで, 彼は私に命令する.

「嫌です. 」私は, きっぱりと言い放った.

弘樹の顔に, 驚きの表情が浮かんだ. 彼は, 私が彼の命令を拒否するとは思っていなかったのだろう.

「何を言っているんだ. 陽が食べたいと言っているだろう. 」弘樹の声には, 苛立ちが混じっていた.

「陽が食べたいのなら, 美奈さんが作ってあげれば良いのではありませんか. 」私は, 冷ややかな声でそう言った. 「美奈さんは, 弘樹さんにとって, そして陽にとって, 最も大切な人なのでしょう? 」

弘樹は, 私の言葉に何も言えなかった. 彼の虚ろな瞳が, 大きく揺れていた.

「それとも, ご自分で作ったらどうですか. 」私はそう言って, 弘樹と美奈の顔を交互に見た. 「いらないなら, 捨ててしまえばいい. 私はもう, あなたたちのために料理を作る気はありません. 」

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