
婚約破棄された私とIT社長の愛
章 3
藤巻光恵 POV:
正弘との慰謝料とマンションの件は, 弁護士を立てて粛々と進めた. 彼からの電話やメッセージは全て着信拒否にし, 私の生活から完全に彼を排除した. まるで, 彼が存在しなかったかのように.
数週間後, 正弘から非通知で電話がかかってきた.
「みっちゃん, お願いだ. もう一度話してくれ. 萌葉が, 今度は本当に大変なんだ」
彼の声には焦りがにじんでいた.
「今度は何? 」
私の声は, 感情を一切含まない無機質なものだった.
「萌葉が, その, 妊娠したって言い出して. でも, 相手が誰だか分からないって... . 俺は, 彼女を放っておけないんだ」
彼の言葉に, 私の心は微塵も揺らがなかった. むしろ, 呆れと嫌悪感が込み上げた.
「それが, 私と何の関係があるの? 」
私は冷たく言い放った.
「みっちゃん, 頼む. 俺のそばにいてくれ. お前しかいないんだ」
彼の声は, 懇願に変わっていた.
「今更, そんなことを言われても困るわ. あなたは, いつも萌葉ちゃんを優先した. 私を, 何番目だと思っていたの? 」
私の言葉に, 正弘は何も言えなくなった.
「萌葉ちゃんは, あなたの妹でしょう? あなたが守ってあげたらいい. 私は, もうあなたとは関係ない」
私は一方的に電話を切った.
電話を切った後も, 彼の声が耳の奥でこだましていた.
「お前しかいない」?
そんな都合のいい言葉に, もう騙されない.
彼の言葉は, 私を捕まえるための甘い罠だ.
私は, もう二度と, その罠にはかからない.
私は, 正弘との思い出の品を全て処分し始めた.
彼がくれたブランドバッグ. 二人で選んだペアカップ.
全てが, 私の視界に入ると吐き気がした.
ゴミ袋に詰め込み, まとめて玄関の外に出した.
婚約指輪も, その一つだ.
キラキラと輝くダイヤモンドは, 私と正弘の「永遠の愛」を象徴していたはずだ.
だが, 今となっては, ただの重い石でしかない.
私はそれを, 躊躇なく引き出しの奥にしまい込んだ.
いつか, 質屋にでも持って行こう.
作業中, 身体に異変を感じた.
吐き気と, 激しい目眩.
無理もない. この数週間, 私はまともに食事も睡眠もとっていなかった.
正弘との決別は, 思った以上に私の心と身体を蝕んでいたようだ.
私は, 床にへたり込んだ.
「大丈夫, 大丈夫」
自分に言い聞かせたが, 震えが止まらない.
意識が遠のいていくのを感じた.
次に目を覚ました時, 私は病院のベッドにいた.
見慣れない天井. 点滴のチューブ.
「みっちゃん! 目が覚めたか! 」
隣にいたのは, 正弘だった.
どうして彼がここに? 意識が朦朧としていた私の頭は, 状況を理解できなかった.
「何で, あなたがここにいるの? 」
私の声は, 掠れていた.
「俺が救急車を呼んだんだ. 連絡が取れないから心配になって, 家に行ったんだよ. そしたら, お前が意識を失って倒れてて…」
彼の目は, 心底心配しているように見えた.
「大丈夫だよ. もう, 何も心配いらないから」
彼は私の手を握ろうとした.
私は, その手を強く振り払った.
「触らないで」
私の言葉に, 彼の顔から血の気が引いた.
「どうして, 私が倒れた時に, あなたは萌葉ちゃんのところにいたの? もし, 私があのまま死んでいたら, あなたは萌葉ちゃんのことを優先したままで, 私を見つけることさえなかったでしょう? 」
私の問いに, 彼は何も答えられなかった.
「俺は, ただ…」
彼は言葉を探しているようだった.
「言い訳はいらない. あなたが, どれだけ私を軽視していたか, よく分かったわ」
その時, 病室のドアが開き, 萌葉が顔を出した.
「お兄ちゃん, 遅いよー. 萌葉, 寂しかったんだから! 」
彼女は, 正弘の姿を見つけると, 甘えた声で駆け寄ってきた.
正弘は, 一瞬怯んだように見えたが, すぐに私の視線を避けて, 萌葉の方を向いた.
「萌葉, 心配かけたな. 大丈夫か? 」
彼は, 萌葉の頭を優しく撫でた.
その光景を見て, 私の心は完全に冷え切った.
もう, 何の感情も湧き上がってこない.
「正弘, 出て行って. あなたの顔なんて, 二度と見たくない」
私の言葉は, 病室に響き渡った.
正弘は, 驚いた顔で私を見た.
萌葉は, 勝利を確信したような表情で, 私のことを見下ろしている.
「みっちゃん, そんなこと言うなよ. 俺は, お前を心配して…」
「嘘つき. あなたは, 私のことなんて一度も心配したことない. あなたが心配するのは, いつも自分と, 萌葉ちゃんだけだ」
私は, 限界だった.
「お兄ちゃん, 早く行こうよ. 萌葉, お腹空いた」
萌葉が, 正弘の腕を引っ張る.
正弘は, 私に振り返ることなく, 萌葉と一緒に病室を出て行った.
彼の背中は, 私から遠ざかるほど, 小さく, そして情けなく見えた.
病室に一人残された私は, 深く息を吐いた.
苦しい.
しかし, これで本当に終わりだ.
もう, 二度と, 彼らのために私の感情を揺さぶられることはない.
私の心は, 完全に自由になった.
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