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裏切りの夫を捨てて復讐の華となる の小説カバー

裏切りの夫を捨てて復讐の華となる

夫の資産管理を行うため、区役所を訪れた私は衝撃の事実を突きつけられる。窓口で告げられたのは、自分が「未婚」であるという現実だった。三年前の婚姻届は受理されておらず、夫の戸籍に妻として記されていたのは、信頼していた親友の名だった。彼女はすでに夫の子を身籠り、義父母までもが結託して私を欺き続けていたのだ。私はこの三年間、佐藤家の体面を守るための無償の家政婦として利用され、心血を注いだ事業の資産さえ奪われようとしていた。信じた人生がすべて虚構だったと知り、絶望と怒りに震える私の元へ、財界の重鎮から一本の電話が入る。提示されたのは、彼の孫との結婚という驚くべき提案だった。その強力な後ろ盾を得る道を選んだ私は、溢れる涙を拭い去り、完璧な妻の仮面を被り直す。自分を裏切り、尊厳を弄んだ者たちへ冷徹な復讐を果たすため、私は決然とした足取りで偽りに満ちた家へと引き返した。
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「三百十二番の番号札をお持ちのお客様、三番窓口までお越しください」

無機質なアナウンスが、ざわめきに満ちた区役所のロビーに響き渡る。遠藤静恵は弾かれたように顔を上げた。電光掲示板に表示された「312」の数字が、まるで祝福の光のように見えた。

夫である佐藤健吾の個人資産を管理する信託の手続き。そのために必要な、彼の戸籍謄本を取りに来たのだ。結婚して三年、ようやく佐藤家の資産管理の一部を任される。それは、静恵がこの家の一員として、そして健吾の妻として、完全に認められた証のように思えた。胸の奥から、じわりと温かい誇りが込み上げてくる。

「失礼します」

静恵は、上品な微笑みを浮かべて三番窓口の前に立った。職員の鈴木恵美と名札にある女性が、どうぞ、と手で促す。

「戸籍謄本をいただきたいのですが。夫の情報も記載されたものでお願いします」

身分証明書を差し出しながら、静恵は淀みなく告げた。鈴木はそれを受け取ると、慣れた手つきでキーボードを叩き始めた。カタカタと軽快な音が数秒続いた後、ぴたりと止まる。

鈴木が眉をひそめ、画面を食い入るように見つめている。指が再びキーボードの上を彷徨い、何かを確認するように数回、同じキーを叩いた。

「お客様、申し訳ございません。システムにエラーが表示されるのですが……」

「まあ。同姓同名の方と間違えられているのかもしれませんわね」

静恵は落ち着いて、夫のフルネームと生年月日をはっきりと伝えた。佐藤健吾、昭和六十年十二月二十四日生まれ。クリスマスイブに生まれたことを、彼は少しだけ自慢げに話していた。

しかし、鈴木の表情は晴れない。それどころか、ますます困惑の色を深めている。

「……遠藤様。システムによりますと、お客様は現在、未婚となっております」

「え?」

空気が凍りついた。静恵の耳には、その言葉が遠い国の知らない言語のように響いた。

「ご冗談でしょう?三年前の四月十日に、こちらの区役所に婚姻届を提出いたしました。間違いありませんわ」

あの日のことを、鮮明に覚えている。桜が満開の、穏やかな春の日だった。仕事でどうしても手が離せない静恵に代わって、健吾が「僕が提出しておくよ」と、二人の名前が記された婚姻届を大切そうに受け取ってくれた。

鈴木は申し訳なさそうに首を振り、過去の記録を検索し始めた。そして、静恵に残酷な事実を告げた。

「三年前のその日、遠藤静恵様からの婚姻届が受理された記録は……ございません」

視界がぐにゃりと歪む。立っているのがやっとで、カウンターの縁に思わず手をついた。心臓が氷の塊になったように冷え、全身の血が引いていくのがわかった。

嘘よ。何かの間違いだわ。

「では……佐藤健吾の戸籍を、確認していただけますか」

かろうじて絞り出した声は、自分でも驚くほどにかすれていた。個人情報保護の観点から、それはできない、と鈴木は顔を曇らせる。

静恵は必死だった。スマートフォンのロックを解除し、待ち受け画面を見せる。先週撮ったばかりの、結婚三周年を祝うツーショット写真だ。幸せそうに微笑む自分が、ひどく滑稽に見えた。

写真の中の二人の姿に、鈴木は何かを察したのだろう。深くため息をつくと、規則を破ることを決心したように、声を潜めてこう言った。

「……佐藤健吾様は、ご結婚されています。ですが……その、お相手のお名前は、遠藤静恵様では……ありません」

頭を鈍器で殴られたような衝撃。

静恵はよろめきながら窓口を離れた。周りの人々の声も、役所の喧騒も、何も聞こえない。耳鳴りだけが、頭の中でキーンと鳴り響いている。

その時、ポケットの中でスマートフォンが震えた。

ディスプレイに表示されたのは、見知らぬアカウントからのメッセージ通知。親友である、栗山亜矢からのものだった。彼女は時々、こうしてふざけて別のアカウントから連絡してくることがあった。

「静恵、これ見て!」

メッセージには、動画のリンクが一つだけ添付されていた。

緊張で震える指で、リンクをタップする。数秒の読み込み時間が、永遠のように長く感じられた。

やがて、画面が明るくなる。

そこに映っていたのは、高級レストランの個室。静恵が、健吾との三周年の記念日のために予約していた、あのレストランだった。

そして、カメラがテーブルの上の二人を捉える。

健吾が、目の前の女性の左手薬指に、ダイヤモンドの指輪をゆっくりとはめているところだった。

その女性の顔を、静恵は見間違えるはずもなかった。

栗山亜矢。

静恵の、たった一人の親友。

呼吸が止まった。

動画の中の亜矢は、はにかみながら健吾の胸に寄り添う。健吾は亜矢の額に優しくキスをし、こう言った。

「亜矢、長かったね。これでやっと、君にちゃんとした名分をあげられる」

二人の手が、固く重なり合う。

その瞬間、巨大な裏切りの塊が胃の底からせり上がってきて、静恵は思わず口元を押さえた。吐き気がする。

胸が苦しくて、息ができない。大きく喘ぐ静恵の姿に、周りの市民が奇異の目を向けるが、もはやそんなことはどうでもよかった。

動画を、もう一度よく見る。

亜矢の手首で、きらりと光るものがあった。

それは、静恵が一年前に失くして、ずっと探していたカルティエのブレスレットだった。

パズルのピースが、一気にはまっていく。

この三年間、亜矢がやたらと佐藤家に遊びに来たこと。健吾が「急な残業だ」と言って、帰りが遅くなる日が頻繁にあったこと。すべてが、この瞬間のために仕組まれた、壮大な嘘だったのだ。

静恵はスマートフォンを握りしめた。指の関節が白くなるほど、強く。

涙が、眼球の縁で必死に堪えられていた。ここで泣いてはいけない。こんな場所で、無様な姿を晒すわけにはいかない。

再び、スマートフォンが震えた。健吾からのメッセージだ。

「ごめん、今夜も急な仕事が入った。夕食は先に食べていて」

画面に表示された偽りの優しさに、静恵の唇から乾いた冷笑が漏れた。

返信はしなかった。

代わりに、静恵は電話帳を開き、ある番号を探し出した。懇意にしている、私立探偵の番号だ。

コール音が二回鳴ったところで、相手が出た。

『……私だ』

努めて冷静に、しかし怒りで震える声を押し殺して、静恵は言った。

『佐藤健吾と、栗山亜矢の法的な関係を、今すぐ調べて。一刻も早く』

電話を切ると、静恵は区役所の天井の、目に痛いほどの白い蛍光灯を見上げた。

今日まで信じてきた人生が、足元からガラガラと音を立てて崩れていく。

佐藤家での三年間。

良き妻、良き嫁であろうと、身を粉にして尽くしてきた日々。

それは結局、ただの無料の家政婦であり、彼らの醜聞を隠すための、都合のいい隠れ蓑でしかなかったのだ。

静恵は深く、深く息を吸った。

そして、バッグから取り出した信託手続きの書類を、何の躊躇もなく、ビリビリと細かく引き裂いた。紙の破片が、まるで散りゆく桜の花びらのように、ゴミ箱の中へと舞い落ちる。

乱れたスカートの裾を直し、乾いた目尻を指で拭う。

鏡に映る自分の瞳は、もはや迷いや悲しみではなく、氷のように冷たい、鋭い光を宿していた。

静恵は背筋を伸ばし、区役所の重いガラスの扉を押し開けた。

東京の街に降り注ぐ、刺すような日差しの中へ。

あの嘘つきたちが待つ、偽りの我が家へ。

静恵は、決然と一歩を踏み出した。

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