
七年愛した彼の裏切り
章 3
「蓮美, 貴方は少し冷静になるべきだ. 貴江は, ただのクライアントだ. 彼女の息子は, 私の責任だ. 貴方は, 少し嫉妬しすぎている」
智史は, 私にそう言い残し, 貴江の元へと駆けつけていった. 彼の声には, 私への配慮も, 私への愛情も感じられない.
私は, 智史の背中を見つめていた. 彼の言葉は, 私の心を深く抉った. 彼は, 私を愛していると, そう言っていたはずなのに.
私の心は, 痛みと絶望で, まるで凍り付いてしまったかのようだった.
窓の外は, 激しい雨が降っていた. 雷鳴が轟き, 稲妻が空を切り裂く. 私の心の中も, まるで嵐が吹き荒れているようだった.
スマートフォンの画面に, 貴江からのメッセージが表示された. 私は, それが私をさらに傷つける言葉だと分かっていた. しかし, 私の指は, 無意識のうちに, メッセージを開いていた.
「蓮美さん, 夏目先生は, 貴方なんかよりも, 私の方が大切なんです. 彼は, 私と息子のために, 家を設計してくれたんですよ? 貴方には, そんなことしてくれました? 」
貴江の言葉は, 私を嘲るかのように, 冷たく響いた. 私の胸は, まるで燃え盛る炎のように熱くなった.
「貴方は, 夏目先生に, 愛されていると, そう思っていたのでしょう? 馬鹿ね. 彼は, 私のためなら, どんなことでもしてくれるのよ」
そして, 貴江から, もう一つのメッセージが届いた. それは, 音声メッセージだった. 私は, 震える指で, 再生ボタンを押した.
音声メッセージから聞こえてきたのは, 智史の声だった. 彼は, あの優しい声で, 子守唄を歌っていた. その子守唄は, 私がかつて, 彼に歌ってほしいと願った, あの歌だった.
私の心は, まるでナイフで突き刺されたかのように痛んだ. 智史は, あの歌を, 私ではなく, 貴江の息子に歌って聞かせていたのだ.
その瞬間, 私の心の中で, 何かが, 音を立てて砕け散る感覚がした. 私の目から, 涙が溢れ出した.
私は, その場で, 崩れ落ちた. 私の全身から, 力が抜けていく. 私の心は, もうすでに, 泥と血にまみれてしまった.
私は, その日, 産婦人科を予約した.
この子を, こんな泥だらけの人生に巻き込むわけにはいかない. 智史と貴江, この二人の裏切りによって, 私の心は, もうすでに, 死んでしまった.
私は, 荷物をまとめた. 智史との思い出の品は, すべて捨てた. もう, 彼の存在を, 私の人生から, 完全に消し去るのだ.
智史から, 電話がかかってきた. 彼の声は, 少しだけ焦っていた.
「蓮美, どこにいるんだ? 貴江が, 貴方が行方不明だと, 心配しているぞ」
貴江? 彼は, 私を心配しているのではなく, 貴江を心配しているのだ. 私の心は, さらに冷え込んだ.
「私は, 今, 実家にいます. しばらく, 一人になりたいので, 連絡はしないでください」
私の声は, 冷たく, そして乾いていた.
「なに? 実家? すまない, 貴江のことがあって, 少し君に構ってやれなかった. すぐに迎えに行くから, そこで待っていてくれ」
智史の声には, 私に対する愛情ではなく, 私をコントロールしようとする, 冷たい理性が込められていた.
私は, 鼻で笑って, 電話を切った. もう, 彼の言葉を信じることはできなかった.
「蓮美, 子供のための教育機関を, いくつか見ておかない? 」
千夏から, メッセージが届いた. 私は, 自分の腹部に手を当てた. そこには, 小さな命が宿っている.
私は, 千夏に返信した.
「うん, 分かった. 気分転換に, 行ってみようかな」
私は, 子供のための教育機関へと向かった. 私の心は, 虚ろだった. この子が, 生まれてくることはないのだ.
私が教育機関のロビーに足を踏み入れた瞬間, 私の目に飛び込んできたのは, 信じられない光景だった.
智史と貴江が, まるで本物の夫婦のように, 幼い男の子の手を引いて, 楽しそうに笑い合っている.
智史は, 貴江の肩を抱き, 貴江は智史の腕にそっと手を添えていた. 彼らの笑顔は, 私が見たこともないほど, 親密で, そして幸せそうだった.
私の心臓は, まるで氷の塊を飲み込んだかのように冷たくなった. 私の体は, その場に固まってしまった.
その瞬間, 私は, 智史の奇妙な習慣を思い出した. 彼は, いつも, 左手の薬指に指輪をはめていた. それは, 私の婚約指輪とは別の, シンプルなシルバーリングだった. 私がその指輪について尋ねると, 彼はいつも「仕事用だ」と答えていた.
しかし, 今, 貴江の左手の薬指には, 智史と同じデザインのシルバーリングが輝いていた.
私は, 智史が, この指輪を, 貴江とのペアリングとして身につけていたのだと, 悟った.
私の心臓は, まるで, 誰かに強く握りつぶされたかのように痛んだ. 私は, その場で, 膝から崩れ落ちそうになった.
私は, ゆっくりと, 貴江のそばへと近づいた. 彼女のバッグが, 無造作に置かれていた. 私は, その中から, 貴江の手帳をそっと抜き取った.
手帳には, 智史の名前が, 何度も何度も書き込まれていた. そして, 智史が, 貴江の息子に高額な教育費を支払い, 毎週, 教育機関に付き添っていることが, 詳細に記されていた.
私の全身から, 力が抜けていくのを感じた. 私は, もう何も感じなかった.
「お客様, 何かお探しですか? 」
教育機関の受付の女性が, 私に優しく声をかけてきた. 彼女の顔には, 私を心配するような表情が浮かんでいた.
私は, ゆっくりと首を横に振った. 私の口から, か細い声が漏れた.
「私, 妊娠しているんです. この子のために, 良い教育機関を探しているんですが... 」
私の言葉に, 受付の女性は, にこやかに微笑んだ.
「まあ, おめでとうございます! それでしたら, この産後ケアセンターがお勧めですよ. 当教育機関と提携しているんです. 特に, VIPのお客様には, 特別なプランもご用意しております」
受付の女性は, そう言って, 智史と貴江の方を指差した.
「あちらの夏目様ご夫婦は, 当教育機関のVIPのお客様でいらっしゃいます. 奥様も, あちらの産後ケアセンターをご利用になる予定なんですよ」
夏目様ご夫婦? 奥様?
私の心臓は, まるで, 誰かに強く握りつぶされたかのように痛んだ. 私は, 受付の女性の言葉に, 何も反応することができなかった.
「奥様は, 夏目先生の奥様でいらっしゃいますから, もちろんVIP扱いですよ. 特別なマッサージや, 栄養満点の食事も, すべて無料で提供されるんです」
受付の女性は, 智史と貴江の顔を見つめ, にこやかに微笑んだ.
私の心は, まるで, 深い闇の中に突き落とされたかのように, 真っ暗になった. 智史は, 私に「金杯は, 私たち二人の愛の証だ」と, そう言っていたはずなのに.
あの時, 智史が, 私の漆器職人としての作品を床に叩きつけた理由が, 今, ようやく理解できた. 彼は, 私との愛の証など, 最初から存在しないと, そう思っていたのだ.
私は, その場で, 膝から崩れ落ちそうになった. 私の脳裏には, 智史と貴江の, 親密な笑顔が, 鮮明に焼き付いていた.
私は, ゆっくりと, その場を後にした. 私の全身から, 力が抜けていく. 私の心は, もう何も感じなかった.
私は, そのまま, 産後ケアセンターへと向かった. 私の心は, 虚ろだった.
智史から, 電話がかかってきた. 彼の声は, 弾んでいた.
「蓮美! どこにいるんだ? 貴江の体調が, 少し良くなった. 今から, 貴女を迎えに行くから, そこで待っていてくれ」
彼の声は, 私に対する配慮も, 私への愛情も感じられなかった. あるのは, ただ, 彼自身の都合だけだった.
私は, 何も答えることができなかった. 私の口は, まるで凍り付いてしまったかのように, 開かなかった.
私の視線は, 産後ケアセンターのロビーに設置された, 大型テレビに吸い寄せられた. そこには, 智史と貴江が, 楽しそうに笑い合っている映像が流れていた.
おすすめの作品





