
余命宣告、彼との終焉
章 2
(桜庭杏樹 POV)
私は春斗の肩を掴み, 力任せに揺さぶった. 「春斗! 起きなさい! 」彼の寝ぼけた目がやっと開くと, 私はルームキーを目の前に突きつけた. 「これは何? 」
彼は目を細め, 私の手のひらのルームキーをぼんやりと見た. それから, 迷惑そうな顔で私を睨んだ. 「何だよ, 朝っぱらから. 知らないって. 」
「知らない? 」私は冷笑した. 彼の態度が, 私の怒りに油を注ぐ. 私は彼にもう一度, ルームキーを突きつけた. 口紅の跡が, 薄暗い部屋の中でもはっきりと見て取れた.
彼は一瞬, 顔色を変えたが, すぐに舌打ちをして, 私の手からルームキーをひったくった. そして, ベッドサイドのゴミ箱に投げ捨てた. 「こんなもの, どうでもいいだろ. 」
「ああ, これか. 昨日, 打ち上げで泊まったホテルのだよ」彼はまるで, それが何でもないかのように言った. 「誰かの忘れ物だったんだろ. 俺が持ってただけじゃん. 」
彼は再び, 私を抱きしめようと腕を伸ばしてきた. 「もう, いいだろ. こんなことで怒るなよ, あんじゅ. 俺が一番好きなのは, お前なんだから. 」
私は彼の腕を振り払い, 何も言わずに自分の毛布と枕を抱え, 寝室を出た. もう, この部屋で彼と一緒に眠ることはできない.
次に彼が目を覚ましたのは, 夜になってからだった. 私が会社から帰宅すると, リビングで彼はぼんやりと座っていた. 彼の顔には, まだ寝跡が残っていた.
「話せる? 」私は感情を押し殺した声で尋ねた. もうこれ以上, 曖昧な関係を続けるつもりはなかった.
彼は重い溜息をつき, ソファに深く座り直した. そして, 渋々といった様子で頷いた. 「... ああ, いいよ. 」
「私たちの関係を, 公表してほしい」私は切り出した. 長年, 影で彼を支え, 隠れて付き合ってきた. もう, そのことにうんざりしていた. 「もう限界なの. 」
私の言葉を聞くと, 彼は突然, 猛り狂ったように立ち上がった. まるで, 尻尾を踏まれた猫のように, 彼は激昂した. 「はぁ! ? 何を言ってるんだ! ? 」
「今, 俺はまさにブレイク寸前なんだぞ! 」彼の声は, 怒りで震えていた. 「こんな時期に, お前との関係なんか公表できるわけないだろ! 俺のキャリアがどうなるか, わかってるのか! ? 」
「これまで, 俺がどれだけ苦労して, 必死に頑張ってきたと思ってるんだ! 」彼は感情的に叫んだ. 「全部が台無しになる! もう二度と, そんなこと言うな! 」
私は理解できなかった. どうして, 彼は他の女性とのスキャンダルは許容できるのに, 私との関係だけは公表できないのか.
「あれは仕事だ! 」彼は苛立ったように言った. 「ドラマのプロモーションとか, そういうの! お前とは違うんだ! 」
「わかった, わかったから」彼は, 急にトーンを落とし, 私をなだめるように言った. 「あと二年だけ待ってくれ. 二年後には, 必ず公表する. だから, それまでもう少しだけ我慢してくれ. 」
「二年... 」私は呟いた. 私の口から出かかった言葉, 「私には, もう二年もないかもしれない」という真実を, しかし私は飲み込んだ.
「なんだよ, たかが二年だろ? 」彼は軽く笑った. 「一年延びたって, どうってことないだろ. あんじゅだって, 俺の成功を望んでるんだろ? 」
彼は私の手を取り, 自分の胸に当てた. 「信じてくれ, あんじゅ. 俺は誓う. 必ず, お前を幸せにする. だから, 待っててくれ. 」
言いたいことは山ほどあった. しかし, 彼の言葉を聞いて, 私は何も言えなくなった. ただ彼の背中を見送るしかできなかった. 彼は, 私を振り向くこともなく, 再び仕事へと向かっていった.
彼はその家で, 二, 三日を過ごした. 私の顔色を伺いながらも, どこか落ち着かない様子だった. そして, すぐにまた, 多忙な仕事へと戻っていった.
彼がまた家を空けて数日後, スマートフォンにメッセージが届いた. 「今度, 現場に来ないか? 差し入れでも持ってさ. 」
彼のメッセージを読み終え, 私は唇を噛み締めた. そして, すぐさま秘書に指示を出した. 「梅田凛香の身辺を調べてくれる? できるだけ詳しく. 」
秘書が調査を始める前に, 意外なことが起こった. 私のSNSに, 梅田凛香から直接, 友達申請が送られてきたのだ.
申請と一緒に送られてきたメッセージには, 「春斗の彼女の凛香です. よろしくね」と書かれていた. 彼女の堂々とした態度に, 私の心臓が冷たくなった.
私は迷わず, その友達申請を承認した. 正面から彼女と向き合う時が来た. 彼女が何を知っていて, 何を企んでいるのか, 直接知る必要があった.
承認した途端, 彼女から大量の写真が送られてきた. どれもこれも, 春斗とのツーショット. 抱き合っているもの, キスしているもの, そして--.
その中に, 彼が眠っている写真があった. 無防備な寝顔. まるで, 彼が私の隣で眠っているかのような, 親密な一枚. 私の視界が歪んだ.
「彼はね, 本当に愛してるのは私だけなの」彼女からのメッセージが, 私の目の前で光る. 「あなたなんか, もうとっくに飽きてるわ. 」
「あなたなんて, ただの便利な金づるでしょ? 」彼女はさらに続けた. 「もう用済みよ. 邪魔しないでくれる? 」
私の手は, 小刻みに震えていた. スマートフォンの冷たい感触が, 手のひらから滑り落ちそうになるのを必死で耐えた.
私が彼に捧げてきたもの. 時間, 才能, そして愛. これらはすべて, ただの「金」でしかなく, 私はただの「道具」だったというのか.
怒りよりも先に, 深い悲しみが私の胸を襲った. 喉の奥が締め付けられ, 息が苦しい.
目から溢れ落ちる涙を, 私は乱暴に拭った. もう, 泣かない. この涙は, 彼のために流すにはあまりにももったいない.
私の心の中で, 何かが音を立てて砕け散った. そして, その破片の代わりに, 冷たい, 確固たる決意が生まれた. 春斗. 私は, あなたにこの裏切りの代償を払わせる. 必ず.
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