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見捨てられた妻は、天才デザイナーとして華麗に舞う の小説カバー

見捨てられた妻は、天才デザイナーとして華麗に舞う

凄惨な玉突き事故に巻き込まれ、血まみれになった私は必死の思いで夫に助けを求めた。しかし、秘書には狂言だと一蹴され、直後の街頭ビジョンには初恋の女性を抱きしめる夫の姿が映し出される。満身創痍で帰宅した私を待っていたのは、家族からの更なる拒絶だった。額から流血する私を夫は冷淡な目で見下し、実の娘さえも「お母さんなんて嫌い」と私を避けて夫の背に隠れた。さらに、その女性からの電話一本で、夫は重傷の私を放置して娘と共に彼女の元へ駆けつけてしまう。七年間、人生のすべてを捧げて尽くしてきた家族という絆が、単なる残酷な幻想であったことを私は悟った。心の中にあった愛情も未練も完全に潰え、私は財産と親権をすべて放棄する離婚届に判を押し、深夜の家を後にする。西園寺家の妻という立場を捨て、かつて天才と謳われたデザイナー「結城凛」としての誇りを取り戻した私は、自分を裏切った者たちへの反撃を開始する。失意の底から這い上がり、自らの才能だけを武器に、華麗なる第二の人生を切り拓いていく物語。
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2

重いオーク材の扉を押し開けると、玄関ホールに立っていた家政婦の鈴木千代が、凛の姿を見て短い悲鳴を上げた。

「奥様!まあ、なんてお姿に……!」

千代は慌てて駆け寄り、清潔なタオルで凛の額の血を拭おうとする。しかし凛は、力なく首を振ってそれを拒んだ。

「旦那様に、すぐに連絡を……!」

電話へ向かおうとする千代を、凛は冷たい声で制止した。

「……必要ありません」

「しかし!」

心配のあまり、千代は凛の制止を振り切って固定電話の受話器を取り上げた。奇跡的に、その電話は暁に繋がった。

涙声で凛の怪我の状況を訴える千代。電話の向こうで、一瞬の沈黙が流れた。壁に寄りかかりながら、凛は無表情のまま、暁が何を言うかに耳を澄ませていた。

やがて、受話器からくぐもった声が漏れ聞こえてくる。

「……大袈裟に騒ぐな。今、帰る」

その低く吐き捨てるような声に、凛の心はさらに凍てついていく。

千代が安堵して救急箱を取りに走る隙に、凛は濡れた靴を脱ぎ捨て、冷たい大理石の廊下を歩き始めた。一歩踏み出すごとに、事故の衝撃を受けた全身の筋肉が悲鳴を上げる。特に額の傷口は脈打つように痛み、視界がぐらりと揺れた。それでも凛は壁に手をつき、歯を食いしばってリビングのソファに深く沈み込む。豪奢だが、生活感のない部屋。この家に嫁いで七年、改めてここが自分のいるべき場所ではないと痛感した。

その時、玄関のドアが乱暴に開く音がした。

苛立った足取りでリビングに現れたのは、西園寺暁だった。彼の視線が、血に濡れた凛を一瞥する。だが、そこに心配の色はなく、むしろ迷惑だと言わんばかりに眉がひそめられた。

『どうせいつもの気を引くための狂言だろう。少し顔を出して、適当に宥めたらすぐに絢子の元へ戻ろう』。暁の苛立たしい歩調からは、そんな身勝手な本音が透けて見えた。実際に血にまみれた凛の姿を見ても、彼は『ここまで巧妙に偽装して俺を縛り付けようとするのか』と、捻じ曲がった解釈しかできないようだった。

「お父さん!」

暁の背後から、六歳になる娘の桜子が飛び出してきた。不満げな顔で、父親の足に抱きつく。

桜子はソファに座る凛の姿を認めると、露骨に顔をしかめた。

「うわ、血が出てる。気持ち悪い」

その言葉が、凛の胸に突き刺さる。傷ついた心で、それでも娘に手を伸ばそうとした。

だが、桜子はその手を避けるように、さっと暁の背中に隠れた。

「お母さんの怪我のせいで、絢子おばちゃんと遊ぶ時間が短くなっちゃったじゃない!」

甲高い声が、リビングに響き渡る。伸ばした凛の手が、空中で虚しく震え、力なく落ちた。

暁は、そんな娘をたしなめることすらしなかった。

「我慢しなさい」

そう言い放っただけで、凛への配慮はひとかけらも感じられない。

「……あなたにとって、私は何なの」

かろうじて絞り出した声は、自分でも驚くほど低く、冷たかった。

「疲れているんだ。話は後だ」

暁は会話を打ち切るように言った。

そこへ、千代が救急箱を持って戻ってくる。だが、リビングの険悪な空気に怯え、立ちすくんでしまった。

暁は千代の手から乱暴に救急箱をひったくると、大きなため息をつきながら、凛の前にドカッと腰を下ろした。

無言で消毒液の蓋を開ける。その手つきはどこまでも乱暴で、愛情など微塵も感じさせない、ただの義務だった。

消毒液を浸した綿が、傷口に押し当てられようとした、その瞬間。

「……触らないで」

凛は、暁の手を冷たく払い除けた。初めて見せる、明確な拒絶だった。

「なっ……!」

拒絶されたことに驚きと怒りを滲ませ、暁が目を丸くする。

「いい加減にしろ!素直に手当てを受けろ!」

威圧的な怒鳴り声が、凛の頭上で炸裂した。

その声に便乗するように、桜子が叫ぶ。

「お母さん、わがまま!絢子おばちゃんはもっと優しいのに!」

娘からの、決定的な裏切りの言葉。

その一言で、凛の瞳から光が完全に消え失せた。そこにはもう、何の感情も映らない。ただ、漆黒の虚無が広がっているだけだった。

ゆっくりと、凛は立ち上がった。立ち上がる瞬間、目眩が襲い、膝から崩れ落ちそうになったが、彼女は驚異的な精神力で両足を踏ん張った。

そして、自分を見下ろす夫と、自分を拒絶する娘を、見下ろし返した。

その唇に浮かんだのは、氷のような、冷たい笑み。

「……っ」

見慣れないその冷笑に、暁が一瞬たじろぐ。何かを言いかけたが、彼のプライドがそれを許さなかった。

「もう、結構です」

凛は静かにそう言い放つと、二人に背を向け、階段へと歩き出した。ズキズキと痛む頭を抱え、足元がふらつきながらも、決して彼らの前で倒れることだけはすまいと、手すりを強く握りしめた。

「お母さんなんか、大嫌い!」

背中に投げつけられた言葉にも、凛の足取りは一切揺るがない。

凛の姿が、二階の暗い廊下の奥へと消えていく。その背中を、暁は説明のつかない焦燥感と共に、ただ見送ることしかできなかった。

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