フォローする
共有
触れられない身代わり彼女 の小説カバー

触れられない身代わり彼女

交際して一年が経つというのに、恋人は一度も自分に触れようとしない。そんな歪な愛に翻弄される中島桔依の心は、次第に深い病に蝕まれていった。ある深夜、彼女は恋人が姉の写真に口づけを贈る姿を目撃し、自分がただの身代わりに過ぎなかったという残酷な現実を突きつけられる。絶望の淵で駆け込んだ病院で出会ったのは、端正な顔立ちをした若きエリート医師だった。診察室で理性が崩壊しかけるほどの衝撃を受けた翌日、出社した桔依をさらなる驚愕が待ち受ける。昨日の担当医こそが、会社に新しく就任した社長だったのだ。赤の他人を装おうとする桔依だったが、運命に導かれるように社長専属アシスタントに抜擢されてしまう。略奪を疑い抗議する彼女に対し、社長は静かに距離を詰めていく。やがて、桔依は執着を捨てて新しい男の手を取る決断を下した。豹変した元恋人が血走った眼で復縁を哀願し、何でもすると縋り付いてきても、彼女の心はもう揺るがない。かつての愛に冷笑を浮かべ、桔依は自分を蔑ろにした男を容赦なく突き放すのだった。
共有

3

桔依の整った顔が強張り、笑顔が凍りついた。

翔太は、彼女の瞳の奥をかすめた失望の光を見逃さなかった。

それでも彼は、冷たく言い放った。「悪いが、何度も言っている。俺は潔癖症だ」

桔依はすがるように訴えかけた。「でも、あなた……私……」

今の彼女は極度の欲求不満により心身のバランスを崩しており、どうしても男の手を借りて発散する必要があった。

もう、限界だった。

「情けだと思って……苦しいの……お願い……」

彼女は下唇を噛み、潤んだ瞳で愛らしく儚げに彼を見つめた。

呼吸さえも荒くなっていた。

本当に、切実に欲しかった。

頭の中は、そのことでいっぱいだった。

全く抑えがきかない。

翔太は眉を強く顰めた。

自分の前でいつも発情したようにすり寄ってくる彼女の姿に、嫌悪感を抱いていた。

彼は冷酷に言い放った。「そんなに発情して疼くなら、自分で処理しろ」

その冷淡で軽蔑に満ちた言葉は、桔依の心の最も脆い部分を容赦なくえぐった。

だが翔太は、彼女の傷ついた表情など意に介さなかった。

そして、冷ややかに釘を刺した。「二度と、そんな格好で俺の前に現れるな」

桔依の潤んだ瞳から、スッと光が消えた。

胸の奥で、ズキズキとした痛みが波紋のように広がっていく。

夫はやはり、自分に触れようとはしない。

「……分かったわ」

彼女はうつむき、力なく答えた。

その声は、ひどく虚ろだった。

「それから、今日から俺と同じ部屋で寝るのはやめてくれ」 翔太は嫌悪のこもった視線を向け、冷酷に告げた。

桔依は顔を上げ、驚愕の表情を浮かべた。

「え?」

それはつまり、家庭内別居ということだろうか。

「俺は隣の部屋で寝る。これからは、俺の許可なく勝手に部屋に入るな」

それだけ言い残し、翔太はベッドを降り、一切の未練もなく寝室を出て行った。

残された桔依は、呆然と立ち尽くす。

瞳にじわじわと涙が滲んでくる。

翔太と結婚して1年。

長すぎるレス生活と、氷のような夫の態度のせいで、 彼女はすっかり心身のバランスを崩していた。

だが、夫である翔太は彼女の欲求を満たそうとするどころか、こんな時に別室にすると言い出したのだ。

桔依にとって、それはまさに泣きっ面に蜂だった。

翔太が去った後、ほんの少し温もりを取り戻しかけていた寝室は、再び凍りつくように冷え切ってしまった。

しかし、桔依の体内でくすぶる熱は、少しも引く気配がない。

むしろ、激しく燃え上がりつつあった。

翔太の冷淡な態度が、彼女を深く傷つけた。

そのストレスが、再び発作を引き起こしたのだ。

桔依は今、全身が異常なほど疼いて仕方なかった。

猛烈な欲求不満が全身を駆け巡る。

「うぅ……苦しい……欲しい……」

頬が熱く火照る。彼女の脳裏には、今日診察室のベッドで、あの男性医師にされたことが、無意識のうちにフラッシュバックしていた。

(なんてこと!)

桔依は慌てて首を振った。

(なんで、あの医者のことを思い出してるの?)

(私にはれっきとした夫がいるのに。それなのに、 それなのに、気づけば他の男にいけない想像を巡らせてしまうなんて……)

(だらしなくなったの?)

(でも、翔太は私に指一本触れようとしない)

今の彼女にとって、夫はいないも同然だった。

桔依の頭に、再びあの男性医師の姿が抑えきれずに浮かび上がる。

特に今日、病院の入り口で、彼に車に乗るよう促された時のこと。

彼女は、彼のマスクの下の素顔を見てしまったのだ。

本当に、息を呑むほどイケメンだった。

翔太よりも、ずっと。

(もし、彼とヤれたら……)

桔依は慌てて邪念を振り払った。

いくら翔太が触れてくれないからといって、他の男を欲求の捌け口にするなんてダメだ。

そんなの、精神的な不倫と変わらない。

だが、桔依の理性はもう限界だった。

震える手でベッドサイドの引き出しを開け、中から「それ」を取り出す。

結婚してからのこの1年、翔太に拒絶され、発作が起きるたびに。

彼女はいつも翔太のことを思い浮かべながら、自分で処理してきた。

しかし今夜は、少し違っていた。

脳裏に浮かぶのは、翔太ではなく。

あの、男性医師の姿だったのだ……。

……

やがて、桔依は激しい波からようやく解放された。

口元には、微かな涎の跡すら残っている。

全身の力が抜け、ぐったりとしていた。

荒い息を吐きながら、彼女はこれではダメだと痛感していた。

桔依は急いでベッドから這い出し、バッグを開けて、今日病院で処方された薬を取り出した。

寝室のポットには、もうお湯が残っていない。

彼女は適当な上着を羽織り、薬を飲むための水を取りに、1階のキッチンへと向かった。

隣の部屋――夫である翔太の寝室の前を通りかかった時、ふと、中から男の押し殺したような怪しげな声が聞こえてきた。

桔依はもう、何も知らないウブな少女ではない。

そのくぐもった声が何を意味しているかなど、嫌でも分かっていた。

彼女はとっさに、少しだけ開いたドアの隙間から中を覗き込んだ。

薄暗い部屋で、翔太がベッドの端に腰掛け、1枚の写真に向かって――。

彼は喉仏を上下に動かし、掠れた声で何度も絶え間なく呟いていた。「莉子、俺の妻……お前だけだ……お前だけを愛してる……」

ドクン――。

桔依の頭の中で、何かが爆発するような音がした。

信じられないといった様子で目を見開いた。

(莉子?)

(本妻の娘?)

中島家の正真正銘の令嬢、中島莉子。

彼女の父、中島健一は正室の他に、愛人を持ち、そこに彼女が生まれた。

正妻である阿保雅子との間に生まれたのが、娘の莉子。

愛人である油谷優子との間には、一男一女が生まれた。

息子の中島涼太は、中島家唯一の男児であったため、生まれてすぐに正妻の雅子の養子に出された。

誰からも愛されなかった末娘の彼女だけが、実母である優子の元で育ったのだ。

だが、幼い頃から母親の優子にも冷遇されていた。

優子は彼女よりも、手放した息子の涼太や、正妻の娘である莉子を可愛がっていた。

桔依の結婚についても、優子は全く関心を示さなかった。

父親と正妻の雅子に丸投げだった。

だが、翔太と結婚する前、桔依自身もこっそり素行調査を行い、「翔太は中島家の令嬢を好いている」という確証を得てから嫁いだのだ。

あの時の彼女は、翔太が好きなのは「自分」のことだと思い込んでいた。

今思えば、ひどい勘違いだった。

翔太の心にいるのは、実は異母姉の莉子だったのだ。

翔太は私生児という身分ゆえに莉子には不釣り合いで、妥協して彼女を選んだに過ぎなかった。

だが、結婚後、翔太は極度の“潔癖症”を理由に、彼女に指一本触れようとしなかった。

桔依はそれを真に受けていたのだ。

今この瞬間になってようやく、自分の甘さに気づいた。

翔太は自分で処理してでも、彼女には絶対に触れたくなかったのだ。

(そう——彼は、姉の莉子に操を立てていたのである)

幼い頃から、中島家の人間はみんな莉子のことが大好きだった。

父親は彼女を蝶よ花よと溺愛した。

正妻も後妻も、彼女を宝物のように扱った。

いつだって、中島家で邪魔者扱いされるのは桔依だけだった

父親も、本妻の雅子も、実母の優子でさえも、誰も彼女を愛してくれなかった!

結婚すれば、新しい人生をやり直せると思っていたのに。

まさか、夫の翔太が想いを寄せているのも姉の莉子だったなんて。

桔依は、とてつもない皮肉を感じた。

今、夫が姉の莉子の名前を何度も呼ぶ声を聞いていると、 まるで容赦なく何度も平手打ちを食らわされているような気分だった。

呆然とする中、結婚前に翔太が何度も中島家を訪れていた光景が蘇る。

あの頃の彼は、穏やかで辛抱強く、絵に描いたような好青年だった。

来るたびに、彼女にプレゼントを買ってきてくれた。

だからこそ、桔依も彼に強く惹かれたのだ。

しかし今思えば、彼が中島家に来ていた目的は、彼女のためなんかじゃなかった。

全ては、姉の莉子のためだったのだ。

続けて視聴する!
物語はいよいよ佳境へ!アプリに切り替えて続きを読む
全エピソードをロック解除
公式サイトを開く

おすすめの作品

裏切りの夜に咲く、新たな愛の蕾 の小説カバー
9.5
復縁からわずか一年。グループのデザイン部長として多忙な日々を送る彼女を待っていたのは、あまりに無慈悲な裏切りの再来だった。深夜、疲れ果てて帰宅した邸宅で、使用人たちが階段を塞ぐように立ちはだかる。主人の予期せぬ帰還に動揺し、顔を青ざめさせる彼らの隙間から漏れてきたのは、夫と見知らぬ女が耽る淫らな喘ぎ声と、不在の妻を軽んじる夫の非情な言葉だった。かつて誓い合ったはずの愛は、再び無残に踏みにじられたのだ。取り乱す使用人が夫への報告を提案するなか、彼女は感情を押し殺し、静寂を纏ったまま「お腹が空いたわ。夜食の用意を」と告げる。その場にいた全員が彼女のあまりに冷静な反応に凍りつくが、その凪のような振る舞いの裏には、夫への未練を完全に断ち切ったという冷徹な決意が秘められていた。これは、絶望の夜に終わりを告げ、自らの足で新たな人生へと歩み出す女性の、静かなる決別の物語である。
慰謝料で数千億貰った元妻、実は世界一の大富豪でした。 の小説カバー
9.1
結婚から二年の月日が流れたある日、桜庭海はあまりに身勝手な理由で妻に別離を突きつけた。「彼女が帰ってきたんだ。別れてほしい」という言葉。かつての恋人の出現により、海との平穏な夫婦生活はあっけなく幕を閉じることになった。元カノの涙を前にして揺らぐ夫の姿を目の当たりにし、遠坂希は取り乱すこともなく、ただ静かにその要求を受け入れる決意をする。しかし、彼女はただ無言で去るような女ではなかった。身を引く代わりの条件として希が提示したのは、常識を遥かに超える莫大な代償だった。「最高級のスーパーカーを譲ること」「郊外にある別荘を渡すこと」そして極めつけは、「この二年間で築き上げた数千億円にのぼる全資産を、きっちり半分に分けること」だった。予想だにしない巨額の要求を前に、それまで余裕を見せていた海は言葉を失い、激しく動揺する。クールで冷徹な元妻による、華麗なる逆襲劇がいま幕を開ける。実は世界一の大富豪という真の姿を隠し持っていた彼女の、正体が暴かれる日はそう遠くない。愛を捨てた男が支払うことになった慰謝料の代償は、あまりにも大きすぎたのだ。
愛を諦めた妻:冷酷な財閥夫の遅すぎる執着 の小説カバー
8.5
流産手術直後の孤独な病室で、私は夫である九条グループ社長が人気女優をエスコートする姿をテレビで目撃する。夫からの連絡は体調を気遣うものではなく、冷徹な呼び出しだった。這うように向かった先では、義母と義妹から「跡継ぎも産めない無能」と罵倒されるが、夫は私を庇うどころか、女優からの電話一本で態度を変え、高熱に苦しむ私を嵐の山道に置き去りにした。彼は、五年前の火災で自分の命を救った真の恩人が、女優ではなく私であることに気づいていない。理不尽な仕打ちと深い絶望の果てに、私の中で何かが決壊した。私は離婚届に署名し、これまでの惨めな自分を捨て去る。真っ赤なルージュを引き、自分を虐げた者たちへの冷徹な反撃を開始する。同時に、亡き兄の死に隠された真相を暴くための孤独な戦いが幕を開ける。もう誰にも媚びることはない。愛を捨てた妻の、苛烈な逆襲劇が今ここから始まる。
悪魔との契約ー完璧な愛人 の小説カバー
8.9
人生は常に希望通りに進むわけではない。ワンダがその残酷な現実を突きつけられたのは、愛する叔父の命を救うために多額の手術費用を工面しなければならなくなった時だった。彼女は叔父の治療費を確保し、さらには彼がギャンブルで膨らませてしまった莫大な借金を完済するため、寝る間も惜しんで複数の仕事を掛け持ちする日々を送る。しかし、個人の努力だけでは到底及ばない過酷な状況に追い込まれた彼女は、ついに最後の手掛かりとして、周囲から「悪魔」と恐れられる男、クインシーとの接触を決意する。彼が提示した条件は、あまりにも非情で抗いがたいものだった。叔父の命と引き換えに、彼女は自らの身を彼に捧げるという、魂を切り売りするような契約を交わすことになる。逃げ場のない絶望の中で、ワンダは愛する家族を守るために、クインシーの所有物として生きる道を選んだ。これは、過酷な運命に翻弄される女性が、冷徹な支配者との間で交わした禁断の取引から始まる、愛と代償の物語である。彼女の決断の先に待ち受けるのは、救済か、それともさらなる堕落か。
鳥籠を抜け出した余命宣告妻:冷酷夫の愛はいりません の小説カバー
8.0
子宮癌ステージⅣという残酷な現実を突きつけられた日、夫の鷹司暁は初恋の女性である一条絢子の誕生日を祝っていた。電話越しに冷たく突き放された後、主人公が見上げた大型ビジョンには、絢子に高価なダイヤを贈る夫の晴れやかな姿が映る。深夜、別の女の香りを纏って帰宅した暁は、妻の異変に気づくこともなく、跡継ぎを作るための「義務」として冷酷に身体を求めてくるのだった。唯一の心の拠り所だった義兄からも他人扱いされ、絶望の淵に立たされた彼女は、かつて天才と謳われた航空宇宙工学の夢を捨て、三年間も献身的に夫を支えてきた日々を悔いる。自分という存在が彼らにとって単なる邪魔者でしかないと悟った彼女は、署名済みの離婚協議書と辞表を置き、静かにその家を去る決意をした。残されたわずかな時間は、もう誰かに捧げるためのものではない。自分自身の尊厳を取り戻し、一人の人間として自由に生きるために、彼女は鳥籠を抜け出し、新たな一歩を踏み出す。
雇った“偽夫”、正体は世界を牛耳る大富豪 の小説カバー
8.2
見合いを無理強いされた夜、ヒロインは衝動的に「偽の夫」を雇う。しかし翌朝、正体を隠していたその男が、世界を牛耳る巨大企業の若き総帥であることが判明する。偽りの関係から始まったはずの結婚生活は、想像を絶する溺愛の日々へと一変した。億単位の宝石が贈られ、ブランドそのものを買い与えられる破格の待遇に、周囲の上流階級の令嬢たちは驚愕と嫉妬を隠せない。世間が「なぜ平凡な彼女が選ばれたのか」と騒ぎ立てる中、二人の絆は深まり、彼女はすでに第二子を授かっていた。たとえ千億規模の重要な会議の最中であっても、妻から「娘が泣いているから早く帰ってオムツを替えて」と電話一本入れば、彼はすべてを投げ打って即座に帰宅する。最恐の権力者が一途な愛を捧げる姿は、滑稽でありながらも至上の甘さに満ちている。嘘から始まった関係が、やがて真実の愛へと昇華していくシンデレラストーリー。笑いと甘い誘惑、そして家族の絆が織りなす感動の物語が、今ここに幕を開ける。