
箱入り姫は悪役にはなりたくない。
章 3
突然の発表に、広間はざわついた。
アデリアは自分だけではなく、みんなが寝耳に水なのだと知る。
(誰も知らなかったのね)
蚊帳の外だったのは自分だけではないと知って、少しほっとした。もしかして自分だけが知らなかったのかもしれないと思ったがさすがにそれは違うらしい。
「良いな?」
声のボリュームを落とし、国王は娘に尋ねた。
許可を求められるなんて思わなかったので、アデリアは少し戸惑う。父王の顔にはいつもとは違う感情が浮かんでいる気がした。だがそれは一瞬でかき消える。
「……はい」
それ以外の返事はアデリアにはなかった。
突き刺さるような視線を感じてそちらを見ると、顔と名前しか知らない姉妹の何人かに睨まれていた。
(貴女でいいならわたしだっていいじゃない)
眼差しがそう語っているように見える。実際、ラヴァール国の姫なら誰でも同じだろう。そう考えるのは納得出来る。
(代われるものなら代わってあげたいわ)
心の中でアデリアは呟いた。
アデリアだって、好きで恋人がいる王子の所に嫁ぐ訳ではない。2人を引き裂く悪役なんて、ごめんだ。だが、父王に逆らうなんて誰にも出来ない。
アデリアは自分が駒であることを自覚していた。早いか遅いか、どこの国かの違いはあっても、駒として嫁がされることは変わらないだろう。ただ、出来れば自国に恋人がいる王子は避けたかった。愛のある結婚は望めそうにない。しかし、そもそも政略結婚に愛なんてものは最初から存在しないのかもしれない。
(誰かに恨まれたりするのは嫌なんだけどな)
心の中でぼやいた。
アデリアは誰のことも恨みたくないし、憎みたくも無い。もちろん、恨まれたり憎まれたりするのも嫌だ。
平穏無事に静かに暮らしたい--アデリアの望みはただそれだけだ。
(王子も災難ね)
アデリアはちらりとカルスロード王子を見る。
カルスロードはさすがに驚いた顔をしていた。それは困惑の表情にも見える。王族はどんな時も感情を押し殺して顔に出さない教育を受けている。その王子が目に見えて動揺していた。よほど衝撃が大きかったのだろう。
(うちの暴君がすみません)
アデリアは心の中で謝った。
暴君と呼ぶほど父王は横暴ではない。しかし、大事な決断は1人で決める傾向があった。この結婚は重臣達にも知らされていなかったらしい。父王の宣言後、右往左往する重臣達の姿をアデリアは視界の端に入れていた。明日出発するための手続きや準備があるのだろう。パーティをそこそこに切り上げて、広間からいなくなる。
(振り回されて大変だな)
アデリアは重臣達に同情した。だがこの場合、一番の被害者はカルスロード本人だろう。
国王が隣国のこの王子のことを気に入っていることは以前から有名だった。国賓として頻繁に招くのはカルスロードだけで、隣国は王子の代になったらラヴァール国との関係はますます深まるだろうと言われている。カルスロードが隣国の唯一の王子で王位継承者でなければ、婿として養子に迎える可能性もあったと噂されるほどだ。実の子の王子たちより国王に可愛がられている。
今回はその気に入られっぷりが仇になったようだ。
(お気の毒)
そう思いながらアデリアは王子の横顔を眺める。近くで顔を見たのは実は初めてだ。整った顔立ちをしている。最近読んだ恋愛小説の挿絵に似ている気がした。もしかしたら、あの小説の王子はカルスロードをモデルにしたのかもしれない。カルスロードは市井でも有名で、肖像画がブロマイドになって売られていると聞いた。あながちない可能性ではない。
そんなことをつらつらと考えていたら、カルスロードがアデリアを見た。視線を感じたのかもしれない。深緑の瞳と目が合った。アデリアはドキッとする。思わず、目を逸らしてしまった。
変な気恥ずかしさを覚える。
くすりと笑われたのを気配で感じた。とても気まずい。
だが、そんな場合ではなかったことをアデリアは思い出した。明日出発なら、聞かなければいけないことがある。
「カルスロード様」
静かな声でアデリアは呼びかけた。
「はい」
カルスロードは返事をする。凛として澄んだいい声をしていた。
(声を聞いたのは初めてだ)
ふと、そんなことに気づく。
「明日の出発は何時になるのでしょう? 準備をしなければならないので、時間を教えてください」
アデリアは頼んだ。
「ああ……」
王子はちらりと後ろを振り返る。少し離れた場所に王子と同じくらい長身の青年が立っていた。頭が良さそうに見えるイケメンだ。王子の側近らしい。2人が一緒にいるところを何回か見た事があることをアデリアは思い出した。
彼は王子の視線に無言で頷く。近づいてきた。
王子は明日の出発時刻を教えるよう、彼に言う。
「明日は……」
よく通る声で予定を教えてくれた。朝食後、直ぐに出発するつもりでいるらしい。
「いくつかお聞きしてもいいですか?」
ついでとばかりに質問された。その内容に、彼が頭の回転が早い人物であることが察せられる。話が早くて助かるとアデリアは思った。今後、良好な関係を築きたい相手だ。イエール国で上手くやっていくなら、たぶん彼の協力が必要になるだろう。
「わかりました。では、出発の30分ほど前に馬車乗り場に参ります」
アデリアは王子にではなく、彼と約束した。王子を通すのが面倒になる。
ちらりと彼は一瞬、王子を見た。
王子は頷く。
「それでお願いします」
彼も頷いた。
アデリアは父王を見る。
「お父様。私、明日の準備がありますので今夜はこれで失礼させていただきたく存じます」
退室の許可を願った。
「わかった。明日の出発に遅れぬように」
国王は命じる。
「はい」
アデリアはスカートを摘んでお辞儀し、それに応えた。
「失礼します」
王子にも同じように挨拶する。
王子はいつもと変わらぬ落ち着きを取り戻していた。とても静かな笑みを浮かべている。
アデリアはそそくさとパーティ会場を後にした。
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