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君は強くなれる。僕は、 の小説カバー

君は強くなれる。僕は、

地味で目立たないブラスバンド部の少女から、定期演奏会の記録映像と録音を手伝ってほしいと頼まれた「僕」。陰キャで眼鏡をかけた内気な少年である僕は、戸惑いながらも彼女の依頼を引き受けることにした。協力が始まると、彼女は自分の練習時間を削ってまで撮影の準備に奔走し、献身的に僕をサポートしてくれる。しかし、そんな熱心な姿とは裏腹に、彼女が頑なに楽器を手に取ろうとしないことに僕は違和感を抱く。やがて、彼女が抱えている深い心の傷と、楽器を握れなくなった本当の理由を知ることになった僕は、彼女が再び前を向けるように、そしてトラウマを乗り越えられるように力を貸すことを決意する。いつか才能を花開かせ、光り輝く場所へと羽ばたいていくであろう彼女の姿を予感しながら、僕は自分に何ができるのかを自問し続ける。不器用な二人が音楽を通じて向き合い、止まっていた時間を動かしていく、繊細で切ない青春ラブストーリー。彼女の再生を願う僕の想いは、果たして届くのだろうか。
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2

「ねえ母さん」

 僕はその晩、遅い夕食の準備をしている母に話しかけた。

「吹奏楽の収録って難しい?」

「え? 突然どうしたの?」

 母はバイト先から持ち帰ってきた惣菜を盛り付ける手を止め、不思議そうに首をかしげる。

「今日ブラスバンドの録音と撮影を頼まれた。予算はないけどそれなりに良い音で取りたいんだ」

「うーん、そうねえ……」

 母は都内の小さな録音スタジオに所属するフリーのサウンドエンジニアだ。カメラマンだった父が病死して十年、女手一つで僕をここまで育ててくれた。

 だが、感染症の流行でイベントが激減して以来、スタジオは開店休業状態で、最近仕事のない日は駅前のオリオン弁当で惣菜作りのバイトに精を出している。仕事が不規則なうちでは定番の、馴染みの弁当屋だ。

「ちゃんとしたホールなら大体最初からマイクも良い所に下がってるから、音響さんにお願いしてミキサーから分けてもらえばいいんじゃない?」

「あ、そっか。バンドの録音とおんなじでいいんだ」

「ホールの仕事の時はプロでもそれほど持ち込まないよ。ただ、拍手とか笑い声とか、観客の反応を拾いたい時には追加で客席にマイク立てるわね。それ必要?」

「いや、あんまりいらないかな。だったらカメラに専念したい。むしろ学校で練習を収録する方が面倒か……」

「ポールと指向性マイク二本、デジタルミキサー、ノートパソコン、マルチレコーディングソフト……、あんたの持ってるDTMの機材でも十分行けるわよ。ああ、でもせめてマイクくらいはイイやつを使いたいわね。会社から借りてきてあげようか?」

「でも仕事で必要なんじゃ……」

「このご時世、どこに仕事があるって言うの? できればあんたの受けた依頼をウチに回して欲しいくらいよ」

「いや、それはさすがに……」

 躊躇する俺に母は「冗談よ」と笑い、どこか遠くを見るような顔つきでしみじみと言う。

「でも、まさかあんたまでこういう仕事に縁ができるなんてねえ」

「カエルの子はカエル、だよ」

 照れ隠しにそう答えると、母はなんだか眩しそうに僕を見た。

 ものごころつく以前から、家にはカメラや音響の機材がゴロゴロ転がっていた。おかげで子供の頃から僕は機械いじりが大好きで、普通の子がサッカーボールやバットを欲しがるようにビデオカメラや録音機材をねだる変な子供に育ってしまった。趣味が特殊過ぎて友達は全くできず、小中高とひたすら陰キャ路線を驀進中だ。

 ただ、発表会や文化祭での記録係としてだけは重宝された。僕がクラスで目立つのはせいぜいそれくらいで、明るくライトアップされた舞台に立つクラスの人気者の姿や声を、いつもモニターやヘッドフォン越しに遠くから見聞きしていた。

「そういえば……」

 僕を訪ねてきたあの娘からも似たようなオーラを感じたなあ、と思う。

 今日は彼女に引っ張られ、まずは顧問の先生と部長に挨拶をし、その後総勢六十名という部員全員の前に立たされた。とにかく全員がやたら笑顔でハキハキしていて、場違い感が半端なかった。

 さらに校内のあちこちに散ってのパート練習に移ってからは彼女の案内で各パートの練習場所を教えられ、つどパートリーダーを紹介される。

「明日からは何でも自由に撮ってもらって構いませんから」

 どのパートリーダーにもそう言われ、ガシッと力強く握手されてさらに面食らう。

「なんだか、ノリが運動部過ぎてついていけないんだけど」

 腫れ上がった右手をさすりながらうんざりとした口調でそう愚痴ると、彼女はクスクスと小さく笑う。

「私も……慣れるまで大変でした。ウチは体育会系文化部って言われてますから」

「……確かに」

 上下関係が厳しくて先輩の言うことは絶対という雰囲気だし、先輩や先生に何か言われるたびに、全員が声をそろえて大声で「はいっ!」って答えるあたりのノリはちょっとついていけないなとも思う。

「ところで君は――」

「……あの、戸田君、いいかげん名前で呼んでくれませんか? 私最初に自己紹介しましたよ」

 頬を膨らませて抗議され、一瞬思考が止まりかける。

「あ、ごめん。えっと……」

 知り合って間もない異性の名前を呼ぶこと自体、免疫のない僕には大きなハードルなのだ。察して欲しい。

「ええと……楢崎……夕子……さん?」

 顔を見ないようにようやく声を絞り出す。たったそれだけなのになぜか顔が火照って仕方ない。

「ええ、どうして疑問形なんですか?」

「知らないよ!」

 再びクスリと笑われ、今度こそ僕はいたたまれない気持ちになった。

「お! 来たね」

 そうしてたどり着いた東校舎非常階段下の空きスペース。

 いい感じに風の吹き抜ける日陰で数人の部員達が楽譜を睨みながらクラリネットを構え、その真ん中で岸田先輩が手を振っていた。

 なんだか気詰まり逃げ出したくなっていた僕は、先輩の姿を見かけてようやくホッと一息つく。

「戸田、受けてくれたか。ありがとう」

「いえ、こちらこそ声をかけていただいて」

「ナラもお疲れさん。これで一安心だ」

「はい!」

 先輩のねぎらいに、彼女は元気よく吹奏楽部式の返事を返した。

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