フォローする
共有
君は強くなれる。僕は、 の小説カバー

君は強くなれる。僕は、

地味で目立たないブラスバンド部の少女から、定期演奏会の記録映像と録音を手伝ってほしいと頼まれた「僕」。陰キャで眼鏡をかけた内気な少年である僕は、戸惑いながらも彼女の依頼を引き受けることにした。協力が始まると、彼女は自分の練習時間を削ってまで撮影の準備に奔走し、献身的に僕をサポートしてくれる。しかし、そんな熱心な姿とは裏腹に、彼女が頑なに楽器を手に取ろうとしないことに僕は違和感を抱く。やがて、彼女が抱えている深い心の傷と、楽器を握れなくなった本当の理由を知ることになった僕は、彼女が再び前を向けるように、そしてトラウマを乗り越えられるように力を貸すことを決意する。いつか才能を花開かせ、光り輝く場所へと羽ばたいていくであろう彼女の姿を予感しながら、僕は自分に何ができるのかを自問し続ける。不器用な二人が音楽を通じて向き合い、止まっていた時間を動かしていく、繊細で切ない青春ラブストーリー。彼女の再生を願う僕の想いは、果たして届くのだろうか。
共有

3

翌日から本格的な撮影を始めることになった。

「ふあぁ、本格的ですねそのカメラ! 何だか偉そうで、キング・オブ・ザ・ビデオカメラって感じ」

 僕が自宅から持ち込んだキヤノンのXF305を見て、楢崎(ならさき)は大きな目をさらに見開いて感嘆の声を上げた。無理もない。一般的な家庭用ビデオカメラと比べ、はるかにでかく、色も黒っぽくてゴツい。

「まあ、一応、プロの報道カメラマンとかも使ってた名機だし」

「へええ。凄いの持ってますね。でも、どうして過去形なんですか?」

「……十年以上前に生産中止になった古い機械だから。ハイビジョンでしか撮れないし。解像度だけならこっちのほうがはるかに上」

 僕はそう言って、もう一つポケットからハンディタイプの最新4Kカメラを取り出して見せる。手のひらに収まるほど小さく、パールホワイトのカバーがついた華奢なボディ。相当に安くて高機能だけど、正直僕はあまりこれが好きじゃない。

「わぁ、小さくてかわいい! 全部こっちで撮れば良くないですか?」

「みんなそう言うね。でも、撮った画像の綺麗さは解像度だけじゃ決まらないんだ。こっちの方がレンズが大きいだろ。F値が高くてその分絞り込めるから被写界深度が深くなって細部までピントが決まる。ノイズも少ないし。それに色の再現性も……」

 調子に乗ってつい喋りすぎた僕は、楢崎のキョトンとした表情に気づいて口をつぐむ。間違いなく話についてきていない。

 こんなオタクな話を垂れ流してたらいつもの二の舞だ。世話役を務めてくれる彼女とは、できれば最後まで良好な関係でいたい。

「どうしました?」

「あ、うん」

 覗き込むように見つめられ、僕はどぎまぎして顔を逸らし、つい余計なことまで口走ってしまう。

「それにこのカメラ、親父の形見だし……」

「……あ」

 思わず顔を見合わせ、その場に気まずい沈黙が流れる。

「あ、ごめん、余計な話しちゃって――」

 だけど、慌てて取り繕おうとした僕をさえぎり、楢崎は慈愛のこもったやわらかい笑顔を見せた。

「わかりますよ。うちも父一人子一人ですから」

 その瞬間、風が彼女の長い前髪を揺らし、隠れていた表情があらわになった。

(ああ、きれいな額だな)

 なんだか変な感想だけど、その時はそれしか思いつかなかった。

 その日のラストは中庭を使っての合同練習だった。基本的に毎日練習の後半は合奏形式の練習になるという。今日は録音機材を持って来ていないので、とりあえず下見のつもりで聞かせてもらうことになった。

 僕の所属する物理化学部の部室は特別教室棟の最果てにあり、放課後の吹奏楽部の練習は遙か遠くでかすかに聞こえている程度だった。でも、総勢六十人の本気の演奏を初めて目の前で聞かされて、僕は背筋に鳥肌が立つという体験を生まれて初めて味わった。

「……何というか……凄いな、これ」

 圧倒的だった。

 これまで何度も楽器合奏やバンドの収録を手伝ったことはあったけど、ここまで気圧されたのは生まれて初めての経験だった。

 これだけの数の楽器が一斉に奏でられていても音はまったく濁ることもなく、それぞれの奏でる音が際立った印象を持って耳に届く。

「凄いでしょう? うちは何度も全国大会に出場してるから」

 楢崎は僕の隣で、まるで自分が褒められたようにニコニコしている。

「まだ一年が入ったばかりだからこの程度だけど、これからもっと――」

「もっと凄くなるの?」

 同じ学校にこれだけ凄い人達がいることに、一年以上も気付かずにいたなんて。僕は興奮していた。興奮し過ぎて、思わず何も考えず口走ってしまった。

「ところで、楢崎は練習しなくてもいいのか?」

 その瞬間、彼女の表情がギシリとこわばった。

「わたしは……ちょっと、最近スランプで……」

 一気に血の気の引いた顔色でふらふらと視線をさまよわせる楢崎の様子を見て、僕はおのれの愚かさを痛感する。

(バカか僕は! そんな気遣いも出来ないからいつまでたってもコミュ障の陰キャなんだよ!)

 全員参加の合奏に参加していない時点で、何か事情があることくらい察するべきだった。でも、今さらいくら自分を罵ったところで始まらない。失敗したと諦めるしかなかった。

 だが、練習が終わってガランとした中庭でひとりうなだれてカメラを片づけていた僕のそばに、気付くといつの間にか楢崎が佇んでいた。

「……あの」

「うわあっ!」

 背後から話しかけられて本気で驚いた。慌てて振り向くと、彼女はまるでいたずらが成功した子供の様に無邪気に微笑んでいる。その様子に、先ほどまでの悲壮感はもうなかった。

「この後、ちょっと時間ありますか?」

「え? あああ、ありますけど?」

 普段と変わらない彼女の態度に安心しつつ、一方でいぶかしく思う。

「では、ちょっと聞いていただきたいお話があります」

「え? ああ、片付けにもう少しかかるけど? その後でもいい?」

「はい待ちます。あ、いえっ、お手伝いします」

「ああ、ありがとう。で、あとは誰が?」

「いえ、私達だけですけど?」

「え!」

 予想外の返事に変な汗が出てきた。いや、これって……。

(もしかして、放課後デートってやつ?)

 そんなわけないと頭のどこかで考えてはいた。でも、勘違いだったとしても許して欲しい。だって、生まれてこのかた、僕は女の子とどこかに出かけたことなんて一度もなかったから、つい舞い上がってしまったのだ。

続けて視聴する!
物語はいよいよ佳境へ!アプリに切り替えて続きを読む
全エピソードをロック解除
全編を読むには、moboreaderで「95QAE」を検索してください。
コードをコピーし、Moboreaderアプリで検索して続きをお楽しみください。
95QAE
コピー
公式サイトを開く

おすすめの作品

冷徹パイロットは契約妻を逃がさない の小説カバー
8.7
パトロンである桐谷蓮司から「本命になれると思うな」と冷酷な警告を突きつけられた宮沢凪佳。その直後、彼女は婚約者である天才パイロットの高嶺颯真のもとを訪れ、挑発的なキスと共に「今すぐ入籍する度胸はあるか」と契約結婚を迫る。颯真は冷淡な態度でそれに応じ、二人の関係は単なる便宜上の取引として始まるはずだった。しかし、新婚生活が幕を開けると、彼の「禁欲的」な仮面は無残にも崩れ去る。毎晩のように繰り返される激しい求愛。さらに、仕事場である機内のコックピットでさえ、彼は凪佳の耳元で甘く囁き、昨夜の彼女の秘めやかな声を録音したと告げて翻弄する。羞恥に震える彼女の手首を掴み、制御卓へと押し付けながら、颯真は逃げ場を奪うように言い放った。「まだ抵抗するのか? 管制塔に君の声を届けてもいいんだぞ」。冷徹なキャプテンによる執着は、もはや誰にも止められない。逃げられない契約から始まる、あまりに過激で甘美な独占愛が今、加速していく。
触れられない身代わり彼女 の小説カバー
8.8
交際して一年が経つというのに、恋人は一度も自分に触れようとしない。そんな歪な愛に翻弄される中島桔依の心は、次第に深い病に蝕まれていった。ある深夜、彼女は恋人が姉の写真に口づけを贈る姿を目撃し、自分がただの身代わりに過ぎなかったという残酷な現実を突きつけられる。絶望の淵で駆け込んだ病院で出会ったのは、端正な顔立ちをした若きエリート医師だった。診察室で理性が崩壊しかけるほどの衝撃を受けた翌日、出社した桔依をさらなる驚愕が待ち受ける。昨日の担当医こそが、会社に新しく就任した社長だったのだ。赤の他人を装おうとする桔依だったが、運命に導かれるように社長専属アシスタントに抜擢されてしまう。略奪を疑い抗議する彼女に対し、社長は静かに距離を詰めていく。やがて、桔依は執着を捨てて新しい男の手を取る決断を下した。豹変した元恋人が血走った眼で復縁を哀願し、何でもすると縋り付いてきても、彼女の心はもう揺るがない。かつての愛に冷笑を浮かべ、桔依は自分を蔑ろにした男を容赦なく突き放すのだった。
AMBIVALENCE の小説カバー
8.1
幼少期から不器用な性格で、周囲との円滑なコミュニケーションを築けずにいた「わたし」。内弁慶で身近な存在に甘えてしまう脆さを抱えながらも、これまでは「普通」という名の平穏な日常をなんとか維持してきた。しかし、中学校生活の中で経験したかけがえのないものの喪失が、平穏を根底から覆す。大きな失望と動揺、そして蓄積された疲労によって、これまで必死に守り続けてきた自分自身の殻は無残に砕け散り、人生の歯車は大きく狂い始めていく。理想と現実が複雑に交錯する境界線上で、大切な何かを失った精神的負荷は、やがて統合失調症という形となって現れた。成人を迎えてからもなお、社会や自己との折り合いをつけられず、出口の見えない苦悩の渦中で足掻き続ける日々。暗闇の中で道を探し求め、迷い惑う一人の女性の姿を描き出す。本作は統合失調症という病と向き合う個人の内面を綴ったフィクションであり、作中に登場する人物や団体、組織などの名称はすべて架空のものです。揺れ動く感情の機微を丁寧に追った、再生への模索を問う物語。
裏切りと、母の最後の誓い の小説カバー
8.9
末期の再生不良性貧血により、余命三ヶ月と宣告された美心。骨髄移植だけが唯一の希望だったが、ドナーとして適合した姉の聖穂と恋人の一歩は、彼女の救済を冷酷に拒絶する。二人の目的は、美心の死を早めることで彼女のすべてを強奪することだった。美心が心血を注いで築き上げたブランドも財産も、二人の手に渡ってしまう。さらに残酷なことに、最愛の娘までもが「聖穂ママがいい」と美心を突き放し、姉のもとへ去っていった。信頼していた者たちに裏切られ、居場所も愛も奪われた美心の心は完全に打ち砕かれる。なぜ自分だけがこれほどまでに踏みにじられ、絶望の淵に立たされなければならないのか。理不尽な運命を前に、彼女は静かに決意する。このまま無念のうちに死ぬつもりはない。自分の命が尽きるその瞬間まで、彼らの幸福を永遠に呪い、残酷な報いを受けさせるための「従順な復讐」を。裏切った者たちへの凄絶な復讐劇が、今幕を開ける。
すべてを奪われた僕は、帝国の主になった の小説カバー
8.2
15年前、両親の命を奪った張本人である伯父の手によって育てられた主人公。しかし、信じていた肉親からの凄惨な裏切りにより、彼は心血を注いで築き上げた会社も、社会的な名誉もすべてを奪い去られてしまう。命からがら国外へと逃亡したあの日から5年。かつての非力な少年は、世界を裏から支配する巨大な武装組織のトップへと登り詰め、圧倒的な権力と財力を手にして帰還を果たした。最悪の裏切りを経験し、復讐の炎を絶やさず燃やし続けてきた彼は、自分からすべてを奪った者たちに報いを受けさせるべく動き出す。血の繋がりこそが最も深い絶望を招いた皮肉な運命の中で、失ったすべてを奪還するための帝国級の逆襲劇が幕を開ける。かつての絶望を糧に、帝王として君臨する彼の冷徹な復讐が、腐敗した支配構造を根底から揺るがしていく。手に汗握るアクションと、過去の因縁が絡み合うミステリアスな物語が今、ここに始まる。
モラハラ元夫からのグロテスクな求愛は着信拒否で。私は新恋人の腹筋を眺めます の小説カバー
8.8
長瀬詩織と牧野雄介は、10年来の幼馴染でありながら3年間の結婚生活で破綻を迎えた。夫の裏切りや実兄たちの無関心に晒された詩織は、病に蝕まれた体を引きずり、すべてを捨てる決意を固める。胃がんの中期という過酷な現実を前に、彼女は不屈の精神で這い上がり、平社員からテクノロジー業界の頂点へと登り詰めた。離婚の熟慮期間が終わると同時に夫を出し抜き、鮮やかに自由を手にする。かつて高圧的だった雄介は、立場が逆転すると豹変し「自分の胃をあげるから離婚はしない」と涙ながらに懇願。困窮した兄たちも掌を返して金銭を求めてすがりつくが、今の彼女に彼らを受け入れる余地はない。そんな詩織の背後から、一人の男が力強く歩み寄る。彼は自らの肉体美を誇示しながら、過去に縛られるなと彼女を鼓舞する。遅すぎた愛情や後悔など、路傍の草ほどの価値もない。詩織はかつての執着を完全に断ち切り、新たなパートナーと共に未来を見据えていた。