
妻の苦い清算
章 2
一週間後、黒木興信所から確認のメールが届いた。
『第一段階、完了。新しい身分証明書の作成手続きに入りました。完了予定:4~6週間』
安堵の波が、まるで物理的な解放のように、佳乃の全身を駆け巡った。
私はもはや単なる被害者ではない。
自分自身の脱出を設計する建築家なのだ。
パリ。
その言葉が心の中で響いた。
蓮と知っていたパリではない。五つ星ホテルとミシュランの星付きレストランのパリではない。
これは私のパリになる。
ル・マレ地区の小さなアパート、静かな生活、小さな個人経営のアートギャラリーでの仕事。
誰も「西園寺」という名前を知らない生活。
私はゆっくりと、痛みを伴う人生の解体作業を始めた。
幽霊のようにペントハウスを動き回り、十五年分の共有された思い出を整理していく。
クローゼットの奥のベルベットの箱にしまわれていたのは、結婚式の日に蓮がくれたダイヤモンドのネックレス。西園寺家に伝わる家宝だった。
「これは僕の祖母のものだったんだ」
彼は誠実な目で言った。
「僕たちの家族の未来を象徴している。これからは君のものだ、永遠に」
永遠。
その言葉は苦い冗談だった。
私は冷たく輝く石を見つめた。
これらは未来の象徴ではない。
私の沈黙の代償であり、私自身の失恋に加担したことへの支払いだった。
私は近くのチャリティーオークションハウスへ行き、匿名でそれを寄付した。
寄付の承諾書は、ネックレスそのものよりも重く感じられた。
他のものは、手放せなかった。
笑顔の、偽りの思い出で満たされたフォトアルバム。
初期の、幸せだった旅行で買ったくだらないお土産。
彼が私の枕元に残してくれた手書きのメモ。
その夜、私はそれらをリビングルームの大きな暖炉に持っていった。
一枚一枚、炎に食べさせていく。
偽りの幸福の瞬間に捉えられた私たちの顔が、丸まり、黒ずみ、灰に変わっていくのを見つめた。
炎は私たちの過去を飲み込んだ。
嘘だった愛のための、火葬の炎だった。
蓮は翌日、「出張」から帰ってきた。
私の知らない曲を口ずさみながら。
彼は、マントルピースの上から私たちの結婚式の写真がなくなっていることに気づいた。
「僕たちの写真はどこだ、佳乃?」
彼は少し困惑したように眉をひそめて尋ねた。
「額を新しくしてもらうために出したの」
私は滑らかに嘘をついた。
「ガラスにひびが入っていたから」
彼は何の疑いもなくその説明を受け入れた。
彼はあまりに上の空で、秘密の生活で頭がいっぱいだった。
彼からは、私のものではない、ほのかな花の香水の匂いがした。
カシミアのコートの襟に、一本の長い黒髪を見つけた。
証拠は至る所にあったのに、彼はすべてがうまくいっていると信じている男の至福の無知さで、私たちの家を動き回っていた。
「君にサプライズがあるんだ」
数日後、彼は私の腰に腕を回しながら言った。
「パーティーだ。君の誕生日のためだよ。僕がいなかった埋め合わせに。みんな招待した」
私の本当の誕生日は何週間も前だった。
一人で過ごした、あの誕生日。
このパーティーは私のためのものではない。
彼のためのものだ。
私たちの社交界に向けたパフォーマンスであり、完璧なカップルの見せかけを維持するための手段だった。
「それは…思いやりがあるわね」
私は感情のこもっていない声で言った。
私はシンプルな黒いドレスでパーティーに出席した。
他の女性たちのきらびやかなガウンとは対照的だった。
まるで自分の処刑を見守る傍観者のような気分だった。
ペントハウスは花で埋め尽くされ、シャンパンが惜しげもなく注がれ、隅では弦楽四重奏が演奏されていた。
それは豪華さと幸福の完璧な絵だった。
そして、私は彼女を見た。
有栖亜里沙。
グランドピアノの近くに立ち、少し小さすぎる鮮やかな赤いドレスを着て、場違いな様子で途方に暮れていた。
年配の女性客が、ダイヤモンドをじゃらじゃらさせながら佳乃のそばを通り過ぎた。
「あなた、今夜は素敵ね」
その女性は、亜里沙に目を固定しながら言った。
「その赤は、あなたにしては大胆な選択ね!」
女性は佳乃の腕を軽く叩き、去っていった。
佳乃は凍りついた。
彼らは亜里沙を私だと思っている。
代替品はあまりに露骨で、あまりに明白で、人々はコピーをオリジナルと混同していた。
亜里沙は怯えているように見えた。
小さなハンドバッグを盾のように胸に抱きしめ、目は大きく見開かれ、部屋中をせわしなく見回していた。
彼女は、自分が理解できない世界で着せ替えごっこをしている子供だった。
蓮は、彼女の苦悩を見て、すぐに会話を中断し、彼女のそばへ移動した。
彼は彼女の腰に庇うように手を置き、耳元で何かを囁いた。
彼女の頬に、かすかな赤みが差した。
佳乃は彼らのもとへ歩いて行った。
足取りが重く、まるで水中を歩いているかのようだった。
「蓮」
私は低く、平坦な声で言った。
「彼女がどうしてここにいるの?」
蓮はびくっとしたが、すぐに回復した。
彼は魅力的な笑顔を貼り付けた。
「佳乃、ダーリン!亜里沙にきちんと会ってほしかったんだ。僕たちの子供を身ごもっているんだから、家族の一員のように感じてほしいと思ってね」
彼は、小さな光景に気づき始めた群衆に向き直った。
「皆さん」
彼は偽りの陽気さで声を張り上げた。
「こちらは有栖亜里沙さんです。佳乃と私の家族作りを快く手伝ってくれる、家族の大切な友人です。佳乃の…妹みたいなものだと思ってください」
妹みたいなもの。
その言葉は、公の場での降格宣告だった。
私はもはや妻ではなく、パワーカップルの片割れでもない。
私は、この若く、より妊娠しやすい女性を、親切に私たちの生活に受け入れる、慈悲深い姉になったのだ。
屈辱は物理的なもので、胸から顔へと広がる熱い紅潮だった。
蓮の注意はすでに亜里沙に戻っていた。
彼は彼女を群衆の中に導き、有力な友人たちに紹介した。
彼の手は決して彼女の背中から離れなかった。
佳乃は彼らを見ていた。
自分たちの太陽の周りを回る一対の惑星。
私を冷たい、外側の暗闇に残して。
彼が笑うのを見た。
何年も見ていなかった、本物の、無理のない笑い。
彼が亜里沙の耳の後ろに、はらりと落ちた髪をかけてやるのを見た。
あまりに親密で優しいその仕草に、私自身の心臓が締め付けられた。
私は無理やり人々と交流し、微笑み、「捻挫した腕」へのお見舞いの言葉や、「素敵なパーティー」へのお世辞を受け入れた。
しかし、私の目は彼らに引き戻されてしまう。
美術館の理事会で一緒の二人の女性の友人が、シャンパングラスの後ろで囁き合っていた。
「信じられる?あの神経」
一人が言った。
「妻の誕生日パーティーに愛人を連れてくるなんて」
「私、見たのよ」
もう一人が、目を丸くして囁き返した。
「先週、広尾の江藤先生の不妊治療クリニックで。待合室で手をつないでたわ。みんな見てた」
江藤先生。
都内で最も高級で、最も高額な不妊治療の専門医。
蓮が「予約を取るのは不可能だ」と言っていた、あのクリニック。
パズルのピースがカチッとはまり、息をのむほど広大で巧妙な裏切りの絵が完成した。
これは最近の浮気ではない。
これは長期的で、計算された欺瞞だ。
白日の下に晒された二重生活。
私の完璧な結婚は、ひびが入っていただけではなかった。
最初から、空っぽの殻だったのだ。
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