
死んだはずの妻、舞台へ
章 3
幸江 POV:
修作は私の返事を待つことなく, 私の手を取った. その力強い握力に, 私は逆らう気力もなかった. 彼は私を車に乗せ, 夜の街へと連れ出した. 行き先は, 華やかな社交パーティーだった.
「さあ, 幸江. 楽しもう」
彼は運転手にドアを開けさせ, 私をエスコートした. その手は, まるで私を所有物であるかのように強く握られていた.
会場に入ると, まばゆいシャンデリアの光が目に飛び込んできた. 着飾った人々がグラスを片手に談笑し, 会場は熱気と喧騒に包まれている.
私は, その中に桜の姿を見つけた. 彼女は, 何人かの友人と楽しそうに話している. 修作の隣に立つ私に気づくと, 彼女は一瞬, 動きを止めた. そして, 私と修作が手をつないでいるのを見て, その口元に奇妙な笑みを浮かべた. その笑みは, かつて私が病室のドア越しに見た, あの嘲笑と同じだった.
彼女は知っていたのだ. この復讐ゲームの全てを.
私の心臓が, 再び重く脈打った.
修作は, 私と交際している間, 桜とはほとんど連絡を取らなかった. 私が彼の浮気を疑わないように, 細心の注意を払っていたのだろう. だが, 真実は違った. 彼は, 桜を心から愛していたのだ. 私を欺き, 弄びながら, 彼の心は常に桜の方を向いていた.
彼は私の手を握りしめていた. その手は, まるで私を舞台に上げるための小道具のようだった.
桜は, 私たちの手を見て, 笑った. その笑みは, 私を嘲るものであり, 同時に勝利を確信するものでもあった.
意識が遠のきそうになる. 呼吸が, 浅くなる.
修作は, 私の手を強く握りしめた後, ふと, その手を緩めた.
「少し電話をしてくる. ここで待っていてくれ」
そう言い残し, 彼は人混みの中へ消えていった. まるで, 私から逃げるかのように.
私の心は, どんどん冷えていった. まるで, 深海の底へ沈んでいくかのように.
私は彼が出ていった方向を目で追った. 桜も, 彼の後を追うように, 人混みの中に消えていく. 二人の姿は, あっという間に私の視界から消えた.
私は一人, 会場に取り残された. すると, 修作の幼馴染たちが, ニヤニヤと笑いながら私の周りに集まってきた.
「幸江ちゃん, 久しぶり! 」
「修作に捨てられたかと思ってたよ」
彼らは私にグラスを差し出し, 嘲るような笑顔で言った.
「乾杯しようぜ, 修作を解放してくれたお礼に! 」
その言葉に, 私の全身の細胞が怒り狂った.
「遠慮します」
私は冷たく言い放った.
すると, 幼馴染の一人が, 無理やり私の手にグラスを押し付けた.
「なんだよ, 気取ってんのか? 飲めよ! 」
彼は私の肩を強く突き飛ばした.
私はバランスを崩し, よろめいた. 彼らは面白そうに笑い声を上げる.
「おい, もっと遊んでやろうぜ! 」
別の幼馴染が, 私の背中に手を回した.
私は必死に抵抗した. 彼らの手から逃れようと, 体を捩る. だが, 酔った男たちの力は強く, 私は身動きが取れない.
「離して! 」
私の声は, 彼らの笑い声にかき消された.
その瞬間, 一つの大きな力が私の背中に加わった.
私は, あっという間にもつれ, バランスを完全に失った.
「キャッ! 」
水しぶきが上がった.
私は, 冷たい水の中に投げ込まれていた.
会場の中央にある, 小さなプールの底へと沈んでいく.
冷たい水が, 私の全身を包み込んだ.
私は, 泳げない.
手足を必死に動かすが, 水は私を容赦なく深みへと引きずり込んでいく.
口を開けば, 冷たい水が流れ込んでくる. 鼻の奥がツンと痛み, 呼吸ができない.
「苦しい... ! 」
私の意識は, 薄れていく.
水面には, 幼馴染たちの楽しそうな笑い声が聞こえる.
彼らは, 私を助けるどころか, 嘲笑しているのだ.
体が, 重い. 腕が, 足が, 思うように動かない.
意識が, 完全に途絶えた.
次に目を覚ました時, 私は見慣れた部屋のベッドに横たわっていた.
頭がガンガンと痛み, 全身が熱い. 体の節々が軋むように痛んだ.
喉もカラカラに乾いていた.
「... 幸江」
優しい声が聞こえた. 視線を向けると, 修作がベッドサイドに座っていた.
彼の顔には, 微かな憔悴の色が浮かんでいる. 手には, 水と薬を持っていた.
「目が覚めたか. 薬を飲んで, もう一度眠るといい」
彼の声は, あの日の病室で聞いた優しい声と瓜二つだった.
私は朦朧とした意識の中で, 彼が差し出した薬を飲み込んだ. 喉が焼けるように痛かったけれど, その薬が救いのように思えた.
再び, 意識を手放す.
どれくらい眠っていたのだろう. 目が覚めると, 熱はさらに上がっていた. 全身から汗が噴き出し, 頭は激しく脈打つ.
修作の姿は, どこにもなかった. 彼はもう, この部屋にはいなかった.
私は何とか体を起こし, 洗面台へ向かった. 鏡に映る自分の顔は, 真っ赤に紅潮し, 目はうつろだった.
高熱だ. このままでは, 本当に死んでしまうかもしれない.
私は震える足で, 病院へ向かった.
病院に着くと, すぐに処置室に通された. 点滴が始まり, 体温は少しずつ下がっていく.
「もう少し遅れていたら, 命の危険がありましたよ」
医師が心配そうに私に言った.
「でも, 薬は飲んだはずなんです... どうしてこんなことに? 」
私は震える声で尋ねた.
すると, 医師は怪訝な顔をした.
「どんな薬を飲んだんですか? それを見せていただけますか? 」
私はカバンから, 修作がくれた薬の瓶を取り出した.
医師はそれを受け取り, 中身を確認した.
そして, 彼の顔色が変わった. 驚愕, そして怒り.
「これは... 薬ではありません」
医師の声は, 怒りに震えていた.
「ただの糖衣錠です. しかも, 体に有害な成分が含まれています. これを飲んだせいで, 症状が悪化した可能性があります」
私の心臓が, 再び止まった.
修作がくれた薬は, 私を治すためのものではなく, 私をさらに苦しめるためのものだった.
その瞬間, 私のスマホが激しく震え出した.
画面を見ると, メッセージが何件も届いている. 差出人は, 修作の幼馴染のグループチャットだった.
「幸江, 最高の演技だったな! プールに落ちた時の顔, マジで最高! (笑) 」
「修作の薬, 効いてるかな? もっと苦しめ! 」
「あいつ, まだ生きてんのか? 今夜で完全に壊してやろうぜ! 」
そして, 最後の一件.
「やべっ! 間違ってグループチャットに送っちまった! 」
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