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「さよなら」を告げたのは、あなたよ? の小説カバー

「さよなら」を告げたのは、あなたよ?

若く未熟だった津本薫は、かつて情熱のすべてを捧げた恋人がいた。しかし、彼との関係は愛とは程遠く、欲望に翻弄されるだけの日々。そんな折、彼の元に昔の恋人が戻ってきたことで、薫の居場所は完全に失われてしまう。冷え切った部屋と沈黙が続く夜の果て、彼女に手渡されたのは別れの言葉と一枚の小切手だった。「もう二度とお会いすることはありません」と冷徹に言い放ち、薫は涙を堪えて彼の前から姿を消した。それから数年の月日が流れ、二人は予期せぬ再会を果たす。しかし、かつて従順だった彼女の隣には、今は別の男性が寄り添っていた。その光景に激しい嫉妬を覚えた彼は、莫大な財産と婚約指輪を手に、再び彼女の心を奪おうと執拗に迫る。「他の男たちと同じ列に並ぶつもりはない。もう一度、君の隣に座らせてくれ」と。かつて自分を捨てた男からの身勝手な求愛。一度壊れた絆と、金に物を言わせた強引な執着が交錯する、大人の愛憎劇が幕を開ける。
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ホテルのスイートルーム。照明は薄暗く、どこか艶めいていた。

津本薫は、見知らぬ美しい男と、もつれ合うように激しく口づけを交わしていた。

今夜、元恋人の各務将人が婚約を発表した。彼女はやけ酒をあおるようにバーで泥酔し、酒と男の魅惑に身を委ね、この部屋までついてきたのだ。

四年の交際を平然と切り捨てて、資産家の令嬢と手を組んだ男。

そんな将人を見限ったのなら、自分も一度くらい、はめを外しても罰は当たらない…。

――それが、ほんの出来心だった。

男の肩に身を預け、薫はすべてを忘れ、まるで猫のように甘えながらその名をつぶやいた。「…将人」

その瞬間、すべてが凍りついた。

小さな音がして、部屋の照明がぱっと灯る。

明るくなった室内で、彼女はようやく男の顔をはっきりと見た。

鶴間尚輝――国内屈指の大弁護士、法曹界では『閻魔様』と恐れられる人物だった。 名義上の資産も数え切れない。まさに都会のエリート中のエリート。

しかも彼には、もうひとつ厄介すぎる肩書きがあった。各務将人――あの浮気男の義兄なのだ。

薫の酔いは、一気に吹き飛んだ。

そっと目を閉じる――やってくれるわ、自分。危うく、元カレの兄と寝るところだったなんて!

鶴間尚輝は、彼女の体から手を離した。

壁に寄りかかりながら俯いて煙草をくわえ、火を点ける。煙を吐きながら、視線で彼女をゆっくりと上下に値踏みするように見つめた。その顔には、どこか愉快そうな色が浮かんでいた。「面白いな…津本さん」

鶴間は灰を落としながら、笑っているのかいないのかわからない表情で、ふっと問いかけた。 「俺とキスしてた時、どんな気持ちだった?俺を抱いて、各務将人を思いきり見返してやろうって?」

――どうやら彼も、彼女が誰なのか気づいていたようだ。

薫は、もう知らないふりなんて通用しなかった。

鶴間尚輝の名前はあまりにも有名だ。たとえさっきまで本気で気づいていなかったとしても、今さら「存じませんでした」と言うのは、あまりにも白々しい。

それに、こんな大物を怒らせるわけにはいかない。彼女は素直に頭を下げた。「申し訳ありません、鶴間さん。お酒が入っていて…」

鶴間は、特に咎めることもなく、一本吸い終えた煙草を指で揉み消すと、体を起こした。そして、部屋の隅からジャケットを一枚取り上げ、彼女に向かって軽く放る。「羽織れ。送っていく」

薫は無駄な気遣いはせず、素直にそれを受け取ると、小さく声を落として礼を言った。

鶴間が運転するのは、ベントレー・コンチネンタルGT。車内では、ふたりとも黙ったまま。

薫はときおり彼の横顔を盗み見た。

鶴間の顔立ちは完璧だった。彫刻のように整った輪郭。着ているシャツはブランドのロゴなど一切ないが、それでもただならぬ気品を感じさせた。

――きっと、こんな男のまわりには、女が絶えないだろう。

目的地に着くと、彼は車を静かに止めた。そして体をこちらに向けると、その視線は一瞬、彼女の白くしなやかな脚にとどまった。すぐに彼は前方の収納から名刺を一枚取り出し、彼女に差し出した。

――こういうとき、言葉は要らない。男女の関係なんて、少し考えれば察しがつく。

薫は、まさか正体がバレたあとでも彼が関係を求めてくるとは思っていなかった。

鶴間尚輝が魅力的なのは間違いない。ひと晩だけの相手としては、最高の部類だろう。だけど…その肩書きを思い出すたび、背筋がぞわりとした。少し迷った末、彼女は丁重に名刺を押し返した。「鶴間先生、私たち…もう連絡はやめた方がいいと思います」

鶴間は、それでも特に気を悪くした様子はなかった。

津本薫は確かに美しい。だが、鶴間尚輝は無理強いするような男ではなかった。

名刺をすっと引き取ると、どこか皮肉めいた、けれど余裕を感じさせる笑みを浮かべながら軽く頷いた。「君みたいなのは…たしかに、良妻賢母になるのが似合ってる」

薫は少し顔をこわばらせたが、鶴間はそんな彼女の反応にも動じることなく、紳士然と車を降り、助手席のドアを開けてくれた。まるで今夜、ふたりのあいだにあった艶やかな一幕など、最初から存在しなかったかのように。

金色のベントレー・コンチネンタルGTが、静かに夜の闇へと走り去っていく。

夜風がひゅうと吹き抜け、薫の体を冷たく包んだ。そのときになって初めて、彼女は――あのジャケットを返しそびれていたことに気づいた。

追いかけるべきか、一瞬迷ったそのとき。スマートフォンが震えた。

発信者は京子おばさん――父の再婚相手だ。電話越しの声は切羽詰まっていて、泣きそうなほど慌てていた。「薫ちゃん、お願い…すぐ帰ってきて!家で大変なことが起きたの!」

薫は慌てて状況を尋ねたが、京子おばさんは電話越しではうまく説明できず、ただ「とにかく急いで帰ってきて」と繰り返すばかりだった。

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