
無能と嗤われた私、裏社会を支配する最強の女王でした
章 2
小倉晴は静流が信じないと思ったのか、襟元から懐中時計を引っ張り出した。
中には、ほとんど見えなくなりかけている古い写真が入っていた。
「妹よ、見ろ!これは俺たちの家族写真だ!」
写真には、優しげな顔立ちの女性が、可愛らしい小さな女の子を抱きかかえ、レンズに向かってとびきりの笑顔を向けていた。
そして、その女性の顔は…… 鏡で見る自分と、7、8割方似ていた。
同じ卵型の顔立ち、笑うと口元に同じように浅いえくぼができる。
静流は心臓が止まるかと思った。
無理もない。
彼が一目で自分だと気づいたのも当然だ。
これが本当に彼女の家族なのだ!
「20年前、お前は家の前で人買いに連れ去られたんだ!」
「家族全員、狂ったように探し回った!」
「母さんは……母さんはお前を想うあまり精神を病んでしまって、毎日お前の好きだった人形を抱きしめながら、何度も何度も『静』って呼んでるんだ……」
彼は手を伸ばし、静流の服の裾に触れようとしたが、空中でピタリと止めた。
「妹、兄ちゃんと一緒に家に帰ろう」
晴の声は、すがるような響きを帯びていた。
「母さんは重い病気を患ってる。母さんは……ずっとお前の帰りを待ってたんだ」
「わかった!」
道中、晴はどうやって帰ってこられたのかと妹に問い詰めた。
静流は、翠川国と港都国の政府が協力して行っている行方不明者捜索プロジェクトに登録し、運良く発見されたのだと簡単に説明した。
さっきの黒服の男は、彼女を送り届けてくれた役人だということにしておいた。
彼女は今の自分の身分を言いたくないわけではなかった。
ただ、あの凄惨な過去や、今は裏社会の頂点に立っているという事実を、家族にどう切り出せばいいのか分からなかった。
家族を怯えさせてしまうのが怖かったのだ。
妹が港都国に売られたと知り、晴の大きな体は激しく震え、その目には後悔と自責の念が溢れていた。
もしあの年、自分が母親と一緒に妹をちゃんと見ていれば…… 妹はあんな辛い思いをせずに済んだのに!
これからは、命に代えても絶対に妹を守り抜く!
二度と少しの苦しみも味わわせはしない!
彼は道中、ずっと彼女の手を強く握りしめていた。
ギーッ――
ドアを開けた途端、髪を振り乱した狂女が勢いよく飛び出してきた。その腕には、薄汚れた人形が強く抱きしめられていた。
「私の娘が帰ってきたの?! 私の静が帰ってきたの ?!」
彼女の視線が静流の顔に触れた瞬間、うつろだった目に驚くほどの光が宿った。
「静……私の静…… 本当に帰ってきたのね!」
瑠奈は静流を強く抱きしめて叫んだ。
静流の体は一瞬で強張った。
ーーこれが、私の母親?
彼女を探すために狂ってしまった母親。
静流は瑠奈を抱きしめ返し、涙を堪えて言った。「ただいま!」
彼女は帰ってきたのだ!
これからは、小倉家を誰にもいじめさせはしない!
ドンッ!
派手なシルクのネグリジェを着て、手首に翡翠のバングルをつけた少女が、家の中から見下すような表情で立っていた。
「へえ、やっと本物を見つけてきたの?」
「よかったわ。10年以上も身代わりをやらされてきたけど、これでやっとおさらばね!」
小倉結衣は静流を不快そうに上から下まで見定めて吐き捨てた。
「はいはいはい、玄関で感動の親子の再会ごっこはもうやめてくれない?気持ち悪いのよ。 さっさと入ってきて。私が荷物をまとめて出て行く邪魔しないでよね!」
晴の顔色は一瞬で青ざめ、声を荒げた。「結衣、どこへ行くつもりだ?!この家はお前を10年以上も育ててきた。いつお前を冷遇したって言うんだ!」
「出て行くって決まってるでしょ?」
結衣は甲高い声で笑い出した。
「じゃなきゃ、あんたみたいな役立たずと一緒に残って、イカれた母親と病人の父親の世話をしろって言うの? 私のこれからの人生、あんたたちみたいな足手まといに引きずり下ろされる覚えはないわ」
晴は怒りで全身を震わせて怒鳴った。「黙れ!」
結衣はさらに傲慢に笑い飛ばした。「あははは、図星か?いいわよ、家族水入らずで仲良くすればいいじゃない! こんな貧乏くさいボロ家、今日から私には一切関係ないから!」
そう言い残し、彼女は背を向けて家の中へ入っていった。
横で見ていた静流は、すぐに状況を理解した。
この家で10年以上も甘やかされて育った恩知らずが、家が落ちぶれたのを見て、残りの財産を巻き上げて別の金づるを見つけようとしているのだ。
すぐに、結衣が重そうなスーツケースを引きずって出てきた。
静流は彼女の前に立ちはだかって言った。「何、小倉家の血を吸い尽くしたから、もう出て行く気? この寄生虫!」
結衣は金切り声を上げた。「何ふざけたこと言ってんのよ? どきなさい!邪魔だよ!」
静流は彼女の手からスーツケースをひったくった。
同時に、もう片方の手で結衣の手首にあった翡翠のバングルと首のネックレスをすべてむしり取った。
ーー散々甘い汁を吸ってきた泥棒め!
結衣は奪い返そうと飛びかかった。「何するのよ!この狂人!返しなさいよ!」
静流が少し身をかわすだけで、結衣は空振りし、無様に地面に倒れ込んだ。
パキッ。
スーツケースの鍵は、静流の片手で造作もなく握り潰された
中身がバラバラと地面に転げ落ちた。
金ピカのブレスレット、ダイヤが散りばめられたネックレス、それに最高級の翡翠のペンダントがいくつか…… おそらくこれが小倉家に残された最後の金目のものだろう。
結衣は、小倉家に少しの逃げ道も残す気がないのだ!
結衣は目を真っ赤に血走らせ、地面のものをかき集めながら叫んだ。「これは全部私のものよ!私のよ!このアマ、返せ!全部返せ!」
これらのものがなければ、瑠奈や小倉翼の薬代はどうやって捻出するというのか。
今日、路地で晴が殴られながらも薬を守ろうとしていたことを思い出し、静流の怒りは頂点に達した。
次の瞬間、彼女は足を振り上げ、マーチンブーツのつま先を、結衣の腹部に力いっぱい叩き込んだ。
「ぎゃあああッ!」
結衣は凄絶な絶叫を上げ、庭の泥土の上に激しく吹き飛ばされた。
静流は見下ろし、氷のように冷たい声で言い放った。
「失せろ」
「もう二度とその顔を見せるな。次見つけたら、その度に半殺しにしてやる!」
結衣はもがきながら地面から這い上がり、怨念のこもった目で静流を睨みつけた。
「いいわ!上等よ!あんたたち、覚えてなさいよ!」
彼女は地面に落ちている金銀財宝を指差し、悪意に満ちた笑みを浮かべた。
「そのガラクタは、私が情けをかけて、あんたの今にも死にそうな病人の父親の棺桶代に恵んであげるわ!」
彼女は言葉を区切り、再び静流に目を向けて、意地悪く笑いながら言い放った。
「ああ、そうそう。親愛なる『妹』の小倉静流ちゃん」
「とってもおめでたいことを教え忘れてたわ」
「あんたにはね、婚約者がいるのよ」
「赤羽家の長男で、性病持ちの遊び人で、使い物にならなくなったって噂のあのクズよ!」
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