
無能と嗤われた私、裏社会を支配する最強の女王でした
章 3
「ゲホッ、ゴホッ――」
結衣の言う「病弱な親父」こと、翼がドアの枠に寄りかかり、無理をして出てきた。
「君は……静流、なのか?」
静流を見る彼の目には、大切に思う気持ちと、痛ましいほどの愛情が隠されていた。
静流の心は、何かにそっとぶつかられたような気がした。
これが、血の繋がりの力なのだろうか?
「……はい」
肯定の返事を聞いた途端、翼の目から涙があふれ出した。
「よく帰ってきた……私の愛しい娘よ、よく帰ってきた……」
混乱に乗じて家の中に入っていた小倉瑠奈が、古い木箱を抱えて出てきた。
「静、見て。全部あなたへの……」
静流が視線を落とすと、木箱の中には様々なものがきれいに畳まれて入っていた。
色褪せるまで洗われたピンクのワンピース、手編みのセーターが数着、そして少し古臭いデザインだが新品のヘアピン。
小倉晴が目を赤くして、傍らで静かに説明した。「お前が誘拐されてから、父さんや母さん、俺たちが毎年誕生日に用意していたプレゼントだ」
「3歳の時から数えて、1つも欠けてない」
「今、やっとお前の手に渡せる」
静流はゆっくりと手を伸ばし、指先でピンクのワンピースにそっと触れた。
ごわついた布の感触が、彼女の心の奥底にある最も固い部分を瞬時に打ち抜いた。
そうか。
自分は、誰にも必要とされていない子供じゃなかったんだ。
ずっと、想われていたんだ!
「静流……ゲホッ!私たちの宝物……」
翼が胸を押さえ、ガクッと腰を折ったかと思うと、突然大量の血を吐き出した。
だが、その顔には一抹の満足げな笑みが浮かんでいた。
「静流……死ぬ前に……もう一度お前に会えて、本当によかった……」
晴は崩れ落ちそうになる父親を抱きとめ、もう片方の手で慌ててスマホを取り出した。「救急車を呼ぶ!父さん、持ちこたえてくれ! まだ家族全員揃ってないだろ!兄貴たちもまだ帰ってきてないんだぞ!」
静流は手を伸ばし、床に広がる血溜まりに指先を浸した。
鼻先に近づけて、軽く匂いを嗅ぐ。
乱心散だ!
潜伏期間が数十年にも及ぶ慢性毒薬。一度発作が起きれば、3日以内に神でさえ救えなくなる。
翼の様子からして、明らかにこれが最後の一日だ。
一体誰が、こんな悪辣な手段を使い、10年もの歳月をかけて小倉家を陥れようとしたのか!?
深く考えている暇はない。静流の目に冷たい光が走った。
彼女は翼を床に寝かせると、腰のあたりを指でなぞった。瞬時に1本のメスが手に現れる。
晴は思わず止めに入ろうとした。「妹っ!な、何をしているんだ!」
「救うのだ。信じてくれ、絶対に死なせない」
やっと見つけた家族を、目の前で死なせるわけにはいかない!
静流は片膝をつき、メスで的確に翼の胸元の服を切り裂いた。
刃は稲妻のように急所を避け、安定した正確さと鋭さで皮膚と組織を切り開き、すでに衰弱した心臓を露出させた。
続いて、彼女は素早く心臓周辺の重要なツボにメスと銀の針を突き刺した。
数カ所から黒い血が滲み出た。
毒の血が排出されるにつれ、翼の荒い呼吸が次第に落ち着いてきた。
静流は針とメスをしまい、翼を横抱きにすると、最も清潔な寝室へとまっすぐ向かった。
この間、わずか1分足らず。
晴はその場に立ち尽くし、驚愕の眼差しを向けていた。
今のはなんだ?
死者蘇生か!?
楓州で一番の専門医たちでさえ父は助からないと言っていたのに、妹は……。
20年も生き別れた妹が、たった1本の小刀で父親を救い出したのだ!
彼女は……一体何者なんだ?
晴は声を震わせて言った。「妹よ、お前……すごすぎるだろ」
静流は翼をベッドに寝かせると、振り返って彼を見た。その瞳には疲労の色が滲んでいる。
「お兄ちゃん、ベッド。私、休まないと」
「あ、うん!」晴は慌てて彼女を綺麗に整えられた寝室へ案内した。「妹よ、ここは俺たちがお前のためにずっと空けておいた部屋だ。毎日掃除してたんだぞ」
「ゆっくり休め、俺はこの信じられないような吉報を、兄貴たちに知らせてくる!あいつらも知ったら、絶対にめちゃくちゃ喜ぶでしょうね!」
静流は、ドアのところで瑠奈が自分を見つめているのに気づき、手招きした。「お母さん、こっち来て。一緒に寝よ!」
***
琴平市の最高級プライベートクラブのVIPルーム。
赤羽吉影は薄暗い片隅に座っていた。彼が纏うオーラは、氷のように冷たい。
露出の多い服を着た女が、勇気を振り絞ってすり寄ってきた。「赤羽様、お1人じゃ寂しいでしょ? 私と一緒に一杯どう?」
「失せろ」
親友の宇都宮陽斗がからかうように言った。「おいおい吉影、美女にはもう少し優しくできないのか? なんだ、会ったこともない婚約者の小倉静流のために、本当に操を立ててるのかよ?」
その名前を聞いて、吉影は心底うんざりした。
「明日には婚約破棄してやる」
陽斗は眉をひそめた。「マジで破棄する気か? 爺ちゃんの顔に泥を塗ることになるぞ」
「俺の婚約だ。あの人に口出しされる筋合いはない」
吉影はソファに深く寄りかかり、無意識に心臓のあたりを指先でなぞった。
そこには、傷跡がある。
3年前、港都国の国境。彼は敵対組織に包囲され、数発の銃弾を浴び、あの廃倉庫で死ぬのだと思っていた。
意識が遠のく中、1本のメスを持った女が、彼を死の淵から引き戻してくれた。
力を振り絞って、ようやく彼女の顔を見た。
目を覚ますと、彼女はすでに跡形もなく消え去っていた。
この3年、赤羽家の全力を注ぎ、港都国をひっくり返す勢いで探したが、彼を救い、彼の心を奪ったあの女は見つからなかった。
(小倉家との婚約だと?)
(さっさと片付けなければならない。)
(俺の女は、あいつしかいない!)
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