
炎に消えた家族、残されたのは叔父の腕だけ
章 3
バスローブを羽織った江逾白は、戸口で顔面蒼白に立ち尽くし、全身を震わせる夏語棠の姿に、一瞬、動揺の色を見せた。
「語棠?どうしたんだ?」
「叔父さん……」夏語棠の声はか細く途切れがちだった。燃えるように熱い手を持ち上げ、江逾白のバスローブの袖を掴む。「熱が出たみたい。すごく苦しい……病院に連れて行って、くれない?」
江逾白は手を伸ばして彼女の額に触れる。その焼けるような熱さに、彼は眉をきつく寄せた。
「こんなに高熱じゃないか。どうしてだ?」 彼の声には焦りが見えた。車のキーを取ろうと踵を返す。「こんなになるまで、どうして言わなかったんだ」
その時、寝室から林茵茵が出てきた。彼女の身には江逾白のものと思しきシャツが一枚。ゆるんだ裾が太ももを覆い、
肌があらわになっている。
彼女は、自分も病院について行くと強く言い張った。
「逾白、あなたは男でしょう。女の子の看病なんて分からないはずよ。私も一緒に行くわ」
言い終わるや否や、林茵茵は素早く服を着替えると、やけに親しげに夏語棠の体に腕を回し、外へと促した。
車を走らせてしばらく経った頃、
林茵茵のスマートフォンが鳴った。
画面を一瞥するや、彼女の顔にたちまち焦りの色が浮かぶ。
「もしもし?え? 雪球がどうしたって? ……わかった、すぐ行く!」
電話を切るなり、林茵茵は江逾白の腕にすがりついた。切羽詰まった声だ。「逾白、うちの雪球が病気なの。動物病院から連絡があって、危ないかもしれないって。お願い、そこまで送ってくれない?」
江逾白は眉をひそめた。顔面蒼白で、今にも倒れそうな夏語棠。そして、焦燥に駆られた表情の林茵茵。彼の視線は、二人の中間をためらいがちに揺れ動いた。
夏語棠の心は、ゆっくりと冷たく沈んでいく。
彼女は冷え切った車の窓に弱々しくもたれかかり、江逾白を見つめた。その声は、泣き出しそうに震えている。「叔父さん、私、本当に苦しい……」った。
江逾白の視線が、熱で真っ赤に上気した彼女の顔に注がれる。彼が喉仏を一度動かし、何かを言いかけた。
だが結局、彼は深く息を吸い込むと、彼女の視線から逃れるように目をそらし、罪悪感を滲ませた声で言った。「語棠、先に降りてくれないか。友人に連絡する。彼に君を病院へ送らせるから」
夏語棠は信じられない思いで彼を見つめた。涙が一瞬にして視界を滲ませる。「叔父さん、あの人を送っていくの?」
江逾白は答えなかった。ただポケットからスマートフォンを取り出し、どこかへ電話をかけようとするだけだ。
その瞬間、夏語棠の世界は、音を立てて完全に崩れ落ちた。
かつて自分を掌中の珠のように慈しんでくれた男。その男が今、別の女のために、自分が最も弱っているこの瞬間に、自分を見捨てようとしている。心臓が真っ二つに引き裂かれるような痛み。それは、かつてあの業火に焼かれた時の苦しみに、何ら劣るものではなかった。
「もう結構よ」 夏語棠は、不意に笑みを浮かべた。「叔父さん、行きなさいよ。 私なら、一人で大丈夫だから」
彼女は車を降り、タクシーを捕まえようと手を挙げる。
一歩踏み出すたびに、まるで割れたガラスを踏みしめるような激痛が走り、意識が遠のきそうだった。
もはや江逾白との関係は、二度と元には戻れない。それが、この瞬間に悟ったすべてだった。
骨身に凍みる寒気が全身を包み込む。
夏語棠の意識は、次第に混濁していった。
意識が幼少期に引き戻される。すべてを焼き尽くすかのような業火。濃煙の中で泣きながら「叔父さん」と叫ぶ自分。そこへ、江逾白が危険を顧みずに飛び込み、彼女をその腕に固く抱きしめてくれた。
――永遠に君を守る。あの時の彼は、確かにそう言ったのだ。
だが今、彼は。たった一匹の猫のために、高熱にうなされる彼女を、深夜の路上に置き去りにした。
次の瞬間、夏語棠の意識は暗闇に沈んだ。
鼻を突く消毒液の匂い。
夏語棠は、物心ついた時から病院が何より苦手だった。
やがて、夏語棠の睫毛が微かに震えた。
目を開けると、宙に吊るされた点滴のチューブが目に入る。透明な液体が一定のリズムで滴り落ち、針を通して手の甲へと流れ込んでくる。
ひやりとした冷たさが走った。
「目が覚めたか?」 聞き慣れた声が耳元で響く。夏語棠がゆっくりと首を巡らせると、ベッド脇の椅子に江逾白が座っていた。彼は眉間に深い皺を刻み、その目は赤く充血していた。
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