
炎が暴いた裏切りの真実
章 2
「勇斗! 」
私の声は, もはや感情を失っていた. 凍りつくような声に, 勇斗と奈々香は飛び起きた. 勇斗の目は大きく見開かれ, 奈々香は怯えたように勇斗の背中に隠れる.
「沙耶香... なぜここに... 」
勇斗の声は途切れ途切れだった. 彼は私の視線を避け, 奈々香を庇うように腕を回す. その仕草が, 私の心に最後の止めを刺した.
「沙耶香さん, 誤解です... これは... 」
奈々香がか細い声で言い訳を始めた. その声は, まるで獲物を前にした子猫のように震えていたが, 私の目には, 計算高い演技にしか見えなかった. 私は言葉を発する気力もなかった. ただ, 冷たい視線で二人を射抜く. 私の心は, もはや, 見えない壁に覆われていた.
「誤解? 何が? 」
私の声は, ひどく冷たかった. 自分でも驚くほど, 感情がこもっていなかった. 勇斗の顔が青ざめる. 奈々香は, さらに勇斗の背中に身を寄せた.
「沙耶香さん, ごめんなさい... 体が冷えてしまって... 兄さんに温めてもらってただけなんです... 」
奈々香は涙目で勇斗を見上げた. その言葉は, まるで氷水のように, 頭からつま先まで私を凍えさせた. 勇斗は, 奈々香の頭を優しく撫でる. その光景は, 私にとって拷問だった. 私は逃げ出したかった. この地獄のような場所から, 一刻も早く.
私がリビングのドアに手をかけたその時, 勇斗が慌てて私の腕を掴んだ. 「沙耶香, 待ってくれ! 話を聞いてくれ! 」彼の指が, 火傷の痕に触れる. 私は反射的に腕を振り払った. 痛みが走る.
「沙耶香さん, 兄さんに乱暴しないで! 私のせいで兄さんが困っちゃうじゃないですか! 」
奈々香が甲高い声で叫んだ. 勇斗は, 奈々香を気遣うように, 私の前に立ちはだかる. 私の心臓は, まるで, 見えない手に強く握り潰されるかのように, 息ができなかった.
「困る? あなたが? 私が火傷で苦しんでいる間, あなたはここで, 私の婚約者と抱き合って眠っていたのよ! 」
私の声は, 怒りと絶望に震えていた. 勇斗は俯き, 何も言えない. 奈々香は, 顔を真っ赤にして, さらに勇斗の腕にしがみついた.
「奈々香はまだ子供なんだ! 頼む, 沙耶香, 奈々香を責めないでくれ! 」
勇斗が懇願するような目で私を見た. その言葉が, 私の心の最後の糸をプツリと切った. 彼は, いつだって奈々香を優先する. 私の痛みも, 私の感情も, 全て奈々香の前では無意味になる.
「子供? 20歳を過ぎた大人が? あなたにとって, 私は一体何だったの? 店の看板パティシエ? それとも, 奈々香が寂しくないように, あなたのそばに置かれた飾り物? 」
私の声は, もはや怒鳴り声になっていた. 勇斗は後ずさり, 奈々香は怯えたように震えている. 私はもう, 何も期待しない. 何も信じない. 彼は, もう私の知っている勇斗ではない.
「沙耶香... 」
勇斗は何かを言おうとしたが, 言葉は出てこなかった. 彼はただ, 奈々香を抱きしめるだけだ. その姿を見て, 私は確信した. この関係は, もう終わりだ. 私の心は, もはや, 冷たい石のように動かなくなっていた. 彼は, 私の人生から完全に消え去るべき存在なのだ.
私は, 自分の部屋へと戻った. 私の私物は, ほとんどが奈々香の物と入れ替わっていた. わずかに残された大切な物だけを, スーツケースに詰め込む. それ以外の, 勇斗との思い出の品は, 全てゴミ袋に放り込んだ.
ゴミ袋の底から, 小さな木箱が出てきた. 開けてみると, 中には私が勇斗に贈った手作りのクッキー型と, 二人で初めて作ったケーキの写真が収められていた. その写真には, 満面の笑みを浮かべた私と勇斗が写っている. 何て馬鹿だったんだろう. この男のために, どれだけの時間を, どれだけの情熱を注いできたのだろう.
「バカな私... 」
私は自嘲気味に呟いた. 私の頬を, 冷たいものが伝う. いつの間にか, 涙が溢れていた. 私は, その木箱と写真を, ゴミ袋の中に戻し, ライターを取り出した.
「沙耶香, 何を... 」
勇斗が突然部屋に入ってきた. 私の手には, まだ火のついたライターが握られている. ゴミ袋の中の思い出の品が, 白い煙を上げ始めた.
「沙耶香! やめろ! 」
勇斗は私からライターを奪い取ろうとしたが, 私は彼の手を振り払った. 「これは, 私の物よ. あなたには関係ない. 」私の声は, 乾いていた. 勇斗は, 目の前の光景に呆然としている.
「奈々香が怖がっているんだ! 一旦落ち着いて, 話を聞いてくれ! 」
勇斗の目には, 焦燥の色が浮かんでいた. 奈々香のことが, またしても優先される. 私の心は, もはや, 彼の言葉に何の感情も抱かなかった.
「聞く価値もないわ. 」
私は冷たく言い放った. ゴミ袋の中の物は, 燃え尽きて, 黒い灰になっていく. 私の心も, それと同じように, 彼の存在から解放されていく. 私は, 携帯を取り出し, SNSに短いメッセージを投稿した. 「カウントダウン開始. 」
私は, その夜, 二度とこの家に足を踏み入れることはなかった. 私のSNSの投稿には, 「何が始まるんですか? 」「沙耶香さん, 大丈夫? 」といったコメントが寄せられていたが, 私はそれらを見ることもなかった. ただ, 私の心は, 静かに, そして冷たく, 燃え盛る炎のように, 復讐の炎を燃やし続けていた.
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