
身代わりの妻は天才デザイナーとして覚醒する
章 3
マンションに戻った理実は、薬を飲むとすぐに眠りに落ちた。
どれくらい時間が経ったのか。
玄関のドアが、重々しい音を立てて開く気配で、理実は意識を覚醒させた。
深夜。部屋はしんと静まり返っている。
理実は、無意識に掛け布団を強く握りしめた。
寝室のドアが、乱暴に開け放たれる。そこに立っていたのは、よろめく足取りの正樹だった。彼の全身から、強いアルコールの匂いが立ち上る。
そして、そのアルコールに混じって、理実の鼻を突く香りがあった。
昼間、電話越しに聞こえてきたのは、あの女性の香水の香りだったのだろうか?
吐き気が、こみ上げてくる。理実は、痛む身体を無理やり起こした。
「あなた……。大阪出張じゃ、なかったの?」
声が震える。
正樹は、ネクタイを緩めながら、理実を睨みつけた。その瞳は、酔いのせいか、あるいは別の感情のせいか、濁った光をたたえている。彼は何も答えず、大股でベッドに近づいてきた。
そして、理実の上に覆いかぶさるように、両腕を彼女の身体の両脇についた。彼の影が、理実を完全に飲み込む。
顔に吹きかかる酒気に、理実は思わず顔を背けた。
その仕草が、正樹の癇に障ったらしい。彼は、理実の顎を乱暴に掴み、無理やり自分の方を向かせた。
「やめて……」
理実の身体が強張る。
「気分が悪いの」
か細い声で訴える。腹部の鈍痛が、再び主張し始めていた。
「はっ」
正樹は鼻で笑った。
「またその手か。病気のふりをして、俺の気を引くつもりか」
その言葉に、理実の心は完全に凍てついた。
彼は、理実の抵抗をものともせず、その身体をベッドに押し倒した。
「やめて! 本当にお腹が……!」
理実は、恐怖に目を見開き、彼の硬い胸板を必死で押し返そうとする。だが、男の力は圧倒的だった。正樹は片手で理実の両手首を掴むと、頭上で枕に縫い付けた。
「お腹が痛いの! お願いだから、やめて!」
悲鳴に近い叫び。
しかし、正樹の動きは止まらない。彼は、理実のシルクのパジャマのボタンを、引き千切るように乱暴に開けた。
ビリという、布が裂ける音が静かな寝室に響き渡る。
その瞬間、理実の腹部に、突き刺すような鋭い痛みが走った。生理的な涙が、目尻からこぼれ落ちる。
正樹の唇が、まるで罰を与えるかのように、理実の首筋に押し付けられた。
理実は、強く下唇を噛んだ。口の中に、鉄錆の味が広がる。
朦朧とする意識の中、正樹が低く何かを呟くのが聞こえた。
「りかね……」
その三文字が、氷の刃となって、理実の心臓を貫いた。
ああ、やはり。
私は、この人のものではない。
彼の中にいるのは私ではない。
ぷつりと、理実の中で何かが切れた。
あれほど激しかった抵抗が、嘘のように止まる。彼女の身体は、まるで魂の抜け殻のように、ベッドの上で硬直した。
腹部の痛みが、頂点に達する。何か大切なものが、体内から引き剥がされていくような、絶望的な感覚。
視界が、急速に暗転していく。
最後に聞こえたのは、自分のものではないような、微かな悲鳴だった。
意識が完全に途切れる寸前、身動きしなくなった理実の異変に、ようやく正樹が気づいたようだった。彼の動きが止まった。
だが、もう遅すぎた。
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