
身代わりは終わり、女王は還る
章 3
ベイリー・ダグラス視点:
心臓モニターの規則正しいビープ音と、消毒液の無機質な匂いで目が覚めた。
病院。
まただ。
私の手は厚い包帯で巻かれ、鈍く、脈打つような痛みが腕を駆け上っていた。
「ベイリーお嬢様? ああ、よかった、お目覚めですか」
20年以上も我が家の家政婦を務め、私に唯一、変わらぬ優しさを見せてくれたマリアが、ベッドサイドに駆け寄ってきた。
いつもは温かい彼女の目は赤く腫れ、安堵と怒りが入り混じった表情をしていた。
「どうして…?」
私はかすれた声で尋ねた。
喉が乾いている。
「先生は、毒の回りが早いって…」
「奇跡でした、お嬢様」
彼女は震える声で言った。
「もし私がプライベート救急車を呼ぶのが5分遅れていたら、お嬢様は…助からなかったと」
彼女の顔がくしゃりと歪んだ。
「私はお願いしたんです、ベイリーお嬢様。ブレア様とご兄弟方に、お嬢様を見てください、噛まれた跡を見てください、お医者様を呼んでくださいと、お願いしたんです。でも、彼らは聞いてくれませんでした。詩織お嬢様の周りに群がって、お嬢様が箱を投げつけたと泣き叫ぶのを聞いていたんです。箱ですって! お嬢様が床で痙攣しているというのに」
彼女は手を固く握りしめ、指の関節が白くなった。
「彼らは私をヒステリックな老婆だと呼びました。陸様は、騒ぎを起こすな、自分の立場をわきまえろと」
私の立場。
忘れられたスペア。
「私は思い出していただいたんです」
マリアは涙で声を詰まらせながら囁いた。
「お嬢様がどれだけ彼らの面倒を見てきたか。大樹様がひどいインフルエンザにかかった時、一晩中そばにいて、冷たいタオルを替え続けたのはお嬢様でした。海斗様がスキーで足を骨折した時、彼が看護師を嫌がるからと、週に3回もリハビリに連れて行ったのはお嬢様でした。陸様の最初の会社が倒産しかけた時、おばあ様の形見の宝石を売って助けたのもお嬢様でした。そのこと、彼にさえ話していませんでしたのに」
彼女の言葉は小さな短剣のようだった。
一つ一つが、私が心の周りに築いた無感覚の殻を突き破っていく。
「そしてブレア様」
彼女は嗚咽を漏らした。
「5年間、お嬢様は彼の家事全般、社交スケジュールを管理し、彼のお母様しかレシピを知らない、彼の大好物のスープの作り方まで覚えました。お嬢様は彼らのためにすべてを尽くした。なのに、彼らは何も見ていなかった。彼女しか見ていないのです」
私は黙って聞いていた。
熱い涙が一筋、こめかみを伝って髪の中に消えていく。
心の痛みは、手の疼きよりもずっとひどかった。
もう少しだけ、と私は自分に言い聞かせた。
島のことが、焼けるような魂への遠い、冷たい癒しのように感じられた。
もう少しだけ。
そうすれば、自由になれる。
二日後、私はプライベートクリニックを退院した。
ヴィラに戻ると、風船やリボンで飾り付けられていた。
歓喜に満ちたお祝いの音が、物理的な打撃のように私を襲った。
彼らはパーティーを開いていた。
詩織の誕生日パーティー。
それは、私の誕生日でもあった。
誰も覚えていなかった。
彼らはリビングルームに集まり、詩織に山のような豪華なプレゼントを贈っていた。
司からはダイヤモンドのネックレス。
大樹からはヴィンテージのスポーツカー。
海斗からは限定版のハンドバッグ。
陸からは希少な初版本。
私が戸口に立っているのに気づくと、笑い声が止んだ。
彼らの顔から笑顔が凍りつく。
「おや、誰かと思えば」
海斗が、皮肉たっぷりの口調で言った。
「ようやくお出ましか? スパでのんびり休暇でも楽しんでたのか?」
「クリニックには電話した」
陸が、冷たく硬い目で付け加えた。
「軽い蜘蛛の咬み傷だそうだ。昨日退院できたはずだ。そんなに大げさに振る舞う必要があったのか?」
「嘘をつくのは悪い癖になってきてるぞ、ベイリー」
大樹が嘲笑した。
司が私に近づいてきた。
その表情は、どんな怒りよりも鋭く切りつける、穏やかな失望の仮面だった。
「ベイリー、頼むから」
彼はまるで難しい子供に言い聞かせるように、優しく言った。
「詩織は起きたことをひどく気にしている。君が彼女を責めていると思っているんだ。彼女がどれだけか弱いかわからないのか? 彼女は君の姉さんだ。そして、僕の妻だ。僕たちは家族なんだ」
僕の妻。
彼はそれをいとも簡単に口にした。
私たちが共に過ごした5年間、築き上げた人生は、彼が彼女のために熱心に署名した一枚の法的書類によって消し去られた。
そして彼は、ここに立って私に家族について語る厚かましさを持っていた。
純粋で、白熱した怒りが、私の中を駆け巡った。
視界が揺らぐ。
顔から血の気が引いていくのを感じたが、無理やり唇に笑みを浮かべた。
それは脆く、顔を二つに引き裂いてしまいそうだった。
「その通りよ、司さん」
私は不気味なほど甘い声で言った。
「あなたの言う通りだわ」
彼は虚を突かれたようだった。
彼の目に不安の色がちらつく。
私がこれほど素直に同意するとは思っていなかったのだろう。
ちょうどその時、詩織が手を叩いた。
「ああ、時間だわ! 私の誕生日ビデオの時間よ!」
照明が落とされ、暖炉の上の大きなスクリーンが点灯した。
詩織の子供時代の写真のスライドショーのはずだった。
しかし、スクリーンに映し出されたのは、5歳若い詩織が、薄汚いクラブで二人の男と際どいポーズをとっている高画質の画像だった。
彼女のシャツは破れ、その表情は奔放そのものだった。
そして、別の写真が点滅した。
また別の写真。
一枚一枚が、前のものよりスキャンダラスだった。
部屋の空気は、衝撃と恐怖で重くなった。
スクリーンの向こう側、太い赤い文字でキャプションが現れた。
「東京一の尻軽女に、ハッピーバースデー」
部屋は混乱に陥った。
「消せ!」
大樹が、顔を紫色にして怒鳴った。
海斗が電源コードに飛びつき、壁から引き抜いた。
スクリーンは真っ暗になった。
陸がイベントマネージャーの襟首を掴んだ。
「このことが一言でも外に漏れたら、お前を破滅させてやる」
彼は唸った。
詩織は一瞬、凍りついたように立っていた。
その顔は、芝居がかった恐怖の仮面だった。
そして、彼女の目は部屋の向こうにいる私を捉えた。
彼女は震える指で私を指さした。
「ベイリー」
彼女は、練習を積んだ苦悩で声をひび割れさせながら、泣き叫んだ。
「どうして? どうして私にこんなことができるの?」
そして、合図があったかのように、彼女の目は白黒し、床に崩れ落ちた。
司の待つ腕の中へ、優雅に気絶してみせた。
「詩織!」
彼はパニックに満ちた声で叫んだ。
「誰か医者を! 今すぐ!」
彼は彼女を腕に抱き上げたが、二階へ駆け上がる前に、彼の目は私の目と合った。
その眼差しはもはや優しくも失望してもいなかった。
それは純粋で、混じりけのない憎悪だった。
「この代償は払ってもらう」
彼は、低く、恐ろしい約束のように唸った。
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