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聖女は死んだふりをした の小説カバー

聖女は死んだふりをした

「私の死を偽装してほしい」――親友の奈々にそう告げた私の心は、冷え切った復讐心に支配されていた。孤児院育ちの私が財閥の御曹司・松谷晴司に見初められ、世間から「現代のシンデレラ」と羨まれてから数年。夫は私を「聖女」と崇めて指一本触れず、私はそれを高潔な愛だと信じ込んでいた。だが、妊娠中に届いたのは夫と幼馴染・朱莉の情事、そして二人の間に生まれた双子の動画だった。ショックから流産し、血の海に沈む私を見て夫が放ったのは「清らかなままでいてくれ」という残酷な安堵の言葉。彼は私を神聖な偶像として棚上げし、朱莉を性欲と繁殖の道具にしていたのだ。絶望の淵で愛は殺意へと変貌した。私は飛行機事故を装って自身の死を演出し、表舞台から姿を消すことを決意する。彼が私の死を嘆き、遺品を整理するその瞬間に、不貞の証拠と流産の診断書という絶望を突きつけるために。偽りの聖女が仕掛ける、残酷な復讐劇の幕が今上がる。
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3

佳実 POV:

朱莉が座った途端, 会場の賑やかな雰囲気は凍り付いた. 彼女は何食わぬ顔で, ウェイトレスにシャンパンを注文した.

「みんな, 久しぶりね. 調子はどう? 」

彼女は周りの気まずい空気をまるで感じていないかのように, 笑顔で話しかけた.

「そういえばね, 私, 最近自分のブランドを立ち上げたの. 『ジュリアス』って言うんだけど, みんな知ってるかしら? 」

彼女は自慢げに, 自分のブランドについて語り始めた. 友人たちは, その話にあからさまに困惑した表情を浮かべた. 朱莉の家は没落したはずだ. 彼女に, そんな資金があるはずがない.

「晴司, あなたも知ってるわよね? 私のブランド, 今, 大人気なのよ」

朱莉は晴司と私を挑発するように, ニヤリと笑った.

「そのブランド, どうやって立ち上げたんだ? 」

友人の一人が, 恐る恐る尋ねた.

「あら, 秘密よ. でも, 私の今のお相手が, かなりの額を投資してくれたの. それに, 彼の莫大な人脈も使ってくれたわ」

朱莉は, 晴司の顔をちらりと見て, 再び私に視線を向けた.

その瞬間, 私の頭の中で何かが砕け散った. 晴司が最近, 私に「仕事が忙しい」と繰り返していたのは, 朱莉のブランドのために奔走していたからだ. 私がどれほど彼に尽くしても, 彼は裏でこんなことをしていたなんて.

心臓が, まるで誰かに握りつぶされるような痛みに襲われた. 私は思わず胸を押さえ, 呼吸が苦しくなった.

「佳実! どうしたんだい? 医者を呼ぶぞ! 」

晴司が慌てて立ち上がり, 私の傍に駆け寄ろうとした.

「あら, 愛しい奥様は, 愛されていても死人のような顔をしているのね. 可哀想に」

朱莉が嘲笑うように言った. その言葉に, 晴司の顔が怒りで歪んだ.

「黙れ, 朱莉! 」

彼は朱莉の頬を思い切り叩いた.

「二度と佳実を侮辱するな! 次は本当に, 二度と口を開けなくしてやる! 」

朱莉は頬を押さえ, 悔しそうに晴司を睨みつけた. だが, 彼の剣幕に気圧されたのか, 何も言い返せず, その場を離れていった.

朱莉が去った後も, 部屋の空気は重く沈んでいた. 晴司は私の手を強く握りしめ, 心配そうに私の顔を覗き込んだ.

「佳実, どこか痛むのか? 身体の具合が悪いのか? 」

私は彼の目を真っ直ぐに見つめ, その手を振り払った.

「ごめんなさい, 少し気分が悪いわ. 休ませて」

私はそう言って, 部屋を出た.

廊下に出ると, 朱莉が待ち伏せしていた.

「ねえ, 知ってる? 彼との間に, 私, 二人の子供がいるのよ. あの子たちはもう, 一歳になったわ」

朱莉は勝ち誇ったように言った.

「彼はね, もう私のものなの. いくらあなたが聖女ぶっても, 彼の心はもう私の方を向いているわ」

「嘘だ…」

私の口から, か細い声が漏れた.

「嘘なんかじゃないわ. 今度, 子供が熱を出したとか, 少しでもトラブルがあったら, 彼はすぐに飛んでくる. あなたには決して見せない顔を, 私には見せてくれるのよ」

朱莉の言葉は, 私の心を深く抉った.

部屋に戻ると, 晴司はまだ落ち着かない様子で, 私を案じていた. 彼は私の額にキスをし, 優しく言った.

「佳実, 僕がずっとそばにいるから, 安心しておくれ」

その言葉は, まるで呪いのように私の心に響いた. 彼は私が子供を流産したことを知らない. そして, 朱莉の子供たちを「跡継ぎ」として歓迎している.

「晴司…お願い. 今日は, 私のそばにいて」

私は彼のシャツの裾を掴み, 消え入りそうな声で懇願した.

晴司の表情に一瞬の迷いがよぎった. 何か, 大切なものを失う予感に, 彼もまた捕われているようだった. しかし, 朱莉からのメッセージに子供が病気だと書かれていたことを思い出すと, 彼は私を見つめる瞳から迷いの色が消えた.

彼は私の指を一本ずつ, ゆっくりと引き剥がした.

「ごめん, 佳実. 急な仕事が入ってしまったんだ. すぐに戻るから, 待っていてくれ」

彼はそう言って, 部屋を出て行った.

私は深く息を吸い込んだ. 彼の心が, もう私から離れてしまったことを, この目で, この耳で, この肌で, はっきりと感じた.

数分後, 再び朱莉からメッセージが届いた. 震える指で動画を開くと, 案の定, そこには朱莉と晴司が映っていた. 朱莉は泣きながら, さっきのパーティーでの出来事を晴司に話していた.

「晴司…ごめんなさい. 私, あなたに会いたくて, つい…」

朱莉は演技がかった声で, 晴司に抱きついた.

晴司は朱莉の頭を撫で, 優しく言った.

「ああ, もう気にしなくていい. 君には, 僕がついてる」

「でも…佳実さんの子供のために買ったあの島…」

朱莉がわざとらしく, 晴司に問いかけた.

「ああ, あれは佳実のために買ったものだからな」

晴司は一瞬, 眉をひそめたが, すぐに朱莉の子供たちを見て, 表情を緩めた.

「…いや, 君と子供たちのために使おう. 佳実には, また別のものを買ってやる」

彼はそう言って, 朱莉を抱きしめた.

朱莉から送られてきた音声メッセージには, 彼女の勝ち誇った声が響いていた.

「ねえ, 聞いた? あの島, もうあなたのものじゃないわよ. もうすぐ, あなたの夫も, 子供も, 全部私のものになるのよ」

私の手から, スマートフォンが滑り落ちた. 私はただ呆然と座り込み, 過去の晴司の優しい言葉を思い出していた. 彼の「唯一の愛」など, ただの複製に過ぎなかった. 私の心臓は, もう何も感じない.

私は, 彼が腐りきっていることに気づいた. そして, 私もまた, 彼によって, ゆっくりと腐食させられていたのだ.

もう, 彼との関係は, これ以上続ける意味がない. 明日, 私は彼のもとを去る.

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