逃げた花嫁、見つけた愛 の小説カバー

逃げた花嫁、見つけた愛

9.2 / 10.0
結婚式当日、私は家族や婚約者の健司から「壊れやすい人形」のように扱われていた。しかし式の直前、ベビーモニターが残酷な真実を暴く。彼らは私に精神安定剤を飲ませて眠らせ、私の披露宴会場を甥の誕生日会へと作り替える計画を立てていたのだ。私の人生は、彼らにとって主役のいない祝宴を飾るための、単なる前座に過ぎなかった。これまで「被害妄想だ」と一蹴されてきた疎外感は、私という存在を消し去ろうとする周囲の悪意ある画策だったと確信する。絶望の淵に立たされた私に残された唯一の希望は、亡き祖母が遺した桐山玲という男の名刺だった。「常識外れの解決策」を掲げる彼を頼るため、私はクリスタルの花瓶を割り、シルクのローブ一枚で裸足のまま、五つ星ホテルのスイートルームを脱出した。自分の人生を奪おうとする者たちに後始末を押し付け、私は唯一の目的地へと駆け出す。これは、自分自身を取り戻すための逃走と、その先に待つ愛の物語である。

逃げた花嫁、見つけた愛 第1章

結婚式当日、家族は私の「繊細な神経」を心配し、婚約者の健司は「君はただ綺麗にしてればいい」と言った。何年もの間、彼らは私を壊れやすい人形のように、管理すべき問題児として扱ってきた。

式の開始まで一時間。忘れ去られたベビーモニターから、彼らの声が聞こえてきた。私のシャンパンにこっそり混ぜる予定の、精神安定剤についての相談だった。

目的は、私の「ヒステリー」を鎮めるだけじゃない。

式を無事に乗り切らせた後、「感動のあまり」という名目で私をベッドに送り込むため。

私が部屋に消えた瞬間、ウェディング用の装飾は隠していた「誕生日おめでとう」の横断幕に差し替えられ、私の披露宴は甥っ子のための豪華な誕生日パーティーへと姿を変える。私の人生そのものが、私が招かれてすらいない祝宴のための、邪魔な前座に過ぎなかったのだ。

私が「誰にも相手にされていない」と感じるのは被害妄想だと、彼らはいつも言った。今、私は恐ろしい真実を知った。彼らは私を無視していただけじゃない。私の人生から、私という存在を積極的に消し去ろうと画策していたのだ。

でも、亡くなった祖母が、私に最後の贈り物を遺してくれていた。脱出口を。

桐山玲という男の名刺。名前の下には「常識外れの解決策」と印刷されている。

私はクリスタルの花瓶を叩き割り、裸足にシルクのローブ一枚で五つ星ホテルのスイートを飛び出した。自分の人生に背を向け、後始末は彼らに押し付けて。唯一の目的地は、その名刺に書かれた住所だけだった。

第1章

ブライズルームの静寂は、今まで聞いたどんな音よりも、大きく私の耳に響いていた。それは重く、期待に満ちた沈黙。部屋に充満する千本もの白百合のむせ返るような香りと、微かに鼻をつくヘアスプレーの鋭い匂いが混じり合っていた。グランド・ヴェール東京の床から天井まである壮大な窓の外では、街が生命のざわめきに満ちているというのに、この部屋だけは、時間がシロップのようにどろりと引き伸ばされていた。

金縁の姿見の前に立つ私は、まるで知らない誰かだった。初めて買った中古車よりも高価なドレスを身にまとって。シルクの生地は重く、液体のようにひんやりと肌を滑り、その緻密なビーズ細工は光を受けて、無数の小さな虹の欠片へと砕けていた。完璧な花嫁のための、完璧なドレス。問題は、私が完璧とは程遠い気分でいることだった。

(息をして、美咲。ただ、息をするのよ)

混乱した頭の中で、必死の囁きが聞こえる。鏡の中の私は、巧みに施されたメイクの下で青ざめ、目を見開いていた。心臓が肋骨に激しく打ちつけられる。骨とレースの檻に閉じ込められた、狂った鳥のように。人生で最高に幸せな日になるはずだった。誰もがそう言っていた。母も、婚約者の健司も、彼の完璧な妹の伊織さんも。彼らの言葉は、磨き上げられた滑らかな石のようだった。私の不安という荒れ狂う水面へと、一つ、また一つと投げ込まれていく。

「息をのむほど綺麗よ、あなた。本当に、夢のよう」

母の恵子が、鳩色のシフォンドレスを風にそよがせながら部屋に入ってきた。シャネルの5番と、静かな失望の香りがした。その微笑みは、決して瞳までは届かない。もう何年も、私を見るときはいつもそうだった。

完璧に手入れされた爪先を持つ母の冷たい指が、私のこめかみ近くに落ちた髪を一筋、直した。慰めるための仕草のはずが、まるで査定のように感じられた。商品を売りに出す前の、最終品質チェック。

(怯まないで。彼女の思い通りになってるって見せないで)

「ありがとう、お母さん」

か細く、弱々しい声で、私はなんとかそう言った。

「緊張してるだけよ、大丈夫」

母はそう言って、私の肩越しに鏡に映る自分自身の姿をちらりと見た。

「花嫁はみんなそうなるものよ。リラックスしなさい。婚約パーティーの二の舞はごめんだから」

私は顔をしかめた。婚約パーティー。大勢の人と、皆からの期待という息苦しい重圧に耐えきれず、私はパニック発作を起こした。健司はそれを「チャーミングなちょっとした動揺」と呼び、母は「恥さらし」と言った。二人は私の「繊細な神経」を、まるで私が自分勝手に彼らに押し付けている、慢性的で不治の病であるかのように語った。

健司の妹であり、私の家族がまるで太陽のように周りを回っている伊織さんが、母の後ろからふわりと入ってきた。彼女は私の正反対の存在だった。気負いのない自信、輝くような美しさ、そして家族中のアイドルである天使のような男の子、蓮くんの母親。彼女はシャンパングラスを手に、明るく、そして哀れみに満ちた笑みを浮かべていた。

「美咲ちゃん、素敵よ」

蜂蜜に毒を混ぜたような声で、彼女はさえずった。

「健司さんもすごく楽しみにしてる。もう待ちきれないって」

彼女の視線が私のドレス、髪、顔をなめるように見つめ、私はいつもの、あの焼けつくような劣等感に襲われた。彼女こそ、母がずっと望んでいた娘だった。「動揺」なんて起こさないタイプの女。

「シャンパン、持ってきたわ」

彼女はフルートグラスを差し出した。泡が陽気に踊っている。

「その繊細な神経を、落ち着かせるためにね」

まただ。その言葉。頭を撫でてあやすような、見下した言葉。

母が代わりにグラスを受け取った。

「まだよ、伊織さん。顔が赤くなったら困るわ」

母は私に向き直った。

「さあ、私はコーディネーターと最終確認をしてくるわ。伊織さん、美咲についていてあげて。彼女が…取り乱さないように」

ドアがカチリと閉まり、私は香水の匂いが充満する息苦しい静寂の中、伊織さんと二人きりで残された。鏡越しに彼女が私を見ているのがわかる。

「全部、本当に完璧にいくわよ」

彼女は共犯者のような口調で言った。

「今日が終われば、やっと何もかも落ち着くわ。来週は蓮の誕生日をちゃんとお祝いできるし。お母様、メインのボールルームを使いたいって言ってたわよ」

胃がねじれた。私の披露宴は、メインのボールルームで行われる。彼女は、もう飾り付けを変える計画を立てているとでも言うのだろうか?

「私の結婚式は、今日よ、伊織さん」

思ったより鋭い声が出た。

彼女はクスクスと笑った。その鈴を転がすような声が、私のささくれた神経に障った。

「もちろんよ、馬鹿ね。私が言いたいのは…ほら、この大騒ぎが終わればってこと。健司さん、全部を管理しようとして、すごくストレス溜めてたから。あなたのこと、どれだけ心配してるか知ってるでしょ」

(私を管理する。彼は私を管理することを心配している)

その言葉が頭の中で響いた。それが私。プロジェクト。管理されるべき問題。健司はパートナーと結婚するのではない。棚に飾っておく必要のある、美しくて壊れやすい人形を手に入れるのだ。

その時、健司本人がドアを押し開けた。その顔には、無理に作った陽気な表情が張り付いていた。タキシード姿はハンサムで、黒髪は完璧に整えられている。だが、彼の顎はこわばり、目は部屋をざっと見渡してから、私の上に落ち着いた。

「僕の美しい花嫁だ」

その言葉は、練習してきたかのように聞こえた。彼はやって来て私の頬にキスをした。乾いた、短いキス。高級なコロンと、その下に隠れたストレス性の汗の匂いが微かにした。

「伊集院夫人になる準備はできたかい?」

「健司さん」

私は震える声で話し始めた。

「伊織さんが言ってたの…ボールルームのこと…蓮くんのパーティーのためにって」

彼の笑顔が一瞬、揺らいだ。苛立ちの光が顔をよぎり、すぐに滑らかに消された。彼は伊織さんを鋭く睨んだが、彼女は無邪気な顔で肩をすくめるだけだった。

彼は私の両手を取った。氷のように冷たい私の指。

「美咲、やめてくれ。今日だけは。君は何でもないことで興奮しすぎてる」

「何でもなくないわ」

必死の思いで、言葉が堰を切ったように溢れ出た。

「みんなが私を素通りしていくみたい。この一日が、ただ…乗り越えるべき障害みたいに感じるの」

「被害妄想だよ」

彼の声は、私が「面倒」な時に使う、低く、なだめるような口調に変わった。

「君は神経過敏になってる。ストレスのせいだ。どうしていつも物事を難しくするんだ、ハニー?今日は僕たちのための日のはずだろう?」

ガスライティング。彼の得意技だ。私の純粋な感情を非難へと捻じ曲げ、私を自分の物語の悪役にする。私の懸念は正当なものではなく、彼の完璧な一日にとって不都合なものなのだ。

彼は私の手を、少し強すぎる力で握りしめた。

「ただ笑って、綺麗にして、バージンロードを歩いてくれ。僕のために、それができるかい?」

私は虚ろに頷いた。闘う気力は消え失せ、いつもの空虚な痛みが取って代わった。彼は私の額にキスをして去っていった。彼のコロンの香りと、私を退ける言葉だけを空中に残して。

伊織さんは最後に勝ち誇ったような笑みを私に向け、彼の後を追った。

「祭壇で会いましょう」

彼女は甲高い声で言った。

再び一人になり、静寂が前よりも重くのしかかってきた。涙が目の端に滲み、私はそれを必死に瞬きで押し戻した。メイクアップアーティストの丹念な仕事を台無しにするわけにはいかない。それが私の唯一の仕事なのだから。綺麗でいること。

化粧台の上に置かれた、小さなビーズのクラッチバッグに目が留まった。その中には、今日、唯一本当に私のものだと感じられるものが入っている。祖母からもらった、小さな銀のロケット。祖母だけが、私を本当に見てくれていた。壊れやすい人形としてではなく、一人の人間として。彼女は二年前に亡くなり、その喪失感は今も生々しい傷口として残っている。

私は不器用な指で留め金を探った。ない。冷たく鋭いパニックが私を貫いた。私はバッグの中身をシルクの長椅子の上にぶちまけた。口紅、ティッシュ、コンパクトミラー…でも、ロケットはない。

どこに置いたんだろう?パッキングしたことは覚えている。大切に保管するために、彼女が遺してくれた小さなアンティークの木箱に入れたはずだ。その箱は、私の旅行バッグに入れた。

私はシルクのローブを翻し、クローゼットに駆け寄った。バッグを見つけ、小さな杉の箱を取り出す。馴染みのある、心安らぐ木の香りが鼻腔を満たした。祖母の箱。この不安の渦巻く海の中での、私の錨だった。

蓋を開けた。ロケットはそこにはなかった。心臓が沈む。しかし、別のものがあった。ベルベットの内張りの下、今まで一度も見たことのなかった場所に、隠しコンパートメントがあった。震える指で、それをこじ開けた。

中には、色褪せたシルクの上に、一枚の、黒いビジネスカードが置かれていた。重厚なマットブラックの紙に、厳格なシルバーのフォントで文字が刻まれている。

「桐山 玲。桐山インダストリー。常識外れの解決策」

その下には、小さく折りたたまれたメモ用紙があった。インクは薄れているが、その筆跡は間違いなく祖母のものだった。彼女の力強く、優雅な文字は、幸せだった頃の亡霊のようだった。

震える手で、それを開いた。メッセージは短かった。何年もの時を超えて投げられた、一本の命綱。

「あなたが、自分自身を選ぶ準備ができた時のために」

熱い涙が一粒こぼれ落ち、カードの上に落ちて、その威圧的な名前を滲ませた。桐山玲。彼が誰なのかは知らない。でも、祖母は知っていた。そして、私のためにこれを遺してくれた。脱出口を。

その考えは、恐ろしくもあり、同時に exhilarating であった。自分自身を選ぶ。今日一日、絶望以外の感情を初めて感じた。それは、息苦しい暗闇の中に灯った、小さく、危険な火花だった。希望の光。

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