
捨てられた婚約者の甘い復讐
章 3
広田真由 POV:
私の「ごめんなさい」という言葉は, 爆弾のようにリビングに落ちた. 家族全員が, 一瞬にして動きを止めた. 彼らは, 私がこんなにも素直に謝罪するとは思っていなかったのだろう.
母は驚いた顔で私を見つめ, 龍二は腕を下ろした. 晴は, 芽依の肩を抱いたまま, 目を丸くしていた.
「何だよ, 急に」龍二が不審げに呟いた.
「いや, 分かればいいんだよ, 真由」父が, 落ち着いた声で言った. 「君も, もう少し空気を読むことを覚えなさい. 芽依の誕生日なんだから」
父の言葉に, 私は麻痺したような笑顔を浮かべた. 「はい, そうですね. 私も, もう少し空気を読むべきでした」
私の言葉に, 彼らは安心したように, またパーティーの騒がしさへと戻っていった. 笑い声が, 再びリビングに満ちる.
私は, ゆっくりとリビングを後にし, 自分の部屋へと向かった. 一歩一歩, 足取りが重い.
階段を上り始めようとしたその時, 背後から急に手首を掴まれた. 晴だった.
「真由」彼の声は, 囁くように小さかった. 「本当に, 怒ってないのか? 」
その優しい声を聞いた瞬間, 私の目から, 堰を切ったように涙が溢れ出した. ずっと我慢していたものが, 一度に噴き出した. 言葉にならなかった. 私はただ, 首を横に振った.
晴は, 私の涙を見て, 困惑したように眉を下げた. 「そうか, 強がりだな. 君は昔から, いつもそうやって強がってきた…大丈夫だ, 俺がいるから」
彼の言葉は, 私の心を千々に引き裂いた. 彼は何も理解していない. 私の涙は, 強がりでも, 彼の優しさに触れたからでもない. ただ, 全てがもう手遅れになったという絶望からだった.
「あのさ, 真由」晴は, 少し躊躇いがちに話し始めた. 「実は, 君に相談したいことがあって…」
私は, 彼の次の言葉を予期していた. そして, その予感は的中した.
「結婚式の件なんだが…芽依が, どうしても海外旅行に行きたいって言っててさ. 彼女, もうすぐ留学だし, 思い出作りをしたいんだって. だから, 結婚式, 少し延期できないか? 」
晴は, 私の顔色を伺うように, 困ったような笑顔を浮かべた. 彼の言葉は, 私の心の奥底に, 冷たい氷の刃を突き刺した.
まただ. また, 私は芽依のために犠牲になる. 私がどれだけこの日を夢見て, どれだけ準備してきたか, 彼は理解すらしていない. 彼にとって, 結婚式はいつでも延期できる, どうでもいいイベントなのだ.
私の脳裏に, 芽依の満面の笑みが浮かんだ. 彼女はいつも, 私が持つものを欲しがった. 私が手に入れようとするものを, 横取りしようとした. そして, 家族も晴も, 芽依のわがままを, いつも優先してきた.
私は, 自分がなぜまだ彼らに期待しているのか, 理解できなかった. 私の心は, とっくに彼らから離れていっているはずなのに.
晴は, 私の沈黙にいら立ったように, もう一度, 「真由? 」と呼びかけた.
「芽依の留学前の大事な思い出作りなんだ. 君だって, 芽依の気持ちを分かってくれるだろう? それに, 結婚式なんて, 延期したって何も変わらない. むしろ, もっと準備期間ができて, 素晴らしい式になるじゃないか」彼は, 自分に言い聞かせるように, 言い訳を並べた.
「なら, 結婚式, キャンセルしましょう」私の声は, 不思議なほど冷静だった.
晴の顔が, 驚愕に染まった. 「キャンセル? 何を言ってるんだ, 真由! 」
「だって, 延期したところで, また芽依ちゃんのわがままが優先されるのでしょう? そうやって, 一生, 私が譲り続けるだけの人生なんて, もううんざりだわ」
私の言葉に, 晴の顔が真っ赤になった. 怒り, 困惑, そして, どこか狼狽の色が見て取れた.
体中の痒みが, 再び激しくなってきた. 喉の奥が腫れたせいで, 呼吸が浅くなる. キウイアレルギーの症状が, 本格的に出始めたのだ. 早く薬を飲まなければ.
私は, 晴の手を振り払い, 階段を駆け上がろうとした. 一刻も早く, 部屋に戻って薬を飲まなければ.
その時, リビングから芽依の甘ったるい声が聞こえた. 「あら, お姉ちゃん, どこ行くの? せっかく晴お兄ちゃんとお話してたのに, 邪魔しちゃだめよ」
私は振り向きもせず, 足早に階段を上ろうとした.
「真由! 」龍二の怒鳴り声が, 背後から響いた. 「お前, 芽依に何を言ったんだ! 」
私は無視した. もう, 彼らの声を聞きたくなかった.
その瞬間, 私の頭が強く引っ張られた. 髪の毛が, 頭皮から引き抜かれるような激しい痛み.
龍二が, 私の髪を掴んでいた.
おすすめの作品





