フォローする
共有
その日、ウェディングドレスを着たのは彼女だった の小説カバー

その日、ウェディングドレスを着たのは彼女だった

瀧ノ上瑞貴が支援していた貧しい学生に心を奪われたことで、私たちの関係には修復不能な亀裂が生じた。長く続いた倦怠期の末、すべてをさらけ出したあの日、瑞貴は葛藤しながらも私を選び、彼女を突き放したはずだった。しかし、運命の歯車は婚約パーティーの当日に残酷な形で回り出す。会場付近の湖で溺死体が見つかったという噂を耳にした瞬間、彼は理性を失い、激しく動揺した。「この扉を出て行けば、二人の未来は永遠に失われる」という私の必死の制止も、今の彼には届かない。瑞貴の瞳には私への憎悪が宿り、彼女を失う絶望に耐えるくらいなら死を選ぶとまで言い放った。私を憎ませるなと言い捨て、彼は振り返ることなく愛する少女のもとへ駆け出していく。純白のウェディングドレスを纏ったまま、私は一人その場に取り残された。もはや、去りゆく背中を追いかける理由も、戻らない人を待ち続ける意味もどこにもない。静かな笑みを浮かべながら、私は彼との日々に自ら終止符を打つ決意を固めた。
共有

1

瀧ノ上瑞貴は、自らが支援していた貧困学生に心を奪われていた。

結局、七年目の壁を私たちも乗り越えることはできなかった。

すべてを打ち明けたあの日、私は驚くほど冷静だった。言い争いの末、瀧ノ上瑞貴は私を選び、彼女を去らせた。

しかし、婚約披露宴当日――同心湖で誰かが溺れたという噂が町中を駆け巡った。

不安に駆られた彼の腕を、私は涙を浮かべて掴んだ。「瀧ノ上瑞貴、この扉を出たら、もう私たちの"これから"はないの」

その目に宿るのは、嫌悪と非難を隠しきれない色だった。「薫を失うくらいなら、死んだ方がマシだ」

「江原瑶子、これ以上、俺におまえを憎ませるな!」

その言葉に、思わず体が強張る。彼は私の手を振りほどき、振り返ることなく駆けていった。

真っ白なウェディングドレスに目を落としながら、私はふっと笑った。

瀧ノ上瑞貴が背を向けるなら、私がここに留まる理由なんて、どこにもない。

......

勢いよく閉ざされた扉を見つめながら、こらえていた涙がついに頬を伝った。

柳瀬薫の存在を知ったのは、ずっと前のことだ。

瀧ノ上瑞貴が慈善プロジェクトを担当した際、社会的なイメージを高めるために、会社の上層部は自主的に困窮学生を一人ずつ支援することになった。

職場というのは現実的な場所だ。多くの社員は形だけ、与えられた額を出して体裁を整える――私もその一人だった。

けれど、瀧ノ上瑞貴は違った。人畜無害な"しらゆり"のような彼女を見て、心を奪われたのだ。

瀧ノ上グループでは、最低でも重点大学卒でないと採用されない。それにもかかわらず、彼は社内の反対を押し切り、民和学院出身の柳瀬薫を秘書部に迎え入れた。

陰口や噂話が耳に入らなかったわけではない。ただ私は、瀧ノ上瑞貴の人となりを理解しているつもりだったし、七年に及ぶ私たちの関係を信じてもいた。

だが、現実は非情だった。

いつからだろう――彼のスマートフォンのロック画面もパスコードも変わり、SNSの投稿は三日間のみ閲覧可能に設定されていた。かつて言葉少なだった彼のトークには、今や百枚以上のねこのスタンプが保存されている。

細部というのは、人を追い詰めるものだ。

だから私は、瀧ノ上瑞貴の少しずつ崩れていく言動に目を向けるようになった。

記念日の夜、彼の枕元のスマートフォンはひっきりなしに震えていた。まるで義務を果たすかのように、彼は手早く事を済ませ、シャツを引っ掛けるようにして、振り返りもせず浴室へと消えた。

だが、シャワーの音は一向に聞こえてこない。磨りガラス越しに伝わってきたのは、瀧ノ上瑞貴の低く湿った笑い声だけだった。

気づけば、私は彼の仕事用iPadに手を伸ばしていた。

用心深い彼にしては珍しい油断だ。新しい刺激に目が眩んだのか、それとも、私があまりに盲目的だったから、彼は安心しきっていたのか――。

リアルタイムで同期されるチャット履歴が、現実感を曖昧にさせる。【うさぎちゃん】という名前で登録されたその女の子が送る音声メッセージは、どれもこれも、甘ったるいほど可愛らしかった。

彼女は拗ねた声で、どうしてすぐに返信してくれないのかと瀧ノ上瑞貴に問いかける。瑞貴はねこの謝罪スタンプを送って、さっきまで仕事をしていたと説明していた。

少し上まで遡ると、ふたりはたくさんの話をしていた。

どこのケーキが美味しいか、話題の新作アニメ映画のこと、柳瀬薫の白くてしなやかな指先には楕円形ネイルと涙型ネイルのどちらが似合うか――。

瀧ノ上瑞貴は、ひとつひとつ丁寧に返していた。言葉の端々に滲むその優しさは、私の最後の心の防波堤を容赦なく打ち砕いていった。

七年も枕を並べてきたのに、私は――瀧ノ上瑞貴に、こんな一面があるなんて知らなかった。

チャットの最後、瀧ノ上瑞貴は【君、そろそろ生理だろ。明日から冷たいものは禁止な】と優しく言い添えた。

柳瀬薫は笑いながら甘えて、「キスの音声、送ってくれなきゃやだ」とねだった。

二秒の間をおいて、メッセージ欄に二秒の音声が届いた。

瀧ノ上瑞貴のキスは、驚くほどやわらかだった。画面越しでも、まるで壊れものを慈しむような響きが伝わってきた。

彼がバスルームから出てくる直前、私はiPadの画面を消して、何食わぬ顔で枕元に戻した。

私は一晩中泣き通したというのに、瀧ノ上瑞貴はぐっすりと眠っていた。

朝になっても、彼は私の腫れぼったい目に気づくことなく、リビングで引き出しをかき回していた。

スーツのポケットにヤクモソウのドリンクを忍ばせる、その一瞬の動作を私は見逃さなかった。そのときの彼を、まるで見知らぬ人を見るような目で見てしまった。

「何してるの?」

心の中で自分に言い聞かせる。たとえ今ここで彼が、柳瀬薫に渡すんだと正直に告げたとしても……きっと私は受け入れられるはずだと。

けれど、瀧ノ上瑞貴は一瞬だけ動きを止め、それから目を伏せて淡々と答えた。「何でもない。ちょっと探し物をしてただけだ」

失望する結末だと分かっていても、私だけがまだ、自分を騙し続けていた。

この手の出来事は、私たちの業界では決して珍しいことではない。むしろ、日常の一部とすら言える。

それでも――裸一貫で事業を起した瀧ノ上瑞貴だけは、そういう人間ではないと信じていた。

七年という歳月、瀧ノ上グループという大企業、そしてそこに注いだ私の心血。心は確かに肉でできている。そう簡単に、手放せるはずがなかった。

だからあの夜、私は彼と腹を割って話すことにした。

「私と柳瀬薫、どっちを選ぶの?」

自分がどんな顔をして、その言葉を口にしたのか思い出せない。ただ、窓の外がひどく暗く、喉の奥が詰まって息もまともにできなかったことだけは覚えている。

瀧ノ上瑞貴は何も答えず、バルコニーで煙草を一箱吸い切ると、足元に煙草の灰を撒き散らして去っていった。

三日後、彼は戻ってきた。首筋には細かな赤い痕がついていた。

その口から絞り出された声は、ひどくかすれていた。「もう彼女とは話をつけた。これからは、俺たちの間に入り込むことはない」

思わず、乾いた笑いがこぼれる。「それで――彼女は、どこにいるの?」

瀧ノ上瑞貴が勢いよく顔を上げ、怒気をはらんだ瞳でこちらを睨みつけた。「本気で言ってるのか?父も母もいない孤児を死に追いやるまでしないと気が済まないってわけか!」

まるで敵でも見るようなその剣幕に、言いかけた言葉を喉の奥で飲み込んだ。もはや、言い返す気力すら残っていなかった。

瀧ノ上瑞貴も自分の取り乱しに気づいたのか、ややトーンを落とす。「江原瑶子……悪かった。俺が間違ってた。もう二度と、あんなことはしないって誓う」

「だから頼む、薫を責めないでくれ。あの子は何も知らないんだ。無垢すぎて、世の中のことを何もわかってない」

その瞬間、胸の奥が裂かれるような痛みに襲われた。

七年間、ずっと想い続けてきた男が、初めて目を赤く染めたのは――私が、彼の心に大切に飼っていたカナリアを傷つけようとした、その時だった。

あの夜、瀧ノ上瑞貴は私にプロポーズをした。私はそれを受け入れた。

けれど、私たちにはわかっていた。もう、あの頃の私たちには戻れないのだと。

瀧ノ上瑞貴は、私を騙してなどいなかった。あれから本当に、柳瀬薫の姿は私の前から完全に消えた。まるで、この世から蒸発したかのように。

そして今日、婚約披露宴の最中に――。会場の誰かのスマートフォンに、一瞬だけ映った柳瀬薫によく似た影。それを見ただけで、瀧ノ上瑞貴は、メディアと来賓に囲まれたこの場で、私を容赦なく置き去りにしたのだった。

おすすめの作品

暴君CEOに捧ぐ、復讐の蜜月 の小説カバー
9.2
名家の私生児として不遇な環境で育った彼女は、本家の令嬢と瓜二つの容姿を持っていた。その容姿ゆえに、家族から理不尽な脅迫を受け、令嬢の身代わりとしてある財閥総裁と一夜を共にし、彼の子を身ごもるという過酷な役割を強要される。愛する者の安全を守るため、彼女は断腸の思いでその屈辱的な要求を受け入れる。しかし、彼女の心には自分を道具として扱う冷酷な一家への激しい復讐心が燃えていた。総裁との夜を重ねる中で、彼女は持ち前の魅力で彼を深く翻弄し、その寵愛を確固たる武器へと変えていく。周到に練り上げた計画のもと、一歩ずつ着実に一家を破滅へと追い詰めていく彼女。一方、総裁もまた、献身的な妻が昼と夜で見せる全く異なる顔に、違和感と底知れぬ興味を抱き始めていた。偽りの関係から始まった二人の駆け引きは、復讐の炎を孕みながら加速していく。愛と憎しみが交錯する中、最後に彼女が手にするのは破滅か、それとも真実の愛か。現代を舞台に描かれる、孤独なヒロインによる華麗なる復讐劇が幕を開ける。
捨て妻、伝説の弁護士となる の小説カバー
8.9
無敗の弁護士「ネメシス」としての輝かしい経歴を封印し、私は三年間、東京地検のエース検事・神宮寺圭を支える献身的な妻として生きてきた。しかし、結婚記念日の夜に彼が口にしたのは、かつての恋人の名前だった。決定的な決別はレストランで訪れる。ウェイターが熱湯をこぼした瞬間、圭は私を顧みず、元カノのほのかを身を挺して守った。重傷を負い、水ぶくれに苦しむ私に彼が投げつけたのは、一枚のカードと冷淡な言葉だけ。その冷酷な仕打ちに、愛を捧げた妻としての私は死んだ。三ヶ月後、私はかつての伝説的な弁護士として再び法廷に立つ。対峙するのは、自身のキャリアを懸けた重要事件を担当する検事の圭だ。物静かな主婦が裏の世界で恐れられる「ネメシス」本人だとは、彼は知る由もない。私は法曹界の頂点から、愛を裏切り、私を捨てた男の完璧な無敗記録を完膚なきまでに叩き潰すことを誓う。これは、すべてを失った女が、自らの知性と実力で過去を清算し、誇りを取り戻すための復讐劇である。
堅物女子の乱れ婚!旦那様は絶倫なスパダリ御曹司 の小説カバー
9.2
二十年以上も「優等生」として生きてきた彼女が、人生で初めて二つの大胆な過ちを犯した。一つは親友との約束を果たすため、その双子の兄弟に猛烈なアプローチを仕掛けたこと。そしてもう一つは、泥酔した勢いで派遣された男性モデルに「フルコース」の夜を求め、挙句の果てには入籍まで済ませて自宅へ迎え入れてしまったことだ。親友は「罠に嵌められた」と憤慨するが、彼女が夫から渡された銀行カードの残高を確認すると、そこには見たこともない桁数の「0」が並んでいた。モデルという職業でこれほどの巨万の富を得られるものなのか。疑問を抱く間もなく、彼は全国を飛び回る多忙なスケジュールの合間を縫って、執拗なまでに「夫婦の義務」を求めてくる。そんなある日、遅れて参加した家族との食事会で、彼女はさらなる衝撃の事態に直面する。なんと、自分の「モデルの夫」が、自分よりも親友と親しげに接しているのだ。果たして、一夜の過ちから始まった新婚生活の裏に隠された、彼の真の正体とは。
妊娠八ヶ月、夫のパイプカットが暴く残酷な真実 の小説カバー
9.0
妊娠8ヶ月の幸せな生活は、夫が結婚前にパイプカットを受けていたという衝撃の事実で崩れ去ります。問い詰めるべく夫の職場を訪れた私は、彼が仲間と私の胎児の父親を当てる賭けをし、薬で私を眠らせては友人たちに共有させていたという戦慄の計画を耳にします。さらに彼は私を流産させる陰謀まで企てていました。パーティーの夜、薬で意識を奪われた私は激痛の中で最愛の子を失います。血の海で絶望した心は冷徹な復讐心へと変わり、私は隠しカメラの映像や録音データなどの証拠を揃えて警察へ向かいました。卑劣な男たちが法の裁きを受ける中、私は過去を断ち切り、自分だけの新しい人生を歩み始めます。
億万長者ベビーとスーパー・マミー の小説カバー
9.5
人生で最も過酷な夜、彼女はすべてを失った。見知らぬ男に純潔を奪われ、愛していた恋人は実の妹と裏で通じていたのだ。周囲から蔑まれ、居場所を失った彼女は、深い悲しみを抱えたまま姿を消した。それから6年の月日が流れ、彼女はかつての姿からは想像もつかないほどの変貌を遂げて帰還する。その圧倒的な美貌は人々を驚愕させ、彼女の傍らには一人の愛らしい息子が寄り添っていた。わずか6歳にして天才的なハッカーの才能を持つその少年は、独身の富豪たちの個人情報を次々とハッキングし、母親のために最高の再婚相手を見つけようと画策する。「ママ、僕が新しいパパを探してあげる。どんな人がタイプ?」大人顔負けの態度で問いかける息子に対し、彼女が答えようとしたその時、一人の男が二人の前に立ちはだかる。「小さなハッカー君、まだ父親を別の男に替えようとしているのか?」冷徹な声が彼女の思考を遮り、封印されたはずの過去が再び動き出す。富豪の親子と、運命に翻弄された女性が織りなす現代ラブストーリー。
婚約破棄、偽りの愛と真実 の小説カバー
8.4
結婚式を目前に控えた静世は、20年間連れ添った婚約者・勇輝から残酷な要求を突きつけられる。彼は重い心臓病を患う幼馴染・心穂の「最後の夢」を叶えるため、店の看板レシピを譲ると宣言したのだ。さらに勇輝は、5年前の火災で自分を救った恩人である心穂に対し、静世に無断で人工授精まで行っていた。反対する静世を「恩義を理解しない」と責め立てる勇輝。そんな中、心穂は自ら転倒して静世に突き落とされたと偽装し、勇輝はその嘘を信じて静世に謝罪を強要する。長年彼を支え続けてきた自負は打ち砕かれ、自分は彼の人生において脇役にすらなれていなかった事実に絶望した静世の心は、完全に冷め切ってしまう。彼女は迷うことなく結婚式の全予定を白紙に戻した。そして、本来であれば二人で店をオープンさせるはずだった当日。静世は裏切りに満ちた過去をすべて捨て去るため、たった一人でパリへと旅立つ飛行機に乗り込んだ。もはや彼女の瞳に、かつての愛した男の面影は残っていなかった。