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戻れない彼女!届かない愛と後悔 の小説カバー

戻れない彼女!届かない愛と後悔

「半年後に再婚しよう」という勝手な都合で離婚を突きつけたのは、夫の陸名悠弥だった。余命わずかな浅井静の存在を理由に、彼は躊躇することなく妻の時水恋との別れを選ぶ。最愛の我が子を失う悲劇に見舞われ、絶望の中で涙を拭った恋は、もはや彼を振り返ることはなかった。しかし、彼女を失って初めて悠弥は己の過ちに気づき、狂気的な後悔に襲われる。愛車を飛ばして何十キロも彼女の姿を追い求めるが、去りゆく背中を捉えることはできない。降りしきる雨の中、彼は地面に膝をつき「戻ってきてくれ」と必死に叫び続ける。だが、彼女が返したのは「あなたの未来に私はいない」という冷徹な決別の言葉だけだった。その凛とした冷艶な拒絶が、男の心を永遠に凍りつかせ、癒えない傷を刻み込む。悠弥が狂おしいほど彼女を愛していたという真実は、もう届くことはない。去り切った女と、遅すぎた後悔に苛まれる男。二人の間に横たわる溝は、叫び続けても二度と埋まることはなかった。
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2

翌日、

市役所の駐車場。

に停められたマイバッハの車内で、陸名悠弥は左手で軽くハンドルを叩いていた。

「悠弥、恋ちゃんと結婚してもう一年よ。 そろそろ子供を作りなさい」 スマートフォンのスピーカーから、老婦人の声が響く。

陸名悠弥の口元には、困惑と根気強さが入り混じった苦笑が浮かんだ。

「おばあちゃん、僕たちはまだ若いんだから、焦らなくていいんだよ。 それより、おばあちゃんこそ体を大事にして。 おじいちゃんのことも……」

「焦らなくていいわけないでしょう!」老婦人の声が、彼の言葉を遮った。 「おじいちゃんはだいぶ良くなったけど、私たちだってもう年寄りだもの。 いつお迎えが来たっておかしくないのよ」

「おばあちゃん……」

「余計なことは言わなくていい」老婦人の声が、真剣な響きを帯びる。 「悪い噂も耳にしてるわ。 恋ちゃんをいじめたりしないことね」

三秒ほどの沈黙が落ちる。

「聞こえているの?」と祖母に促され、陸名悠弥はこめかみを揉んだ。

「分かったよ、おばあちゃん」

さらに二言三言交わして電話を切った後も、彼の指は無意識にハンドルを叩き続けていた。

視線は、少し離れた市役所の建物に注がれている。

唇を固く引き結んだまま、

彼はスマートフォンを手に取った。

メッセージ一覧を開き、「吾愛」と登録された花屋のアイコンを躊躇うように指でなぞる。 だが、すぐに下へスワイプし、「時水恋」とのトーク画面を開いた。

最後のメッセージは、今朝彼が送った、市役所で落ち合い離婚手続きをするという通告だった。

彼女は、まだ来ていない。

わずかに眉を寄せ、彼はメッセージを打ち込む。

陸名悠弥:「どこだ?」

その瞬間、コン、コン、と車の窓が叩かれた。 窓の外には、時水恋の少し青ざめた顔があった。

ドアを開け、助手席に滑り込んだ彼女は、

一度だけ陸名悠弥に視線を向けた。

昨日と同じ服――彼女がコーディネートしたものだった。

この数年、彼の身の回りのものは全て彼女が整えてきた。 香水やネクタイといった小物から、オーダーメイドのシャツやスーツまで、何もかも。

「なぜ遅れた?」彼が問うと、

時水恋は視線を逸らしたまま

「遅れてないわ」と答えた。

ただ、以前のように、彼の一言のために早朝から馬鹿みたいに待つようなことは、もうしないだけ。

無意識にハンドルを叩いていた指がぴたりと止まる。 陸名悠弥は眉をひそめて彼女を窺った。

顔色が少し悪い。 昨夜、彼が離婚を切り出したせいで眠れなかったのだろう。

だが、大したことではない。

「さっき、おばあちゃんから電話があった」陸名悠弥は前方に視線を戻して言った。 「俺たちが離婚することは、年寄りには言うな。 刺激が強すぎる」

時水恋はすぐには応じず、ただ問い返した。 「おばあちゃん、電話でなんて?」

「子供の催促だよ」陸名悠弥は目を細め、その目に苛立ちの影がよぎる。

長い沈黙が車内を支配した。

数分は経っただろうか。 やがて、時水恋はふっと笑った。

陸名悠弥は左手を固く握りしめ、窓の外を見つめたまま何も言わない。

彼も、自分の子供がどんな姿で、いつ生まれてくるのかを想像したことはあった。

時水恋と肌を重ねる夜、彼女の腹を撫でながら、耳元で囁いたこともある。 「恋、いつ俺に子供を産んでくれるんだ」と。

ただ… …

どうせ彼女は妊娠していない。

半年後に復縁すれば、遅くはない。

ビビアンに残された時間は、あと半年なのだから。

車外を人々が行き交う。 さらに三秒が過ぎた頃、時水恋が口を開いた。

「最後にもう一度だけ聞くわ、悠弥。 本当に私と離婚するの?」

「考え直したいのか?」今度こそ、彼の声には抑えきれない怒気がこもった。

家ではビビアンが待っているのだ。

彼が離婚の意思を改めて明確にすると、時水恋はもう何も言わず、一枚の書類を取り出して陸名悠弥に差し出した。

彼が訝しげに受け取ると、それは財産分与の合意書だった。

「離婚するんですもの、はっきりさせておきましょう」彼女は言った。

「陸名家の財産は、私が受け取るべき分だけいただきます」

「離婚の冷却期間中にそれぞれが稼いだお金は、各自のものとします」

そう言うと、時水恋はペンを取り出し、彼の隣に置いた。

「問題なければ、サインしてください」

書類に目を通すにつれ、陸名悠弥の眉間の皺が深くなる。

定型的な契約書は簡潔で、確かに彼女は何も多くを求めていない。 彼女の欄には、すでに「時水恋」という署名がなされていた。

彼は、彼女の意図を測りかねていた。

ただの偽装離婚なのに、なぜこんな契約書が必要なのか?

浅井静に残された時間は、あと半年。

ビビアンの最期を看取り、その後は祖父母の望む通り、また彼女と元の鞘に収まるつもりだった。

陸名悠弥の思考の中では、時水恋にとっての相手は常に自分一人しかいないことになっていた。

彼女の許容範囲は、驚くほど広い。

かつて彼は彼女にうんざりし、わざと自己を捨てさせるようなことまでさせた。

彼女は一度も拒まなかった。

それどころか、最後にはその結果を手に彼の前に現れ、「悠弥、見て。 できたよ。 すごいでしょ?」と、にこやかに言ったのだ。

彼女は、この上なく従順な妻だった。 この七年間、彼はそれを何度も確かめてきた。

もし浅井静がいなければ、彼の結婚生活は、おそらくこのまま波風もなく続いていったことだろう。

しかし… …

脳裏に、血を吐きながらも気丈に振る舞う浅井静の顔が浮かび、息が詰まるほど胸が痛んだ。

陸名悠弥は隣の窓に目をやった。

ガラスに映るのは、時水恋の無表情な横顔。

彼女は、これで自分を脅すつもりなのだろうか?

なにしろ、彼女はかつて偽造した記録で浅井静を陥れようとしたことがある。

彼女は、浅井静を憎んでいるのだ。

呵……。

彼はサインペンを手に取ると、

迷いなく自分の欄に署名した。

誰にも、自分を脅すことなどできはしない。

契約書は一式二部。

時水恋は自分の分を受け取った。

そして、

車を降りた。

淡々と、機械的に、手続きは進む。

整理券を取り、書類を提出し、

離婚申請書に記入する。

それぞれが受付票を受け取り、冷却期間が明けた後、再びここへ来て離婚証明書を受け取る手筈だ。

一連の流れを終え、二人は市役所を出た。

頭上では太陽が高く昇り、

その光は時水恋の体にぽかかと降り注いでいた。

陸名悠弥は行き交う人々を眺める。

結婚する者と離婚する者は、一目でわかる。

ちょうど、一組の夫婦が手をつないで出てきた。

女性の顔には、とろけるように甘い笑みが浮かんでいる。

ふと、一年前、婚姻届を出しに来た時の時水恋の顔が、あんな笑顔だったことを思い出した。

陸名悠弥は隣の時水恋を一瞥する。

彼女の顔には、相変わらず何の感情も浮かんでいない。

「離婚の手続き中も、カードには金を振り込んでおく」彼は言った。 「爺さんたちには離婚のことは言うなよ」

彼女の返事を待たず、彼は背を向けて歩き去った。

時水恋は、彼の車が角を曲がり、見えなくなるまで見送った。

やがて、彼女が呼んだタクシーも到着する。

二台の車は、全く逆の方向へと走り出した。

一台はビビアンのフラワーアトリエへ。

もう一台は、A市立病院へ。

陸名悠弥がフラワーアトリエのドアを開けると、浅井静が彼に気づき、微笑みかけた。

彼は受付票を取り出して見せ、言った。 「済んだよ。 あいつ、特に騒ぎもしなかった」

同じ頃、時水恋は予約した整理券を手に、婦人科の診察室に入った。

医師の向かいに座る。

医師はカーテンを引いた。

「恋、本当にこの子、堕ろすの?」

医師であり親友でもある小林澄玲が、心配そうに尋ねた。 「あんなに欲しがってたじゃない。 この間も、体調まで整えてたのに」

時水恋は受付票を隣のテーブルに置いた。

「ええ」彼女は静かに言った。 「堕ろして。 ……もう、要らないから」

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