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婚約破棄された没落令嬢、氷の帝王たる冷酷総帥に甘く溺愛される の小説カバー

婚約破棄された没落令嬢、氷の帝王たる冷酷総帥に甘く溺愛される

パリで学問に励んでいた主人公の元に、義妹の玲奈から衝撃的な写真が届く。そこに写っていたのは、主人公の婚約者と玲奈が肌を重ねる不貞の現場だった。カメラ越しに嘲笑を浮かべる義妹の姿を見て、長年耐え忍んできた屈辱が限界に達する。没落した西園寺家を救うという名目のもと、婚約者の佐藤家からは「恩知らず」と蔑まれ、家を繋ぐための駒として従順な娘を演じ続ける日々。しかし、裏切りを知った瞬間に無力感は消え去り、心には冷徹なまでの怒りが宿った。主人公は予定を切り上げ、即座に帰国の途に就くことを決意する。大切にしていた婚約記念のドレスを迷わずゴミ箱へ投げ捨て、これまでの偽りの人生に終止符を打つ。ただ婚約を解消するだけでは終わらせない。自分を道具として扱い、踏みにじってきた者たちを、最も残酷で華やかな舞台で破滅へと追い込むための復讐劇がいま幕を開ける。氷のような決意を胸に、彼女は反撃を開始する。
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2

「西園寺の本家には、絶対に戻れない」

彩音のマンションのリビング。ソファに深く腰掛けた静は、冷静に告げた。

「完全に姿を消して、私がまだパリにいると全員に思い込ませる必要がある」

「でも、どうやって法的に有効な証拠を手に入れるの?一人で無茶する気じゃないでしょうね」

彩音は心配そうに言いながら、静の前に温かいコーヒーを置いた。

静は答えず、スマートフォンの地図をテレビ画面に映し出す。その指先が、麻布十番にそびえ立つ、要塞のようなタワーマンションを正確に指し示した。

「健斗は外面だけはいいから、取引先との会食は断らない、でも、妙に自律的なところがあって、毎週金曜の夜だけは『残業』を理由に必ず姿を消すの、そこが、あの女との密会時間よ」

断片的な情報から、相手の行動パターンを完璧に読み解く。静は、先回りして罠を張るという、基本的な戦術を組み立てていた。

彼女は彩音から借りたノートパソコンを開くと、その指がキーボードの上を嵐のように駆け巡った。画面には、意味不明な文字列が滝のように流れ落ちていく。

「ちょっ……静、あんた、何やってるの?」

彩音は、手に持っていたコーヒーを危うくこぼしそうになりながら、信じられないものを見る目で静を見つめた。

「パリのアパート、空き巣が多くて、自衛のために、少しだけネットワークセキュリティの勉強をしたの」

静はこともなげに言って、コーヒーを一口すする。その横顔は、以前の彼女からは想像もつかないほど、冷徹で頼もしかった。

彩音は、その小さな肩にどれだけのものを背負ってきたのかを思い、胸が締め付けられるような気持ちになった。

「静……」

「彩音」

静は彩音の手を強く握り返し、その目をまっすぐに見つめた。

「私は、ただ婚約を破棄したいだけじゃない、佐藤家を、破滅させる」

その言葉を聞いた瞬間、彩音のジャーナリストとしての魂が燃え上がった。

「わかったわ!すぐに編集長に電話して、週刊誌のトップ記事、一面を確保しておく!」

「まだよ」

静は興奮する彩音の手を冷静に制した。

「最大の効果を得るには、最高の舞台が必要、明日の夜、佐藤家が主催するチャリティーパーティー、そこで、公開処刑する」

そう言うと、静はスーツケースの底から、あらかじめ用意していた灰色の作業着を取り出した。清掃員の制服だ。

手早く着替え、長い髪を帽子の中にしまい込み、大きなマスクで顔を覆う。高級マンションの清掃員は、住人から顔を覚えられることのない、完璧な「見えない存在」だ。

念には念を。静はスマートフォンを取り出し、健斗の番号に電話をかけた。LINEの音声通話だ。

長いコールの後、健斗が電話に出た。その声は意図的に低く抑えられ、隠しきれない焦りが滲んでいる。

電話の向こうから、微かに聞こえるジャズの生演奏と、女性の甘えたような声。銀座の高級クラブ特有の喧騒だ。

「……静?どうしたんだ、こんな時間に」

「ごめんなさい、健斗さん、論文が少し行き詰ってしまって」

静は、いつもの穏やかで甘えるような声色を完璧に演じきった。

「今、パリの図書館、少しだけ、あなたの声が聞きたくなって」

「そうか、無理はするなよ、身体が資本だからな」

健斗は心底安心したように、ありきたりな言葉を返す。そして、一秒でも早く電話を切りたいという空気を隠そうともせず、一方的に通話を終了した。

静は、冷たい笑みを浮かべた。

これで、健斗が麻布十番のマンションにいないことは確定した。

彼女は清掃用具入れの底に超小型のカメラを忍ばせると、彩音のマンションを後にした。

地下鉄を乗り継ぎ、麻布十番へ。

清掃員の制服は、完璧な盾だった。他の住人に紛れてオートロックを通過し、受付のコンシェルジュに会釈だけして、エレベーターに乗り込む。誰一人として、彼女の顔をまともに見ようとはしなかった。

目的の階に到着し、廊下の監視カメラの死角に入る。事前にハッキングで入手した暗証番号を入力すると、重厚なドアが静かに開いた。

リビングを抜け、まっすぐ主寝室へ向かう。

視線は、キングサイズのベッドを真正面から見下ろす位置にある、エアコンの吹き出し口に固定されていた。

椅子を足場にして、慎重に、しかし手早く、カメラを吹き出し口のルーバーの裏に固定する。

レンズの角度を微調整し、ベッドの隅々までが死角なく映ることを確認した。

最後に、自分が触れた可能性のあるすべての場所を、持参したウェットティッシュで丁寧に拭き上げる。指紋一つ残さない。

完璧な仕事だった。

静かに部屋を出て、マンションの非常階段に身を隠す。スマートフォンを取り出し、遠隔モニタリングアプリを起動した。

画面には、先ほどまで自分がいた寝室が、鮮明な画質で映し出されている。

マスクを外し、静は大きく息を吐いた。

すぐにその場を離れ、来た時と同じルートで、彩音のマンションへと戻る。

汗で湿った制服を脱ぎ捨て、シャワーで冷たい汗を洗い流す。

柔らかなパジャマに着替え、自分へのご褒美に、グラスに赤ワインを注いだ。

リビングの電気は消したまま。

暗闇の中、ソファに深く身を沈める。

スマートフォンの画面だけが、煌々と光を放っている。

そこに映し出されているのは、まだ誰もいない、がらんとした寝室。

静は、その漆黒の画面を、ただじっと見つめていた。

狩りのための罠は、仕掛けられた。

あとは、獲物がその中へ飛び込んでくるのを、静かに待つだけだ。

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