
裏切りを越え、彼の腕の中へ
章 3
中山初穂 POV:
私は, 言われた通りに毛布を体に巻き付け, 運転する春の横顔をじっと見ていた.
彼の無表情な顔は, いつも冷たく, 近づきがたい印象を与える.
大学では, 彼を慕う女子生徒は多かったが, 誰も彼に告白する勇気など持てなかった.
彼は, あの翔悟のルームメイトだ.
以前, 私が翔悟の部屋を訪れるたびに, 春はいつも露骨に不機嫌な顔をしていた.
今, 私を迎えに来てくれた春の態度も, やはり冷たい.
本当に, 夢の中の彼は私を愛していたのだろうか?
私の手首には, 彼が掴んだ時の跡が, じんわりと残っていた.
私は, ゆっくりと瞳を伏せ, 考える.
夢の中の出来事が, 現実の世界で次々と起こっている.
私の行動が, 春の感情を変えたのだろうか?
彼の反応が, 私の心をざわつかせた.
私が, 彼に負担をかけているのではないか?
ふと, 春が口を開いた.
「寮に戻るのか? 」
私の心臓が, ドクンと音を立てた.
「あなたの部屋に行く」
私は, そう返していた.
「翔悟は今夜, 部屋には戻らないだろう」
春の声には, 嘲笑が混じっていた.
「知ってる. 別に, 翔悟に会いたいわけじゃない」
私は, きっぱりと答えた.
その瞬間, 春は急ブレーキを踏み, 車を路肩に止めた.
彼は私の方を向くと, その瞳は氷のように冷たかった.
「お前たちの茶番に, 俺を巻き込むな」
彼の言葉は, 私に突き刺さる.
私が何かを言おうとするのを遮り, 彼はスマホを取り出した.
「タクシーを呼んでやる」
彼の冷徹な態度に, 私は唇を噛み締めた.
私は, 彼のスマホを奪い取っていた.
彼の目には, 怒りも嫌悪もなかった.
ただ, 深い, 深い感情が渦巻いているように見えた.
私は, わけもなく悲しみが込み上げてきて, 涙が止まらなかった.
「寮にも帰りたくない…家にも帰りたくない…」
私は, 泣きながらそう訴えた.
「お願い…今夜だけ…あなたの部屋に泊めて…」
「もし…私が嫌いなら…諦めるから…」
私の頬を, 涙が静かに伝い落ちる.
春は, 何も言わなかった.
ただ, 静かに車を再始動させた.
車は, 大学の方向へ向かっていた.
そして, 彼の寮の前に着いた.
私は, 彼の後ろをついて, 部屋に入った.
彼は, 私に清潔なジャージを差し出し, シャワールームを指差した.
「これに着替えろ」
彼のジャージは, 私には大きすぎて, まるでワンピースのようだった.
シャワーを浴びて部屋に戻ると, 彼は私を一瞥し, すぐに視線を逸らした.
私は, 彼のベッドの端に腰掛けた.
濡れた髪から, ベッドシーツに水滴が落ちる.
彼のシャンプーとボディソープの香りが, 私を包み込む.
春は, 煙草の箱を手に取り, 軽く咳払いをした.
「ベランダで煙草を吸ってくる」
彼は, そう言って部屋を出て行った.
私は, 彼の残された匂いに包まれながら, 彼のベッドや机の上を好奇心旺盛に見ていた.
その時, 私のスマホが鳴った.
画面には「翔悟」の名前が表示されていた.
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